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闇にうつろふ  作者: 五月蒼井
壱、
13/35

追跡者





「ねえ」


「な、なに?!」


帰宅しようと靴を履きかえていた女子生徒は、不意に声をかけられびくりと肩を震わせた。彼女を待ち伏せしていたのは、他クラスの生徒――燈中だった。


「昼休みに源に話してたのちょっと聞いてたんだけどさ、私もそういうのちょっと詳しいから話聞かせてくれないかな」


「えっと…」


同級生なので互いに顔は知っているが、今まで会話をしたことはなかった。体育などの合同授業で同じになったこともなく、部活や委員会での接点もない。それなのに急に話しかけてきたことで、警戒の色を見せた女子生徒に、燈中は回りくどいことはせずに核心をついた。


「藤岡さん、【見える人】でしょ」


そう言いながら燈中は靴箱の上を見やる。それにつられて同じように視線を向ければ、そこには赤い“何か”がいた。


「ひっ」


靴箱の上に丸くなっていたのは、燈中の式鬼である炎獅子だった。昼休みが終わる直前に校内に備え付けてある公衆電話に走り、家に連絡して放課後に来てもらったのだ。


「害はないから大丈夫。うちの子だから」


「え…」


燈中の肩に飛び乗ってきたのは、猫のような姿をした生き物だった。だが、猫というには異質な気配を纏っている。もし道端で見かけていたら、見て見ぬふりをしなければいけない類のもののようだった。


「待ちくたびれたぞ、まったく…」


猫のような生き物が人の言葉を発したことによりさらに驚愕する。


「とりあえず、移動しよう」


藤岡早苗。彼女はごくありふれた家庭に生まれた力のある者だった。物心つく頃には当たり前にそれらが見えていたらしい。


「最近、尾けられてる気がして…」


数日前から誰かに尾行されているような気がするらしい。だが、振り返ってもそこには誰もいない。ストーカーなのかとも考えたが、人の足音は聞こえない。


「うちは弟が生まれたばっかりでバタバタしてて…親には相談できないし…」


そもそも人ならざる者が見えるということを親に話してはいなかった。きっとこんな話をしても気味が悪いと思われるだけで、状況は改善しないだろう。

それで、昼休みに同級生である源頼季に相談に行ったのだが、まさか金を取るとは思っていなかったので、動揺して逃げ出してしまったのだ。


「あー、やっぱり尾けられてるのか…地縛霊かと思ったけど違うか。水無月、心当たりある?」


早苗の話を聞くと、どうやら燈中の見解は外れていたようだ。肩に乗る炎獅子に問いかければ、彼は緩慢に口を開く。


この燈中の式鬼はもともと神社の神使だった。そういう相談が主である神のもとによく来ていたらしい。神の命令によっては、参拝者のところへ赴き、悩みの元凶を退治したり追い払ったりすることもあったそうだ。そのため、土地の妖にとても詳しいのだ。


「悪婆かもな」


「あくばば?」


「そこらの町中にいるような妖怪だが、本来なら人の目には映らない。だが、たまに己の姿が見える力を持つ者に憑りつくことがある」


普通に生きている者と同じように町を歩いているそうだ。交差点などですれ違う人々の中に、稀にまぎれている。


「そういえば…一週間前くらいに横断歩道でおばあさんとすれ違いざまに目があって…普通のおばあさんなのに、怖いなって思ったことが…」


「恐らくそれが悪婆だな」


「藤岡さん、目を付けられちゃったんだね」


思い当たる節があるなら話は早い。


「でも、その……私、小さい頃からそういうの見えたけど、一回も被害に遭ったことなくて…!」


「めっちゃ強運だね~。だいたい見える人って襲われるんだけどね」


ひぃっと悲鳴を上げた早苗を気にするでもなく、燈中はケラケラと笑った。よほど危機回避能力が高いのか、幼い頃から見えていたというのに、一度も襲われたことがないのは、とてもすごいことだった。


「悪婆って聞いたことないけど、力のある妖なの?」


「そんなことはない。弱小も弱小だ。憑りつかれたとしてもじわじわ生気を吸われるくらいだ。数日で憑り殺されるようなことはないが…」


「ん?」


含みを感じる物言いに、燈中と早苗の視線が炎獅子へと集まる。


「好物は産子(うぶご)――赤ん坊だ」


「えっ」


「生まれたばかりだというその弟の匂いを嗅ぎ取って、それを喰らうためにあんたの家までついていこうとしてるんだろう」


ベビーカーに乗った赤ん坊や親に抱かれた赤ん坊が、不意に横断歩道や歩道橋などで大泣きするのは、悪婆に見られている恐怖心からだという。


7つまでは神のうちという言葉にもある通り、7歳まではあちらとこちら、どちらにも足を踏み入れているため、稀にそれを感じ取る子供がいるのだ。


「むしろ今までよく大丈夫だったね」


「ここ最近は家にまっすぐ帰らないで、いろんなところ寄り道してた…家がばれたら何かされるんじゃないかと思って…」


「賢明な判断だな」


寄り道をしている間に、運よく悪婆を撒いていたらしい。不幸中の幸いとはこのことだ。


「よし、そいつは今日の帰りに退治しちゃおう」


「え!?で、でも、私お金なくて…!!」


頼季は相談料が15分で1万円だと言っていた。退治料となればもっと高額だろう。お年玉ももう残っていないし、貯金もない。


「うちは源ん家と違ってお金なんかとらないよ。一般家庭からの依頼については慈善事業」


ニッと笑った燈中に安堵したのか、早苗もぎこちない微笑みを返した。





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