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闇にうつろふ  作者: 五月蒼井
壱、
3/35

使役したはず








「シンカイー」


「シーンカイ」


「シンカイー!」



今日も今日とて、彼の一族の当主となった燈中は、己の最初の式鬼(しき)を探して屋敷内を彷徨っていた。

十三歳の誕生日に下した蛇又(じゃまた)は、主である燈中を認めているのかいないのか、気まぐれに姿を消してしまうのだった。



「縁鬼ー、シンカイどこー?」


「悪いが燈中、シンカイとはまだ縁がないからな。居場所を探れない」



縁鬼はその名の通り、ゆかりを司る鬼だ。祖父や曽祖父の代からこの屋敷にいるというので、一族の子どもたちとは繋がりが強い。幼い頃から共にいるが、彼は謎に満ちていて、どうやって居場所を特定しているのかなどと、わからないことが多い。



「蛇又なら庭の杉に絡まってたぞ」



姉の式鬼である大鬼(おおおに)が、新聞から目を逸らさずに告げた。ぽかぽかと暖かい縁側は、(じゃ)にとっても居心地がいいらしい。



「さんきゅー、おっさん」


「おっさん言うな、ガキ」



式鬼のことは通常名前で呼ぶことはない。(ふた)つ名というべきあだなで呼ばれ、真名(まな)を知るのは主のみ。燈中が幼い頃から姉が使役しているこの大鬼も、その例に洩れない。



「シンカイ、散歩行こう」



大鬼が言っていた通り、蛇又は大木である杉にその長い体を巻き付けていた。漆黒の鱗が木漏れ日を浴びてきらきらと光る。邪だというのに、なんて綺麗なのかと燈中は思った。



「何故我が貴様についていかねばならぬ。一人で勝手にゆけ」



相変わらず辛辣な式鬼だ。冷たい眼差しは迷いの森で出逢った時から何も変わらない。だが、燈中もただの子どもではない。きつく睨めつけられたとしても、自分の式鬼を恐れることはなかった。



「やだ!シンカイと行きたいの!!」



目線の高さにあった尾を無造作に両手で掴んで、木から引き剥がそうと引っ張る。いきなり体に触れられ腹が立ったのか、蛇又は一瞬で燈中の右腕に牙を剥いた。



「ぎゃーっ 噛んだ!!」


「燈中っ」



一部始終を縁側で見ていた縁鬼が駆け寄ってくる。その後ろでは大鬼が腹を抱えてゲラゲラと笑っている。自分の式鬼に牙を向かれる主など見たことがない、と。かくいう彼も、使役された当初は、主となった李左を見下していたくちなのだが。



「シンカイ!お前は燈中の使役だろう!主に歯向かうなど!!」


「五月蝿いわ、小舅か貴様は」



縁側でとぐろを巻いていれば、ダラダラするなと小言を言われ、燈中の首元に絡まっていれば絞め殺すつもりかと嫌味を言われる。燈中に使役されてからまだ数日だが、蛇又の中ではすでに縁鬼は小舅認定されていた。



「燈中、今からでも遅くはない。この蛇を森に捨ててこい」


「やだ!!シンカイは私の式鬼だもん!!散歩に行くの!!」



こめかみに青筋を立てた縁鬼が、当主を諭そうとするが、涙を滲ませた燈中は、蛇又と散歩に行くことをまだ諦めていないらしい。



「燈中!それよりも早く毒抜きをっ」



いつの間にやってきていたのか、姉の李左が悲鳴じみた声を上げた。蛇の毒が体中に回って、命の危険に晒されてしまうかもしれない。



「姉様、シンカイは毒のない蛇だよ」



姉が現れたことで落ち着きを取り戻したのか、噛まれないように顎の下から頭を鷲掴んだ燈中は、杉の木から蛇又を引き剥がすことに成功した。



「そ、そうなの?」


「アオダイショウだから」


「ええ!?」



ぐるぐると腕に絡ませた、その式鬼の顔を姉に見せるように持ち上げ、燈中は得意顔で説明する。相変わらず、蛇又はその顎を大きく開き、主に噛みつこうとしている。



「ほら、目の中のが丸いでしょ。アオダイショウの蛇又」



アオダイショウは瞳孔が丸いと、爬虫類図鑑で調べたという燈中へと、未だ威嚇を続ける蛇又に、李左は引きつった表情で笑った。


アオダイショウといえば、割と馴染みのある蛇ではある。猫又と同じように、蛇が長い時を生き、妖怪となったものが“蛇又”なのだ。その蛇又が知っている種だったとしてもおかしくはない。



「李左は爬虫類苦手だから寄せるな」



主が現れたことで新聞を読むのをやめた大鬼が、逞しい腕を翳し、それ以上近寄るなと燈中を制止させる。青白い顔をした李左はこれ幸いと妹から距離をとった。



「おっさんも、最初はシンカイが怖かったくせにー」


「うるせーぞ、ガキ」



怖かったのではなく、力の差が大き過ぎて押しつぶされそうになっただけだ。と言えればいいが、この小さな娘にすれば似たようなものなので、その事実は喉の奥でぐっと押しとどめた。今現在は燈中が真名で縛っているので、多少は耐えることができるが、屋敷に現れた時の蛇又の力は並の妖に対峙できるものではなかった。



「燈中、とりあえず消毒を」


「はーい」



小舅には逆らえないのか、燈中は素直に縁鬼に従う。燈中の腕に巻きつけられた蛇又も必然的にそちらへ向かうことになった。威嚇をやめた蛇又は、凍てつくような縁鬼の視線から逃れるように顔を背ける。



「明日は本家で当主会があるだろう。こんな腕で行ったらトビと月日(つきひ)が驚く」


「おお、2人に会うのも久しぶりだなー」



トビと月日とは燈中の友人だ。両者ともこの一族の人間で、それぞれ彼女と立場も似通い次期当主となる者たちである。ーーといっても、トビは燈中よりも年上であるため、すでに当主となっているのだが。



「当主となってから初めてだからな。正式な顔合わせになるだろうから、明日は(しずく)も行くはずだ」



前当主である叔母も行くのなら心強い。この一族は分家が多く、食えない狸ジジイも多い。まだまだ幼い燈中だけでは、厄介ごとを押し付けられかねない。



「叔母様もかー。じゃあ、安心だね」



同意を求めるように式鬼を見たが、蛇又は主の言を聞いているのかいないのか、無反応である。この式鬼が蛇ではなかったら、きっと目を閉じて知らん顔でもしていただろうが、生憎蛇には瞼がないので目を閉じられないのだった。



「あまり深くはないか…」



燈中の腕を消毒しながら、傷の様子を見る縁鬼が呟く。末娘にことすら甘い彼は、燈中の式鬼が相当気に食わないのだ。しかし、当主となった今、彼女の式鬼が弱い邪ではないことは、まだまだ子供である燈中にとっては、喜ばしいことなのだが。



「シンカイの噛み癖には困ったもんだなー」


「童のような言い方をするでないわ。我に毒があれば、貴様など疾うに死んでおるわ」



噛み付くとまた縁鬼に何を言われるかわかったものじゃないからか、今度は巻き付けた体で、腕を締め上げることにしたらしい。ギリギリと主の腕へ巻きつけた体に力が入っていく。



「いたたた!血が止まる!!」


「シンカイ!!!」


「…前途多難だな」



明日の当主会、大丈夫かよと溜め息をついた大鬼に、李左は困ったように笑った。ーー全然大丈夫じゃないだろう、と。










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