本家の跡取り
だらだらと本家の廊下を歩きながら、当主会までの暇つぶしできるものがないか探していた。共にここへと赴いた叔母は挨拶回りがあるので別室へと向かったが、現当主である燈中は正式な顔合わせの場での挨拶となるため、手持ち無沙汰となったのだった。
「…童がおるな」
「え?」
燈中の手首に巻きついていた蛇又がポツリと呟いた。廊下の先を見れば、白と紺の着物を着た少年が背を向けて立っている。
「優璃!」
振り返った少年は眠たそうな垂れた目をしていた。しかし、その目には光がない。まだ年端もいかない少年だというのに、何もかもを諦めているかのような、仄暗い何かが瞳の奥に棲んでいた。
「ああ燈中、久しぶり。素敵な髪飾りだね、とてもよく似合っているよ。………その邪が燈中の式鬼?」
振袖の下に隠れていた燈中の式鬼は、仕方なしにちらりと顔を覗かせた。淡々としていて抑揚のない声色。覇気がないというより、生気を感じられない声色だと蛇又は思った。
「うん。蛇又のシンカイ」
「“シンカイ”ね…」
優璃と呼ばれた少年が真名を口した途端、蛇又の背に薄ら寒いものが走った。今まで誰に名を呼ばれようとも、何も感じなかったというのに。ーーー此奴は何者だ。
「…あとで、部屋に来て…燈中。一緒にお菓子を食べよう…?」
「うん、後でね。でも…あれ?優璃は当主会出ないの?」
「僕は出ないよ…必要ないもの」
表情が抜け落ちてしまったかのような、冷たい顔をした少年は、燈中の小指を強引に自分のそれと絡めると、勝手に指切りをしてから去っていった。
「彼奴は何者じゃ?人間か?」
「優璃は本家の跡取り。今は体に龍を下ろしてるから、気配が人とは違うかもしれないけど、私と同じ人間だよ」
「…龍を体に?人間とは愚かなことを考えるものじゃな」
「まあ、この一族は普通じゃないからね。私が言うのもなんだけど」
ーー龍を体におろしているとか、そういう問題ではないがな。
恐らく、あれ(・・)は己の主よりも深い闇を抱えている。どんよりと仄暗く、濁ったような。それが本家の次期当主とは。その後ろ姿を見ながら、蛇又は嘲るように笑った。
「お主の周りは、おかしなもので溢れかえっておる」
「えー、そんなことないよー」
特にあの縁鬼という千里の鬼。あれが一番厄介だ、と蛇又は思っている。何者かはさだかではないが、蛇又が知る限り千年は生きているだろう。
「燈中、そろそろ始まるわよ」
「はーい!」
叔母に呼ばれ、慌てて踵を返す。面倒な当主会が、やっと始まる。