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闇にうつろふ  作者: 五月蒼井
壱、
7/35

本家と分家





「燈中、当主になっちゃったね」



日のあまり当たらない北の方角にある和室で、燈中は次期当主の優璃とまったりしていた。さすが本家というべきか、出てくる茶も菓子もとても美味しい。おそらく、燈中の家とはそれに使われる金額が大幅に違うのだろう。



「これで(うしとら)は安泰だけど、僕としては困ったな」


「何で?」



彼女のその素直な質問に、優璃の冷たく見える瞳が向けられる。しかし、平生の彼を知るものが見れば、とても人間らしい光が宿っていると感じるに違いない。



「当主同士の婚姻はできないんだ」


「コンイン?」



蛇又用にと出された練り切りを頬張りながら、燈中は首を傾げる。優璃はとても頭がよいので、彼女が知らない言葉をよく使うのだ。



「僕と燈中は結婚できないってことだよ。ねぇ月光」


「はい。本家の当主と婚姻を結べば、やはりその家の力が強くなりますので…分家のパワーバランスが崩れてしまいますからね」



本家を頂点として、この一族は成り立っている。本家以外の分家はどの家も平等で上下関係はない。しかし、本家の当主と婚姻を結べば、本家の中でも発言権が持てることになる。いくら本家の血筋の人間だとしても、トップである本家当主の妻または夫を、蔑ろにはできない。それが分家の当主であれば、自分の家に有利に働くことだってある。そのため、当主同士の婚姻は禁止されているのだ。



「ふーん…」



燈中は中学生になったばかり。一つ年下の優璃に至っては、まだ小学生だ。結婚のことなんて、考えたことはなかった。成人している兄ならば、話は別かもしれないが。



「(…この童、危ういな)」



燈中の腕に巻き付いていた蛇又は、ちらりと本家の跡取りの顔を盗み見た。当主会の前に逢ったときも思ったが、とんでもないものを抱えているこの子供は、蛇又のことなんぞ意にも介さず、燈中だけを見つめている。



「そんなことより優璃、今日龍王さまは?」


「コウリュウは今日出してやらないんだ。昨晩ケンカしたからね」


「えーそうなの?シンカイと会わせたかったのに」



コウリュウとは優璃が体に下ろしている龍の二つ名である。本家の当主は代々龍を体に取り込み、力を借りているのだ。似た容姿である龍王と蛇又を合わせたかったという燈中に、優璃は困ったように笑った。愛しい彼女の願いでも、今日は龍王と会わせてやるつもりはない。



「あ!もう5時だ。そろそろ帰らないと夕飯に間に合わない」


「そう…もうそんな時間か」



垂れた目に悲しそうに睫毛の影が落ちる。本家と艮家は、車で2時間くらいかかる距離にある。普段もなかなか会えず、今日会ったのも何ヶ月ぶりかわからない。燈中は自分の携帯電話を持っていないので、そう頻繁には連絡することができなかった。



「では、車を手配して参ります」


「そうだ…待って、月光。帰りはお前の背に乗せてやって…そうすればあと1時間は一緒にいられるからね」


「えー!ガッコーが送ってくれるの!やったー!」



背に乗せるという言葉に、少し不快そうに眉を顰めた月光だったが、主人の命に背く気はないのだろう、小さく頷き、あげた腰を下ろした。



「ねぇ、燈中…蛇又をどうやって屈服させたの?」



今の今まで蛇又をいないもののように扱っていた優璃が、腕に絡まる蛇又へ視線を寄越した。よくぞ聞いてくれました、と燈中は意気揚々と蛇又との出会いを話し出す。



「そこで私は言ったわけですよ!『さぁ!観念して私の式鬼になりなさい!』そしたら、シンカイは…」


「そう…燈中は強いね」



楽しそうに話す燈中の拙い言葉を、優璃は穏やかな眼差しで見つめている。



「じゃあね!優璃!」


「うん…」



帰る時間となり、竜体に変化した月光が庭に待機している。また来るようにと念押ししてから、優璃は握っていた彼女の手を離した。



「またね!」



小さくなってもずっと手を振り続けてくれている燈中へと、同じように手を振り返していたが、ふと不快そうに顔をしかめた。



「ああ、うるさいな!コウリュウ!」



頭の中に響く、龍王の声。朝からずっと遮断していたのだが、燈中が帰ったことで縛っていたものが緩んだのだ。



「…………」



再度龍王の声を遮断して、ふうと小さく溜息を吐く。








月光ーー飛竜の背に乗った愛しい人が遠ざかっていくのを、障子に寄りかかり眺めていた少年は、ぽつりと呟いた。






「ーーーーどうか、早く堕ちてきて」




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