6:動き出した思惑
この際気になっていたことを思うまま聞いてみたいと思った。どうせ王都まではまだまだ時間がかかる。
めちゃくちゃかかる。
何故って、それだけ辺鄙な土地に来ていたのだから。
話が逸れた。
誰に聞くかって。
目の前でにこにこ座っているナディア・ガウスにだ。
「なぁ、聞きたいんだが」
「はい、何でしょう陛下」
するっと返答されて一瞬詰まった。
「……何か公で無い場所で陛下って言われるの嫌だ…」
「諦めてください、陛下。道中は充分に『公の場所』ですよ?」
「………………」
外からアレクの声が響いてきた。こいつ馬上の人のくせに聞き耳立ててやがったな。
「…あの、ご提案させていただいて宜しいでしょうか?」
「何だ?」
「私は田舎の出で不調法者でございます。陛下がお許しいただけるのでしたら言葉を少し崩させて頂けますと嬉しいですわ」
「……」
少し照れたように申し出る。これは――
気を、遣われたな。
この娘は想像以上に頭が切れるのだろう。親友の『彼』とは違うタイプだが、頭の回転が早く、会話と空気を良く読んでいる。
「――ヴァリアス」
「はい?」
「俺の名はヴァリアスだ、ナディア。公の場で無い限り、俺を名前で呼べ」
「――そ、れは」
流石に困ったような顔をされた。それはそうだろう、だが。
「お前は俺が求めた。俺は近い者は『名前』を呼んで欲しいと思う。お前は役人でも貴族でも無いだろう?俺が、個人として、お前を呼んだ。意見を求めるものとして――何より、『巫女』は当面表立って王宮への関与は出来ないだろう。ならば今は遜る必要はない」
ここで引いたら、多分、きっかけを喪う。
そう感じていたから、多少強引だと自覚していても自分は引けなかった。
少しの間視線が重なったが、折れたのは彼女の方だった。
「…公でない、人の目の無いときに限り、でよろしいですか?――ヴァリアス様」
「本当は『様』も取って欲しいところだがな」
「すみません、それはご容赦下さい」
折れてはくれたが、きっちり妥協点は引かれる。やはり面白い娘だ。
まぁ仰々しい呼び名が回避できただけでもかなり進歩したがな。
「話を戻すか…ナディア、お前はこの国の『現状』をどこまで知っている?」
「そうですね…私の知識は一般的にも遠いかもしれないでしょうが…」
この国がストラウスという国名になって約200年。国王が臣民を治めるという極めて一般的な様相を呈してからは約60年ほど、ヴァリアスの祖父の時代になってからだ。
それまでは国という基盤は擁していても大小様々な統治者によって治められていた。
それを1つにまとめた『フォルス大王』――ヴァリアスの祖父は賢王として知れ渡っている。
その統治が崩れ出したのが10年前、大王が崩御した頃から。
既に王は代替わりしており大きな混乱は無かったが、皆無ではなかった。
それから8年後、ついに事態が動いた。
ヴァリアスの父である王が早世し、ヴァリアスの長兄が王になり――幾日も経たないうちに、暗殺されてしまったのである。
犯人はすぐに発覚する。
ヴァリアスの次兄と弟であった。
長兄の母は貴族より迎えられた正妃、次兄と弟の母親は吸収された土地より迎えられた側妃。
側妃の父親が次兄を旗頭に謀反を起こしたのだった。
前王の遺児たちは一部を除き殺害され、そのまま次兄が王となり圧政が引かれはじめた。勿論反発した貴族は大勢いたがそれに返されたのは惨殺だった。突然始まった王政に自然と国の制度が崩れ出す。癒着と暴力の応酬。大部分の民は為す術もなくその軋轢に飲まれ――そこに大飢饉が起きた。
国の至るところが綻び、崩壊寸前にまでなり。
一年ほど前、ついに反旗が翻る。
旗頭は第3王子のヴァリアス。非常に短い期間ではあったが王の2番目の正妃だった者の子供。
彼は母親である正妃の没後、主に騎士団に所属し国の至るところに散っていたため王宮の襲撃に辛くも逃れていたのだ。
本人は王宮の表舞台には上がっていなかったが、仲間の騎士団の者たちを初め多くの貴族諸侯を味方につけ、反旗が上がってから約半年後、王宮を解放するに至った。
「…その後ヴァリアス様が王位に就いて、今の王室になったのですよね?」
「謙遜する割にだいたい合っているじゃないか」
皮肉ではなく感心する。
こういう伝聞こそ王都の中心を離れれば離れるほど際限なく肥大するものだが、そう誇張されていない端的な回答だ。正直に言う。拍子抜けした。
「…半年、だ」
「え…?」
「ようやく国が落ち着くようになって半年。不安定だと思わないか?」
「……」
束の間、彼女は言葉を失った。
そうだろう、急に尋ねられて答えられるような問題ではない。
ガタガタと馬車が揺れる音だけが響いていた。
「…1つ、伺ってもよろしいですか?」
「ああ、何だ?」
「ヴァリアス様は、どうされたいのですか?」
「そうだな…」
思うことはたくさんあった。
だけど、どうしても譲れなかったのは――
「国がある以上崩れないことは無いだろう。だから、せめて俺がいる間にできるだけ長く――平穏である基盤を作っておきたいんだ」
不安定な現状を乗り越えるのに既存の考えだけでは同じことを繰り返す。それでは意味がないのだ。
「俺は王室の世情に縛られたくはない。それじゃ今の二の舞だ。だから何かしらの柵に囚われない人物の協力が欲しかった。貴女にとっては迷惑かもしれないが」
はっきり
視線が重なる。
彼女には『視る』力は無いがはっきりと視えた。
「俺に協力して欲しい、どうしても――俺の協力者として」
笑う彼に何かの運命が働きかけるだろうということに。
始まりはそろそろ春を迎える、しかしまだ雪解けには少し遠い頃だった。
年内にとりあえずキリのいいところまで行った!!
ああ良かった(笑)
次から新章いける♪