第十話 ボロボロの老兵達
目が覚めると時計は19時20分を指していた。恐らく海将はもうすでに外で待っているだろう。さて、彼らと友好な関係にならないとな。老兵を舐めていようものなら、僕は即座にこの座から降りよう。一兵だろうと無碍に扱わないし、一兵だろうと優遇はしない。
家の外に出るとやはり海将は待っていた。しかしながら海将は明後日の方向を眺めていて、僕が家から出てきたことには気づいていないみたいだ。僕から話しかけることにしよう。
「連邦軍では15分前行動。さすがですね。僕にはまるで真似はできないでしょうが。」
と苦笑いながら彼に話しかける。すると海将はようやくこちらに気づいたようだ。しかしながら数秒の沈黙が生まれた。
「閣下は閣下なのでいいのですよ。」
彼はそう答えた。が、彼の返答は数秒の沈黙が生まれた。何か他の事を考えていたのだろう。彼の表情を見みてみるとパッとしない顔だ。何かあったのだろうか?
「海将、何かありましたか?」
「いえ、それが・・・。」
彼は非常に答えづらそうだ。だがしかし、何かしら緊急性の高い問題が生まれたわけでもなさそうだ。
「実は、閣下は友永陸佐にどうにも嫌われているようで。」
ま、そうでしょうね。あちらさんからしたら、どこから来たのかもしらんガキに指揮権を委ねられたのだから気が気でもないだろうね。
「ま、友好関係がゼロから始まるなら、それ以上に楽なことはないさ。元より友好関係が無いから、友好
関係を失うことが無いのだから。さ、行きましょうか。」
彼は、「はい」と答えた。彼に案内されて、兵士宿舎帯となっている場所の一角にやってきた。そこにはコンクリート造りの兵士宿舎があった。外から見ると中の明かりは点いていることがわかり、叫び声のようなものも聞こえる。恐らくもう既に先に始めてしまっているのだろう。
「さて、海将。僕は行ってきますが、どうしてますか?」
「お供させていただきます。」
彼は僕についてくるみたいだ。意を決して扉を開けると、まず中から酒と煙草の臭いが臭ってくる。その臭いの次に、酔った老兵達が目に入ってきた。既に出来上がっている人も何人か居るみたいで、どんちゃん騒ぎだ。しかしながら手前の方で他の老兵とは違い、何か違う雰囲気の人物が居た。永友陸佐だ。僕は陸佐の横に座った。
すると陸佐は僕に気づいたみたいで、咥えていた葉巻を灰皿に置いた。
「こんばんは、永友陸佐。連邦軍総指揮官こと虚春桜花です。」
僕は一先ず手を出して、握手を求めた。
「坊主、お前が新しい指揮官か。だがまぁ、どうせ貴様のようなやつには俺達を操ることなんざできん。その職は早々に辞めることを勧める。」
彼は僕に辞めることを勧めたが、僕の握手には応じてくれた。
「何故ですか?」
僕は疑問になって聞いた。
「それはな、俺達がお前らの事を。軍司令部や政治家のことを信用してないからだ。」
突然、陸佐は僕の胸ぐらを掴んだ。海将を必死に止めようとしているが、無駄だ。周りの老兵達は先ほどのどんちゃん騒ぎはどこへ行ったのか、じっとこちらを静かにこちらを見つめている。
「わかるか!?これが!」
彼の片方だけの眼は今にも涙を流しそうなほどになっていた。だけど、僕を信用しないのは話は別だ。
「何もわかっては居ないのは・・・・・貴方もそうでしょう・・・・。貴方に僕のことがわかるのか!?あなた達がどんなことがあって、どんなことを司令部や政治家にされたかは、僕は知らない!あなた達は連邦軍にとって貴重な戦力であることも知っている!それで今、僕はあなた達と友好な関係を築くためにやってきた!それは、次の戦で勝つためだ!」
次の戦では絶対に負けられない。負けてはいけないんだ!僕は一司令官でもあるんだ。付き従ってくれる兵達に面目ないことなんてしたくない!
「一司令官として、兵士の命を預かっているんだ。その兵を死なせてしまったら最後、僕は彼らの無念を晴らすべく勝利を勝ち取ろう!負けるとするならば、僕達が皆、死んだときだ!」
叫ぶように声で、睨むように眼で、僕の本気を彼に訴えかけた。すると陸佐は僕の胸ぐらを掴むのをやめた。
「副隊長、あれを持ってきてくれ。」
すると、すぐ近くに居た老兵が立ち上がりどこかへ走っていった。しばらくするとその老兵は、アルミ缶のケースを持ってきた。陸佐は僕達の目の前で、僕達に中身を見せるようにケースを開けた。
「坊主、わかるか?これが。」
中にはいくつもの勲章が所狭しと入っていた。名誉勲章、パープルハート章(名誉戦傷章)、派兵章、世界各地の戦役章、数えればキリがないほどある。
「これはな、俺達の仲間のものだ。この中のほとんどは俺達が受け取ったが、それは帰ってこれなかった俺達の、部隊の仲間達の物だ。ベトナム、アフガン、インドシナ、中国、アラビア半島。俺達、第34戦車旅団が共産軍と戦った場所だ。だがな、全ての戦場で俺達は勝っていたが、負けたんだ。」
「それは一体どういう意味ですか?」
まったくわからない。勝ったが負けた。それが彼らの司令部に対する不信用の根源なのだろうか。
「当時の東海連邦の政府と軍部は弱腰で、共産諸国に対して断固とした姿勢を取る事ができなかった。そのために、共産陣営が戦線から我々、第34戦車旅団を撤退させろと言うんだ。そうして、俺達は世界の為に散っていった仲間達の思い空しく、帰ってきたわけだ。」
「そして共産軍に制圧されていった、と。それは、辛かったですね。」
気づけば周りに居た老兵達は皆、涙を流していた。これは悔し涙なんだと、僕は瞬時に察した。これはなんとしてでも、僕達は共産陣営に報いなければならない。報復しなければならない。彼らの思いを無駄にしてはいけない!
「次の戦に勝って、共産陣営に報いましょう。散っていった、あなた方の仲間の命の分、全てを、無かったことにしてはいけない。彼らの命の分、我々は報復しなければならない。世界を変えなければならない。」
周りの老兵は、その通りだ!今こそ憎き奴等に報いる時!と沸いている。
「わかった、坊主。お前に俺達の命運と、俺達の意思を任せよう。」
友永陸佐はそういうと、僕に勲章が入ったアルミ缶ケースを僕に託した。さっきのやり取りもあってか周りの老兵だけでなく若い兵士も猛っている。
「まぁ、みなさん落ち着いて酒でも呑むましょう。まだまだありますしね?」
「あぁ、もちろんだ。坊主、お前も呑むよな?」
「僕はまだ未成年ですが、陸佐からのお誘いとあらば。」
一応僕は酒には強いほうだと思っている。未成年なのに何故かと言うと、僕が13の時に家の中での娯楽に飢えたときがあった。その時に家にあったのを適当に拝借して呑みはじめていた。ここ数ヶ月は飲んでいなかったけどね。
「ほら、海将も呑みましょう?」
「はい。私は酒には強いですよ?」
「ははは、それじゃあ僕と勝負でもしますか?」
こうして、海将も交えて酒を皆で呑んで夜が更けていった。




