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板ばさみ

作者: 前田剛力

「で、で、電話ボックスはありませんか!」

 通りを歩いていた僕は、いきなり強い力でつかまれ揺さぶられた。

 背広にネクタイのごく普通のサラリーマンだった。

「どうしたんですか?」

「アレを見て」

 男が指差したのは向かいのビルの屋上だった。

まさか!

 そこには、今にも地面に飛び降りようとする若い女性の姿があった。ビルは十階建てで、落ちたらまず命はない。僕は青くなったが、その男の顔はもっとひどかった。

 自殺しようとしている女の恋人だろうか。それとも目の前で人が死のうとしているのに、何も出来ない自分への不甲斐なさで苦しんでいるのか。いずれにしても、その苦悶の表情は尋常ではない。


「電話ボックスは……」

 まだ男はブツブツ、うわ言のように繰り返している。しかし、周りを見る限り電話ボックスなどどこにもなかった。

「最近、都会では公衆電話は簡単には見つからないでしょう。レスキュー隊への連絡なら僕の携帯でしましょう」

 次第に人が集まり始めた。

上空は強い風が吹いているらしく、女の髪は大きくなびいていた。その風に煽られ、女は大きく身体を揺らした。

男はそれを見て、気も狂わんばかりの慌てぶり。背広を脱ごうと手をかけては、思い直すように手を下ろす。重大な決断をしなければならないのに出来ないという様子だが、でも背広を脱いだくらいで何ができるというのだ?

ワイシャツの下に薄っすらと青地のシャツが透けて見えた。青地になにやら赤いマークのついている、ド派手なシャツだ。それに今、気付いたのだが、男は背広とはぜんぜん合わないブーツを履いていた。何だこの男? まさか?

「その格好は? あなたはひょっとして……」

 しかし男にはもはや、僕の声など耳に入らなかった。

「電話ボックスは? 着替える場所は……」

今、この哀れな女性を助けられるのは自分だけ、でも彼女を助けようとすれば自分の秘密を明かすことになってしまう……。

究極の選択を迫られたスーパーマンは心の葛藤に耐え切れず、ついにうわ言を繰り返しながら悶絶してしまった。


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