5:望まれた『答え』
「何からお答えしましょうか?」と笑顔で問われたので、とりあえず思っている事から言ってみることにした。本当は質問は良く考えろと言われているが、こういう局面ではあまり考えずに思ったことを言った方がいいと彼は知っていた。
「先ず何も名乗らず聞くのは失礼だよな。言葉が砕けているがその…此処だけにしてほしい。俺は元々丁寧に話すのが苦手でな――俺が現在、この国の国王をしているヴァリアス・オルト・ストラウスという」
居住まいを正して名乗るとその大きな目が見開かれた。しかし、直ぐに笑顔に戻る。
「ご丁寧に痛み入りますわ、陛下。私の名はナディア・ガウス。暁の者でございます。しかし、陛下は長老の仰った通りのお方ですわね」
「…仰った?俺はこの地を訪ねるのは初めてのはずだが?」
「ええ、長老も陛下を直接存じ上げているわけでは御座いません。長老は先々代の暁の者でございます。先程も申し上げましたが、長老は様々なものを見通す力を持っております」
「…見通す力…」
「はい、暁の者の力とはひとつではありません。行使するものによって力の在り方は様々です」
「…それで暁の者の力に統一性がないということか?」
尋ねると「正解です」というように笑った。
「私たちの力はひとつひとつでは万能では御座いません。ですが、どんな力であれ人々に影響を齎します。私たちは只人とは違う力を持っている。ですから、一族は縛りの中で生きなくてはならないのです。その一つは…」
「人の前に無闇に出てこないこと、だろう?暁の者が表に其処かしろ出ていたら伝説はそもそも生まれないからな」
「陛下は賢いお方ですわ」
賢い――あまり言われたことがないんだが。あ、アレクのやつ爆笑したいのを堪えているな。こめかみの辺りがぴくぴくしているぞ。
彼女はというと、アレクの行動に気づかずにそのまま言葉を続けた。
「誰かよりも秀でた力があるというと、良くも悪くも注目を集めますよね――それは、出来れば避けるべきです」
「何故?」
「力は薬であり、毒であるから」
ひとつひとつの言葉は非常に端的で、正直――抽象的すぎる。
でもナディアというこの少女は、恐らく「その言葉を選んで」喋っているのだろう。
「陛下、私から伺いたいことはひとつだけです。不敬を承知ですがこれだけはお答え下さい――貴方のお望みは何ですか?」
まるで「今日の夕御飯は何にする?」とばかりの気軽な質問が飛んでくるとは。
ちょっとだけ気概がそげ落ちる。
「随分はっきり聞くんだな」
「ええ、回りくどくお訊ねしても実はなりませんでしょう?」
全くだ。
あまりにも真正面から来られたのでもう一番手っ取り早く話をするのが言い出ろう。
「俺も回りくどいことは正直面倒だ、単刀直入に言おう。この国はまだ――脆い。先々の内乱の影響が一番大きいが他にも飢饉や国自体の基盤が脆いからな。 今必要なのは国力をつけること。俺は正直『暁の者』の力だけを当てにしていない」
「と、仰いますと?」
「『暁の者』の伝説は諸説あるだろう?そこで俺は知恵を絞ったわけだ――それほど王国の手足となる程の人材が現れるなら、賢い者も多いのではないかと」
にっと笑うと彼女は「まぁ…」と苦笑いを浮かべた。
でも、気付いた。その瞳の奥が何かを見極めている――見極められている。
ならば、それに応えるだけだ。
「脆くなった今ならば国の基盤を建て直すことが可能だろう。正直内輪だけで決め直すには俺たちは――国の中枢に関わりすぎた。もちろん今いる側近を疑っているわけではない。でも、他の『眼』が意見を通す力を持ち、尚国の今後を考える者となると、言葉は悪いがお前たちを利用しないという選択肢は無いと、知恵を求めるなら目線の違うもののほうがいいと――思わないか?」
一拍置いて視線で問う。
「――お見事ですわ、陛下」
同じく一拍置いて彼女は応えた。
「陛下、『暁の者』の口伝のひとつにこのような言葉がございます――暁の力は、必要なとき、必要な場所に現れると」
「必要なとき、必要な場所…」
伝承というに相応しいようなあやふやな言葉だが、妙に納得する。
「ありがとうございます。陛下は『答え』を示して下さいました」
「は?」
思わず言葉が落ちた。
隣では俺と同じようにアレクも慟哭している。
「貴方の今の考えこそが我らの求めていた『答え』です。必要以上に力を敬ってはいけません。また命令することだけでは論外です。『個人』として人を判断出来ないものに大きいものを制することなど出来ないのですから」
相変わらず言っていることはストレートなはずなのに回りくどい言葉回しだな。
でも、何となく――何となくだが、言いたいことが分かってきた気がする。
「陛下、お訊ねします。陛下は暁の者を望みますか?」
「ああ、望む」
きっぱりと、それだけは何の感情も邪魔せずに滑り出た。
その瞳にひたりと映る――自分の顔が見えた。
「…一族のなかに力を使えるものは複数おります。ですが、『暁の者』を名乗るのはそのうち一人だけです。当代を名乗っているのは私のみ。次代が立つまでそれは変わりません。ですから、陛下がお望み頂いている『暁の者』は私で相違御座いません」
そこには弱い少女の面影は見当たらなかった。
そこには凛とした気高い少女がいた。
「御供させてください、陛下――ヴァリアス・オルト・ストラウス様」
ナディアは今までで一番の笑顔で答えた。
「…まぁ、こうして色々と申し上げましたが、暁の者について簡単に理解できないと思います」
「…は?」
こっちが瞠目すると、彼女は初めて年相応のいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「だって、私は16年一族の中で生きてきたのですよ?失礼ですがちょっと聞き齧った陛下や騎士さまに直ぐ理解されてしまっては立つ瀬がございません。暁の者として正式な言葉でお話ししましたが、私がちゃんと理解して話せるようになったのも随分かかりました。それをすぐにご理解されてしまっては悔しくありません?」
そうでしょう?と笑った彼女が――初めて、近いと感じた。
「…こう言っちゃ何だが…貴女は結構面白い女だな」
「…それは誉め言葉じゃないよな?」
思わず呟くと横から突っ込まれた。分かってるよそんなこと。思ったことを呟いて何が悪い。
だがそれが彼女のツボに填まったらしい。彼女は目の前でくすくすと笑っていた。
「陛下」
「何だ」
「『私』と話をしてみて、如何でしたか?」
それは今までの会話の流れと全くそぐわない内容だった。でも、ヴァリアスはその流れも悪くはないと思う。
「そうだな、貴女は賢いな」
その言葉に彼女は虚を突かれた顔をしたが再び笑った。
「光栄ですわ、陛下」
「…それで」
「はい?」
「その…結局長老は俺の事を何と?」
実は一番最初に出た、一番気になったことが答えられていなかった。横でアレクが「其処かよ!!」と突っ込んでいるがこの際どうでもいい。
だって気になるじゃないか。