俺が黒いパンツに出会う時
学校帰り、家への帰路を俺は歩いていた。
普通に、別段おかしな行動をとったわけでもない。本当に普通に歩いていただけ。
なのに。
「ガッハぁ!?」
鈍い音が体全体に響く。体が吹っ飛び、地面に叩きつけられる。
轢かれた。しかも大型トラックに。
「車に傷付いたらどうすんだコラァ!」
「……すんばせん」
車の窓からイカついおっさんの怒鳴り声が聞こえる。
地面に横たわりながら謝る俺。
てか車の心配かよ。
今日はツイてない。こんなに連続して酷い目に遭ったのは初めてだ。
今日の出来事を振り返ってみよう。まず朝、幼馴染が何故かバットを持って殴りこんできた。しかもバットは金属バット。そんでまだ寝てる俺がいるのにベッドにフルスイングかましてきやがった。攻撃は回避できたもののその後奴は消えるし、冷や汗止まんないし散々だった。
で、学校行こうと歩いてたら曲がり角で人とぶつかる。少女漫画でよく見るやつではなく、ぶつかった相手は男。さらに何か怖いお方だった。俺は半殺しにされ、ボロッボロになって学校へ行った。教室行く前に保健室に寄ったらよりにもよって体調不良の人が続出。結局手当も何もされず教室へ。
教室は教室で、教師が投げたチョークが標的の生徒ではなく俺に当たるし、机飛んでくるし。昼の時点で体がどうにかなってしまいそうだった。いや、どうにかなってた。
で、午後。さすがにこれ以上はないだろうと思っていたら、学校内屈指のゲイと名高い穂高先輩に絡まれ、体育館裏に連れ出された。ギリギリのところで逃げられたからよかったものの、あれで制服はとうとう収集のつかない事態になった。ネクタイだけ残すとかどういう世界の常識だよ……。
仕方ないからジャージで授業を乗り切っての、下校中コレだ。
何なのこれ。もう何なのさ。俺ってそんなに社会から嫌われてんの?
というかさっきのは俺のせいじゃないだろ絶対に。だって俺道路の端っこ歩いてんだよ? 端っこなのに何で俺轢かれてんの? 普通かすりもしないだろ。何で正面から轢かれてんの? アバラの骨逝っちゃてんじゃないかと思うぐらい痛いんだけど。
ま、いいや。家に帰ろう。
「……あれ?」
体を起こそうと力を入れたはずなのに起き上がれない。もう一回やってみる。
「くっ……」
駄目だ。力が入らん。やっぱ骨折れてんのかな。
あ、やべっ。意識が遠のいて、キター……。
「……」
どのくらいの時間が経ったんだろう。
目覚めると日がもう落ちていた。
まさか誰も人が倒れていることに気付かなかったのか? ここ結構人通り多いはずなんだけど。
今日の俺はとことんツイてないなー。
それよりまだ生きてんのか俺。そこはちょっとラッキーか。
でも今にも死にそうなのは変わらない。うつ伏せになったまま動けないでいる俺は今日中には死んでしまうだろう。春も近いとはいえ夜に外でジャージで倒れていると体が冷えるし、何よりアバラの骨折れてたら内臓とかヤバイだろう。
「俺死んじゃうかもなー」
誰に言うでもなく呟いてみる。どうせ死ぬんだ。別にいいだろう独り言くらい。
この人生に悔いはない……わけがない。
せめて彼女を作ってから死にたかった。
「俺、死んじゃう……な」
もう半泣きで涙混じりにまたぼやく。
もちろん返事はない……はず、なのに。
「そんなんで死んじゃうんですか。やっぱり人間って弱いですねー」
なんか声が聞こえた気が。
うーん。これは幻聴か?
そう疑うくらいの綺麗すぎる声。
美しい声だった。
だからこんなの幻だ。死に際の何とかだ。
「現実ですよー。ちゃんと目覚ましてくださいねー」
「……あ?」
声の主に顔を向ける。実際は頭を上げただけ。うつ伏せだったし体は動かないので自然とそうするしかなくなった。
で、一つ分かったこと。
「黒……」
そう、こいつは女だと。だってパンツが女物だからな。
何故パンツが見えるのだ、そういう疑問もあるだろう。その問いにはこいつがスカートを履いているからだ、と返そう。
最初、声だけだと性別は分からなかった。大人の男じゃないのは分かってたけど。
「言っておくとそれ見せパンですからね?」
「なん……だと?」
戦慄した表情で固まる。
そして項垂れる。
「……本当にあんた死にそうなんですか? 男ってやつはどいつもこいつも何でこんなバカなんでしょう」
呆れ気味な声が聞こえてくる。
しかししょうがないのだ。
「それは男の性だからな」
「踵落としでも喰らわしときますかね」
「いや瀕死の人間にそれはヤバイぞ?」
さすがに死んでしまう。
「そんなの知ったことですか。あ、でも死なれたらこちらも困りますね……」
「? 何でお前が困るんだよ? 俺が死んだって他人のお前は関係ないだろ」
「関係ないってそれは酷……あー、私名前も名乗ってませんでしたね。私の名前はクロトです。フラグ事務局のルート選択課というところに勤めています」
「何だその怪しげな、会社?」
「まあ会社ですよ。この世界の全人類の運命を決めてるとこです」
「ッ……」
さすがにこの冗談はスルーできない。
こいつの言った通りに解釈すると、俺たちの人生の全てがこいつらに決められていることになる。
そんなのはない。人間は自由に生きるべきだろう。
なのにそれを勝手に決めるってことは。
「お前らは何様だよ」
「神様です」
……即答だった。