第十二話 小さな体に蛮勇を抱く少女
窓から差し込む日が僕を起した。日は既に西日となっており、夕方なのだとわかる。時刻は既に16時を超えていた。昨晩、寝たのが遅くても早くても4時前だとしても半日は眠っていたことになる。恐らく、この生活にまだ慣れていないのだろう。前の家に居たときは飯は作って置いてくれてたし、ネトゲをずっとやっていたからな。体を起すと寝起きだからだろうか若干、気だるい感じがする。寝起きで体を起すために外に出るとしよう。幸い昨日帰ってきてから服は来たままのため、そのまま行くとしよう。
外に出ると訓練兵が射撃訓練しているのだろうか、どこからか銃声が聞こえてくる。とりあえず、行く当てもなかった散歩だ。行ってみるとしよう。連邦軍の射撃訓練場は丘に見立てた場所にターゲットを配置する方式だ。そのために射撃訓練場の周りはフェンスで囲まれている。射撃訓練場の入り口で警備兵に訓練を見てもいいか聞くと、「今の時間ここでは訓練は行ってはいない。」と言った。
僕は「それではこの射撃音はなんなんだ?」ど聞くと、警備兵は「今、中で撃ってる音がしてるのは訓練をもう必要としないと判断されたやつが中で射撃練習をしているんですよ。」と彼は答えた。なんでもいけ好かない女スナイパーらしい。その言葉に僕は興味を持ち射撃訓練場の中へ入っていった。射撃場の中では黒のマフラーをした緑髪の少女がいた。
その少女は、伏せながら少女の背丈ほどあるスナイパーライフルを用いて狙撃訓練をしていた。今は狙いを定めるのか、射撃は行ってはいない。彼女の使っている銃器は、M200 Intervention.408だった。チェイタック社が開発した大型長距離狙撃銃だ。
世間では銃器界の中では敬遠されている。まず前提として10キロ以上の重量があるという点。付属コンピューターが存在していて、EMPなどの状況下に置かれてもその正確な狙撃は可能だという。有効射程に至っては不明で、チェイタック社の話によれば、2300メートル近い距離の狙撃も可能とのことである。しかし、どれだけ精密な狙撃ができようと、どれだけ長距離を狙撃できようとも、移動できねば意味がない。
そして、二つ目に弾頭という問題である。M200の使用弾頭は.408 Chey-Tac弾という弾を使用しているが、この弾はチェイタック社独自規格なために弾代だけでも高価だ、さらにそこに銃本体の価格も高いために軍ではあまり配備されない。そのために敬遠されている存在の銃なのだが、その銃がここにあるから驚きだ。試験的に導入したのを使用している可能性もあるが、彼女の射撃の腕を見るのが先だろう。
丁度よく教官用の双眼鏡が掛けてあったでそれを借りて僕は、恐らく100メートル以上はあるだろうレンジの奥のターゲットを見てみる。ターゲットは訓練で使いまわされた物が多数なので無数の弾痕が残っている、中には貫通しているものもある。彼女の射撃の腕前を確認しようと彼女が撃ち出すのを待つと、かなり強い風が吹き始めてきた。射撃場の中にある風速計が高速で回転している。もはやこの状況では彼女の腕前を見るのは無理だろう。
そう諦めていると、突如として炸裂音と金属音が辺りに響いた。ターゲットを見るとさっきまで無かった貫通した穴が出来ていた、物があった。間髪入れずにカチャッという音が聞こえてくる、恐らくボルトハンドルを引いて次の弾の装填をしたのだろう。またもや射撃音、貫通。マガジンの中の弾が無くなるまでこれが続いた。この間に何度か風が止んだがほとんどの射撃が風が吹いたままの状態だった。
「訓練を必要としないと判断されたやつ」という先ほどの警備兵の言葉を思い出した。なるほど、これならば納得だ。少女がマガジンの中の弾を撃ちつくすと、その場を立ち上がって片付けて帰ろうとした、すると僕の存在に気づいたようで、僕に詰め寄ってくる。
「あんた!何時からそこに居たのよ!」
「そのマガジンの始めから終わりまでだよ。君、名前は?」
「エイラだよ。エイラ・ユーティライネン。」
ユーティライネンはフィンランド方面の名前である。僕は偶然だけども、その名前を知っていた。
ヘルマンニ・ユーティライネン。フィンランドの軍人の家系に生まれた兵士であり、冬戦争と継続戦争ではソビエト軍からカレリアの狼と恐れられ、カールグスタフ・エミール・マンネルヘイムと並ぶフィンランドの英雄だ。
「もしかしてフィンランド人?」
「そうよ、向こうが欧州革命で共産化したから家族で逃げてきたってわけよ。そんな貴方の名前はなんなのよ。」
「ん?僕かい?虚春桜花っていうんだ。しかしながらそのM200どうしたんだい?」
僕は物珍しそうに彼女がさっきまで使っていたM200を見ながら言う。
「あぁ、これ?何か知らないけど訓練しなくていいから、これを使う練習しとけって言われたのよ。」
すると彼女はM200をひょいと持ち上げた。それには僕も驚きを隠せずに居た。
「M200をよく持てるな。僕だったら絶対無理だよ。」
「そう?この程度だったら全然だけど?というか一般兵は、今の時間はまだ一応訓練の時間なんだけどなんでここに居るの?」
あれ?僕の階級に気づいて無いのか。
「ま、いいか。僕は大元帥だから、訓練をする必要は無い、おーけー?」
「は?貴方今なんて言ったの?私の耳がM200の射撃音でイカれてなければ大元帥って聞こえたんだけど・・・・。」
彼女は現実を認めようとしていないので、僕はそうだよ?と言わんばかりに首を傾げる。
「貴方、ちょっと話があるわ。」
彼女は目は先ほどとは打って変わり、真剣な目になっていた。
「ちなみに話って、どんな?」
「もし、共産軍と戦争になったら、私を第一機械化狙撃大隊へ編入して。」
「何が言いたい。」
東海連邦陸軍の指折りの狙撃大隊の名前を何故、君が出すんだ。彼女の目を再び見ると常人の目ではなかった。彼女の祖国フィンランドで例えるのであれば━━━そう、狩人の目だ。獲物を絶対に逃がさない目だ。だが、彼女の標的は兎などの生物ではないことが明らかだ。明らかに人狩りの目をしている。
「貴方からしたら、どうってことない理由よ。敵討ちっていうね。」
「誰のだ?」
何故かわからないが、咄嗟に言葉が出た。
「私の大切な家族のね。」
彼女は涙を流し、その声は涙声になっていた。
「だが、君はさっき家族で逃げてきたと言ったじゃないか。」
「逃げてこられた家族は私の両親だけ。一族郎党で逃げて来られたわけじゃないの。」
「しかし、何故逃げた?それほど共産主義が嫌いだったのか?」
彼女は首を横に振った。
「私の家系は代々、軍人の家系で共産主義の連中にとっては因縁深い一族なのよ。特に1939年11月30日から約3ヶ月に渡って続いた冬戦争や、ナチス第三帝国こと、ナチスドイツのバルバロッサ作戦により始まった継続戦争に参加したことがね。彼らに逆賊として処刑されるには十分な血筋だわ。」
「なるほど、それで君はどうするんだ?君の家族を殺したやつらを皆殺しにするために、君はその銃を使うのか?」
「私と、私の両親以外は逃げ遅れてしまったんだもの。もう、他にできることはないわ。」
「そうか、機械化狙撃大隊への編入は僕が手配しておこう。しかしながら、部隊の古強者が認めない限り前線への出撃を禁ずる。これは大元帥命令である、いいね?」
「えぇ、絶対に守るわ。その命令。」
「それと、君のその技術がもっと他の目的に使われるのを願いたいものだ。さようなら。」
「えぇ、でも無理な話ね。私にはするべきことが他に無いもの。それと、次に貴方が私の名前を聞くときは戦没者名簿一覧上かもしれないってことを念頭においておくべきよ。」
僕はその場を後にして、彼女と別れた。
恐らく戦いが始まれば、彼女は1ヶ月もしない内に壊れてしまうだろう。復讐心というのは人を動かすのに実に適しているが、結果的には無意味なものである。それに気づかない内はまだいいが、気づいてしまった時がまずい。何がまずいかと言うと、何もかも見失ってしまうからだ。
復讐心というのは心の暴走で、思考を放棄することだからだ。まぁ、その先の道筋を示すのも僕の役割なんだろうけども。




