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闇にうつろふ  作者: 五月蒼井
壱、
18/35

水の無い月




公園の中心にある池で起こる怪異の原因は、そこに棲む鬼蝦蟇(おにがま)だった。蝦蟇――蛙が長い生を受け、妖へと変化したもので、その本性の大きさは、三メートルはあるだろうか。


〈ここはオレたちの棲家だぞ!!〉


公園に来る人間たちが池へとゴミを投げ入れ、池に棲む生物たちは徐々に数を減らしていった。

池に棲む仲間を助けるために鬼蝦蟇はか弱い人間――公園に遊びに来る子供たち怒りの矛先を向けた。池に近づく子供を誘惑し、水の中へと引きずり込むのだ。幸い死者は出ていないが、それも時間の問題だった。


「人間たちが池を汚すのが確かに悪いけど、それで関係ない子供を池に落とすのは別問題だよ!」


報復するならゴミを投げ入れた本人にしろ!と筋が通っているのかいないのか燈中が叫ぶ。顔を見合わせた蛇又と炎獅子はそんな主に若干呆れ気味だった。


〈邪魔をするなら貴様から殺す!!!〉


襲い掛かってきた鬼蝦蟇は、口に含んだ水を鉄砲玉のようににして吐き出した。蛇又と炎獅子は素早く避けたが、水鉄砲が当たった地面は抉られ、その威力が強力であることがわかる。当たればただでは済まないだろう。


「くっ」


炎を身に纏う炎獅子には、この池の上というのは不利な戦闘だった。水鉄砲は避けたが、突進してきた蝦蟇の巨体は避けきれず、炎獅子が弾き飛ばされる。その勢いのまま、水面へと叩き付けられた。


「水無月っ!!!」


そのまま水面を滑り、滑る勢いがなくなったところで炎獅子がゆっくりと池の中へと沈んでいく。


(えさ)のくせに生意気じゃ!」


それを横目に見ながら、蛇又が(あぎと)を開いて鬼蝦蟇に襲い掛かった。


「どうしよう…!水無月が浮かんでこない…!」


気泡がぼこぼこ浮かんでくるが、その持ち主である炎獅子が一向に姿を見せない。もしかすると水面に叩き付けられた衝撃で、意識がないのかもしれない。

あるいは、水の中に鬼蝦蟇の仲間がいて、炎獅子に息を吸わせず窒息させようと捕まえているのかもしれない。


「ど、どうしたら…!!」













ざばんと池からあがってきた炎獅子の体は、常のように真っ赤に燃え上がる炎の色ではなかった。


「おい…犬っころ…体が青くなっておるぞ…」


鬼蝦蟇を蛇腹(じゃばら)で締め上げて丸呑みにしてやろうかとしていた蛇又が、視界に入った炎獅子の姿を見て呆然としている。


「何だこりゃ!?」


炎の(たてがみ)が、いつの間にか水蒸気のような(もや)となっていた。赤い毛並も今や真っ青に色が変わっている。


「燈中!俺に何をした!?」


後ろに控えているはずの主を振り返る。印を組んで立っている燈中は、遠目からでもわかるほど、肩で息をして疲労していた。


「水無月…火が消えたら…死んじゃうと…思って…」


ぜいぜいとなんとか酸素を吸っている状態は長く続かず、立っていられなくなったのか燈中は地面に膝をついた。


「火を水へと変換したんじゃな…」


「道理で水の中でも自在に動けたはずだ」


池の中では鬼蝦蟇より一回り小さな蝦蟇が、炎獅子に襲い掛かってきた。池の水を一気に蒸発させることもできたが、それだと水中に棲む生物まで干からびてしまう。

結局、体術で何とかしようと試みたのだが、水中だというのにさして水の抵抗も感じず、簡単に蝦蟇たちを倒すことができたのだった。


「水無月は、水の月…だから…大丈夫だと思って…」


“水無月”とは六月のことだ。六月は田植えを終えて田んぼに水を張る次期でもある。そのため【水張月(みずはりづき)】とも言うこともある。


兄の式鬼である妖狐は、旧暦の六月が字のごとく【水の無い月】、【夏で日照りが続く時期】だから、炎を司る炎獅子にその名を付けたと思っていたが、それも間違いではない。


どちらにせよ、真名に【水】の文字を冠する炎獅子に水の属性をつけることは、燈中の頭の中では至極簡単なことだった。

唯一誤算だったのは、ここまで霊力を消費してしまうとは思わなかったことだ。


「やばい…目の前が…暗くな…って…きた…」


元神使である炎獅子の体は、蝋燭の火のように脆くはない。水の中に沈んだとしても命の灯火が消えるわけではないのだが、燈中はそうは思わなかったらしい。池の水で彼の鬣の炎が消火されてしまうと思ったのだ。


「……そもそも俺に水の属性なんかつける必要あったか?」


ついに霊力を使い果たして倒れた燈中の元へ向かい、二本の腕で抱き上げながら炎獅子が首を傾げる。そこまで大がかりなことをしなくとも、水の中でも自在に動けるようになるくらいの術で、事足りたはずだ。


「…まったくもって不要じゃ。愚かな童め」


相手は蛙の妖だったので、水場での戦闘となったが、蛇又がいれば何とかなった相手である。

炎を司る炎獅子の属性を無理やり変換したため、いつも以上に霊力を消費してしまい、燈中は倒れてしまった。


「とはいえ…炎獅子である俺に、真名を引鉄に対極をなす水の属性をつけるとは…末恐ろしい娘だ」


むにゃむにゃ寝言を言って能天気に眠る主の頬を人差し指でつつく。


五行思想でいうならば、木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず、となるが、少しでも五行をかじっているのであれば、火から水を生じさせるなど考えることはない。

叔母の講義をきちんと理解していなかった燈中だからこそ、そんなことを考えたのだろうが。


「……それよりも、我は貴様が人型を取ったことの方が驚きじゃ」


「これでも元神使だ。人型くらい造作もない」


そう言われた炎獅子は“人間”の姿をしてた。


獅子の体のままでは意識を失くし地面に横たわる主を、抱き上げて背負うことができない。そのため、肉体を変化させて人型になった。


属性を変換させられた影響なのか、今の炎獅子の髪の毛は淡い水色だ。右介よりも若く見えるその風貌は、高校生くらいの見た目年齢だろうか。


「そういうシンカイも、人型にくらいなれるだろう」


蛇又は数百年生きた大蛇だ。人に変化するくらい簡単なはずだ。


「ふん、人型になって得したことなどないわ」


人型になる気は毛頭ないらしいが、なれないわけでもない。炎獅子とて、きっとこの姿を見たら主が騒ぎ出すだろうから、意識を失っているうちに元に戻っておきたいところだ。


〈ぐ……っ〉


「忘れておったわ。こやつはどうするかのう」


「力奪って池に戻すか。ただの蝦蟇に戻ればさして害もない」


結局、なかなか燈中が目を覚まさなかったので、炎獅子は蝦蟇の妖力を吸い上げて自力で元の火の属性に戻った。


意識を失っていた燈中が目覚めたときに、炎獅子を“水”獅子にしたことを夢だと思ったのは、仕方がないことだった。





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