二番目の式鬼
「あら!猫ちゃん!」
小型化した炎獅子をみた燈中の母が、歓喜の声をあげる。サイズは家猫くらいで見た目もそれっぽいので、小動物が好きな母からすれば、彼は可愛い以外の何物でもないのだろう。
「だっこしてもいいかしら?」
「いいよ」
炎獅子は何も言うつもりはないらしく、おとなしく母の腕に抱かれている。ふわふわした毛並は触り心地がいいらしく、嬉しそうに頬ずりをしている。
「お名前は何かしら?これからうちで暮らすの?」
「名前は水無月だよ。さっき式鬼にした」
縁鬼が何か言いたげにしていたが、大喜びの燈中の母の姿に口を噤む。
燈中が使役しているとはいえ、彼らはもともと【邪】なのだ。人間に害をなす存在には違いないので、彼女を心配しているのだろう。燈中の母は艮家に嫁いだだけの一般人なので、邪から感じる恐ろしい気配は読み取れないのだ。
「燈中、その猫は…」
言いたいことを飲み込んだ縁鬼は、それが何者か判断すべく値踏みしているようだった。
「えっと…神社の“狛犬”の獅子の方だって。炎獅子。トビに頼まれて調伏しに行ったんだけど、シンカイが式鬼にしろって」
かなり端折られた説明だったが、縁鬼の欲しかった回答はその中に入っていたようだ。
「炎獅子…。なるほど、神力に近いものを感じるのはそのせいか」
神社の狛犬ならば【神使】のはずだ。何があって邪まで堕ちたのかはしらないが、この炎獅子の纏う気配のおおもとは神聖なものに違いない。
「その神社に神は?」
「もう神様はいなかったよ」
「そうか」
神使が社から離れるということは、そういうことなのだ。その一言で理解した縁鬼はそれ以上何も聞くつもりはないらしい。
いつもなら燈中がどのような戦いだったか、どうやって調伏したのかを語って聞かせるのだが、今回の件に関しては思うところがあったのか、自ら進んで武勇伝を語るつもりはないようだった。
「なんで“炎”獅子なのに水なんて文字いれてんだよ」
「水無月は旧暦の六月ということでしょう?水のない月で水無月。夏で日照りが続く時期だし、炎を司る獅子なら、間違ってはいないのではないの?」
蛇又の時と違って、興味津々に炎獅子を見ているのは兄の式鬼の妖狐と、姉の式鬼の大鬼。相手は間違いなくふたりよりも力は強いだろうが、今現在はただの猫だ。
「だが現代じゃ六月なんざ梅雨で雨ばっかりの時期だろうが。このガキが連想したのはそのまんま、梅雨じゃねぇのか?」
「…右介ならばいざ知らず、この無知な女童はその方が妥当かもしれないわね…」
「なら、なんでそんな名前を…」
話が聞こえているのかいないのか、当の燈中は蛇又にちょっかいをかけて、人差し指に噛みつかれ反撃を喰らっている最中である。
「………あながち、間違っていないだろうな」
「あ?」
含みを感じる言葉を呟いた縁鬼は、燈中の手当てをするべく救急箱を取りにその場を離れた。