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闇にうつろふ  作者: 五月蒼井
壱、
12/35

目に映らぬもの




その娘は幼い頃から人には見えないはずのものが見えていた。言葉を知らぬ時分には、何もないところへ手を伸ばし、父母を怖がらせたらしい。


幼稚園では保育士に奇異な目で見られ、小学校に上がったときには『見えないふり』を覚えた。だが、時たま間違えてしまうのだ。


――それが他人にも見えているのか、いないのかを。








◆◆◆









燈中のクラスメイトには、彼の有名な酒呑童子を退治したといわれる“(みなもとの)頼光(よりみつ)”の末裔がいる。別段仲良くはないが、同じ【闇に棲む者】を狩る一族なので、互いに認識はしていた。

本家同士での交流はあるだろうが、艮家との源家の直接の繋がりはない。


「あの…っ」


燈中と頼光の末裔――頼季(らいき)は隣同士の席なので、不意に声をかけてきた相手をほぼ同時に見た。声をかけてきたのは他のクラスの女子生徒だった。切りそろえられた前髪がおとなしそうな印象を与え、胸の前で握られた両手が、気の小ささを表現している。


その視線は頼季へとまっすぐ向けられており、燈中は読んでいた漫画へと視線を戻した。


「何?」


抑揚のない声色で問いかけた頼季に、女子生徒は握っていた指に力を込める。彼は整った顔立ちをしているが取っ付きにくく、普段の態度の冷たさから【氷の王子】と影で呼ばれていた。


「あの、源君の家って妖怪退治とかするって聞いたんだけど…本当なの?」


顰められた彼の眉に、さらに委縮してしまったようで、段々と声が小さくなる。昼休みで人がまばらとはいえ、同級生が数名いるこの教室で、そういう話はしてほしくはない。

それは燈中にも言えることで、基本的に彼らに家の話題は振らないのが、この地域での暗黙の了解になっている。


「まさかり担いだ金太郎の親分の家系だよ」


ボソッと燈中が呟いたのが聞こえたのか、頼季がちらりと燈中を見た。その視線に肩をすくめた燈中は、再び漫画の続きへと意識を向けた。


「あの、私…最近変なものに追いかけられてて…」


「たしかに僕の家はそういうものを祓ったりするけど、依頼料は高額だ。中学生に払える値段じゃない」


「えっ」


読みかけの小説に枝折りを挟んだ頼季はパタンと本を閉じる。視線を女子生徒に向けたが、彼の表情からは何の感情も窺えなかった。


「相談料なら十五分一万円」


頼季の言っていることは意地悪でも何でもなく、真実だった。

彼の家は酒呑童子や土蜘蛛を退治した源頼光の血を継ぐ者として、そして鵺を退治した源頼政の血筋として、とてもプライドが高く、庶民の依頼はあまり受けていなかった。そして、依頼料は超高額だった。しかし、実力は折り紙つきなので、それでも依頼は後を絶たないのだ。


「本来なら事前に予約しないとダメだけど、同級生のよしみで兄に予約なしで会わせてあげようか」


「い、いや、やっぱり大丈夫!!!」


中学生相手に一万円はかなりの高額だろう。少し話を聞いてほしかっただけなのに、その額を聞いて女子生徒は怖気づいて逃げ出してしまった。


「性格悪…」


思わず燈中が呟けば、変わらず無表情のままだったが、頼季がそれを鼻で笑った。


「じゃあ君が手を貸してやれば?“艮”のご当主サマ」


そう言ったきり、頼光の末裔は読んでいた小説に目を落とした。


人を守ることを第一に妖退治をしていたはずの先祖と違って、この一族は薄情すぎる。少しもやもやしたが、自分のところの本家も似たようなものだったと思いなおした。


教室の前の扉へ足早へ駆けていく女子生徒の背中を見ながら、燈中は溜息をひとつ零した。



――彼女に纏わりつく黒い靄を放っておくのはよくないだろう、と。






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