第十八話 宣戦布告の決断
野蛮人が司令室を襲撃してから、約8時間たった。
その後、襲撃者含む三名は基地の医療施設で、処置を施された。
自分のをする前に、僕の心配をしてくれた兵士は意識を回復するに至ったそうだが、野蛮人二人は未だ起きないで、意識不明の状態らしい。
また、内閣府との直接回線が確保され、今回の件を今日の日付から、二月事件と総称。
内閣府からは本日の午後十二時三十分より、緊急の閣議を開催するに当たって、参考人招致として、当事者の僕と海将が、閣議へ呼ばれた。
そのために、今、海将と二人で首相官邸へ移動中である。
それと、首相官邸は二月事件の被害を受けなかった。
なぜなら、首相官邸の警備隊が防戦を行っていたので、そこまで目立った被害はない。
というか、首相官邸の警備隊は、警備隊ならざる人員の巣窟となっているので、これに関してはあまり驚きは無い。
首相官邸へ行くために、街中に出ると如何に悲惨な戦いだったかがよくわかった。
歩道に赤黒い肉片が散乱していたり、残っていた建物には煤がこびり付き、車道には血と思わしきものの痕が付いていた。
さっきから車で移動していても、赤黒い肉片と血と思われるものの痕を、見ない事はなかった。
その中でも一番、僕の中にキテしまったのは、やはり一般市民と我が軍兵士の死体だろう。
基地を出る前に受けた報告では、一般市民だけで現在少なくとも1500の戦死者が確認できたそうだ。
あくまでこれは調査途中の報告なので、これから増える可能性は十分ある、というよりも絶対にある。
何分もの間、武装をしていない一般市民を相手に街中を破壊したのだ、これだけで済んでいるハズがない。
また、我が軍にも損害が出ており、154の戦死者が確定された。
街中では恋人もしくは、家族などを失ったのであろう一般市民が行き場を見失っていた。
咽び泣いていく人も居れば、仇を討つべし!今こそ宣戦布告!親兄弟恋人の仇を取るのだ、国民!と、仇討ちをするべしという、怒りを露にしたデモをする人も居た。
それを見て僕は、今自分が居る場所が首都名古屋だという事を信じられなかった。
そんな僕を見て、海将は「大丈夫ですか?」と心配してくれた。
僕は、「大丈夫です、海将。先を急ぎましょう」と返したが、実際はそこまで大丈夫じゃない。
しかし、何とかしてこの現状を打破せねばならない。
たとえ、僕の心が壊れようとも。
そう、考えていると気づいたら首相官邸へ着いた。
そこは、前に来たときとは違い、何やら物々しい雰囲気が充満していた。
自称警備員の方々は首相官邸の周りのパトロールをしていて、敷地内にも軍の部隊が配備されている。
出入り口へ行くと警察庁長官が僕たちを迎えてくれた。
「警察庁長官がこんなところに居るとはどうしたのですか?」
海将が疑問に思ったのか質問した。
「私にもサッパリです。実際、他の所からも参考人招致として何人か来ていますので、総理は何をするのか、私にはどうにもわからないですね。」
と、両手を出して分からないというジェスチャーをしながら彼は答えた。
彼に連れられて前に来たときと同じ部屋へ入っていった。
中には総理と北原防衛大臣はもちろん、各省庁の長官、大臣などの錚々たる人達が居た。
「さて、最後のお二方が来たようなので始めましょうか。」
と僕らが入るなり総理が言った。
総理の言っているこから、どうやら僕らが最後だったようだ。
早く閣議を始めるために、手早く空いている席に僕らは座った。
すると、総理が話を始めた。
「さて、今日は皆さんにお集まりいただいたのは他でもありません、そう、二月事件に関してです。目下、連邦軍の総力を持って支援を行っていますが、今後の事について、各省庁からの意見をいただきたいと思い、このような緊急の閣議を開くに至った経緯です。」
すると、さっきの警察庁長官の男が手を上げた。
「どうぞ、矢島君。」
「はい、初めましての方もいるでしょうから、まずは自己紹介から。私は警察庁長官の矢島です、以後お見知りおきを。さて、本題ですが、警察庁からの意見を述べさせていただきたいと思います。警察庁としては、現在、名古屋における開戦デモがあちらこちらで発生しており、その一部が暴走し、暴徒化しています。また、先の二月事件に際して、我々警察も多数の殉職者が出て、現在の名古屋の警察だけでは暴徒を鎮圧しきれないので、軍による鎮圧を要請します。」
なるほど、僕もさっき開戦要求デモを見たが、あれが暴走している場合があるのか。
だが、軍がそれを鎮圧してしまってはダメだ。
軍はあくまで、軍事力であり、警察力じゃない。
「軍部から、この警察庁の意見に何かありますか?」
「はい、僕からあります。」
僕が名乗りを上げた。
警察庁のこの意見は蹴らねばならない。
第一、軍が民衆を鎮圧する国はまともな運命を辿ってないしね。
「前提として、軍隊というのはあくまで軍事力であって、警察力を保持する組織ではありません。そのようなことをすることは前提からして場違いです。第一に現状、対外的脅威が迫ってきているのに、軍をそれに割く人員などありません。」
すると、警察庁長官から反論があった。
「まずは国の中心である、首都の公共の安全を守ることからしなければ、対外的脅威のクソもないだろう!」
「他国からの脅威がある今、それに対抗することも、ある種の公共の安全を守ることじゃないですか?」
警察庁長官の言葉が一瞬詰まった。
「第一、先の二月事件における鎮圧の成果は、ほとんどは我々、連邦軍だったではありませんか。また、未然にテロを防ぐことができなかったのに、軍が暴徒鎮圧などと言うべきではないでしょう。まず先に、敵の工作に備えるべきでは?恐らく、まだまだ続けてきますよ?そうなれば、もっとたくさんの死傷者が出る!只でさえ、家を失った人々は少なく無く、体力も消耗しているでしょう。そんな状況で、またあの地獄が起こったらどうしますか!?世界でも有数の安全な都市が聞いて呆れますね。」
すると、総理が会話に割って入ってきた。
「まぁまぁ、虚春元帥、落ち着いて。」
「あ、総理、そういえばなんで、防衛出動の要請を出したのですか?」
「あぁ、あれですか。簡単ですよ、首相官邸の番犬が、他のところよりも早くアクションを起してしまったネズミを捕まえたら、そのネズミにはちょっと意外なものがあったので、飼い主が簡単にわかっただけです。」
「と、言うと?」
「警備隊がタイミングを外した敵の部隊を仕留めてると、その敵部隊から社会主義連邦の軍隊様式のドッグタグが見つかったんですよね。警備隊長が元スパイ組織の人間だったので、すぐわかりましたけど。」
さらっとおかしなことが最後に聞こえた気がするが、気のせいだろう。
警備隊の中にさらっと元スパイが入ってるなんて絶対、空耳だ。
「それと総理、僕からも今後の方針についての意見があります。」
「ほう、それは?」
「軍部としては、社会主義連邦に対しての、即時の宣戦布告を要請します。」
その言葉に北原防衛大臣と海将は驚きを隠せなかった。
「ちょっと待ってください!元帥!」
いち早くアクションを起したのは防衛大臣だった。
「今戦争を始めるのはダメです!国際関係が今、不安定なんですよ!?」
「国際関係が今、不安定ですか。では、報復はしないと?」
「そうです。」
防衛大臣はキッパリとそう言った。
「残念ですが、そうは行きません。第一に、今回の二月事件事態が事実上の社会主義連邦からの宣戦布告です!それを、我々軍部は黙って見過ごせというの言うのですか!?」
「それは・・・。」
「もう既に、戦争を始める、始めないの問題の話ではないのです!もう既に始まっているのです。さらに、我々はもう我慢の限界です。国民だってそうです!国内世論は開戦の兆しを見えています。」
そう言うと、一人の男が拍手をする。
「外務大臣の比嘉と申します。先ほどの虚春元帥の言葉はその通りだと私は思っております。事実、我々はこの度の二月事件におきまして、非常に大きな深手を負いました。ここで引き下がってしまっては、我々は北の連中に腰抜けと思われてしまうでしょう。そうなれば、もう一度テロが他の都市で起きるのは明白かと。今がその時だと私は思います。」
その言葉から総理は、ふむと声を漏らす。
あと一押しあればいけるかな~。
比嘉外務大臣が話を続ける。
「また、米国議会におきましては二月事件を受けて、我が国への義勇軍派遣も吝かではないとの返答を得られ、米国国内でも反共産主義連合の動きが高まっております。」
よし、ここで僕も追撃だ。
「軍に関して言えば、全軍出撃待機の状態です。命令があればすぐに、進軍可能です。また、我が軍の主力は北方の駐屯地へ移動しており、宣戦した場合、4日もあれば要塞線までのラインを確保できることはできます。」
すると、総理が聞き返してくる。
「それは、確約と見ても?」
「もちろん。要塞線から先は闇、ですがね。」
「わかりました。」
そう言うと一度、一息入れて総理は言った。
「明日、午前零時を以って日本社会主義連邦へ宣戦を布告。その後、米国及び英領日本に対して、義勇軍派遣の要請をしてください。」
「了解です、総理。我が軍は総力を挙げて、北の大地を燃やし尽くして来ましょう、国民の怒りという炎で。」
そう言って僕は海将を連れて閣議から抜け出そうとすると、総理が僕を呼び止めた。
「虚春元帥。日本を、頼みましたよ。」
「もちろんです。必ずや、日本の勝利を。」
そう言って、僕と海将は閣議から抜け出した。
恐らく、最後の言葉。
総理はあえて連邦とは使わなかったのだろう。
新たな日本。資本主義で統合された新たな日本の時代、か・・・。




