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氷結の歌姫  作者: 粉雪草
第三部 戦場に咲いた小さな花
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後編 (二)

 赤茶色をした硬質な岩が敷き詰められたメイン通り。

 ただひたすら真っ直ぐに伸びた道を北に向けて進んでいくのは、灰色のロングコートを身に纏った一団だった。

「騎士団と合流後は北東に進路を取るよ」

 一団を率いる団長であるクロエは、皆へと確認の意味を込めて指示を送る。

 予めどこに向かうのかを教えていた事もあってか、先頭を歩くクロエの背には戸惑いの声は掛からない。むしろ、戦場に向かうには適した緊張感がひしひしと伝わってくる程だった。だが、実際に戦闘が始まるのは数時間後だ。今から体を岩のように固くしていては、必要以上の疲労が溜まり力を発揮出来ないだろう。

「そう緊張しないで。実際の戦闘は僕達が引き受けるから」

 そう判断したクロエは背を振り返って、一年前は皆を拒む様な無表情をしていた事が冗談に思えるような、自己採点で八十点はあげられるような笑顔を彼らへと向ける。

「団長らしくなったね」

 実際にその効果が発揮され、張り詰めた糸が緩んだ瞬間に届いたのは誇らしげな声だった。確認せずとも、クロエの左隣りを半歩下がって付いてくるソフィが発したものだろう。

「そう? でも、まだ父さんには適わないよ」

 普段であれば彼女の細い体を抱きしめて喜びたい所ではあるけれども、今は皆の前だ。

 自然と湧き上がる気持ちを堪えたクロエは正面に向き直って、皆が認める人物の話題へと切り替える。なぜかと問われれば、今のクロエは団長アールグリフの代わりをしているに過ぎないからだ。

 彼の姓を引き継いたがゆえに団長として皆を率いる事が出来る。それを忘れてしまったならば、このコートを着る資格はない。そして、コートを着用しない者には誰も従わないだろう。それがよく分かっているからこそ、クロエはあえてアールグリフの話題を振ったのだ。

 だが、さすがに考え過ぎであった事を、数秒の内に理解する事になる。

「でも、いつか超えないと。皆……期待しているよ」

 まるで皆の代表を務めるかのように、ソフィが背を押してくれたからだ。

 それだけでなく、彼女は力を用いて嘘ではないと証明してくれる。もう幾度と体験した心と心が解け合うような感覚と共にクロエに流れ込んできたのは確かな信頼。

 アールグリフが認め育てたと言っても過言ではないクロエが、団員達を率いるまでに成長する事を皆は期待してくれているのだ。まさに彼女が語った通りの気持ちが伝わった事に驚いたクロエは慌てて背後を振り返る。

 すると、団員達は恥ずかしそうに微笑んで、皆の先頭を突き進む者を見つめてくれていた。それが嬉しくて、恥ずかしいクロエは――

「ありがとう」

 羽虫が鳴いたようなか細い声で礼を述べる。

 同時に自身の頬は朱色に染まり、とてもではないが見せられるような顔はしていないだろう。しかし、今は気持ちが筒抜けの状態だ。ならば、真っ直ぐな気持ちを伝えた方がいいと思ったクロエは青い瞳を一人ずつ、丁寧に重ねていく。

 重なった瞳が確かな絆となって、強い力となる事を願って。

(……大丈夫。ちゃんと進める)

 皆から受け取った力を前へと進む力と変えたクロエは、そっと心の中で言葉を紡ぐ。

 同時に皆が恐怖に負けないように団長という役目を引き継いだクロエは、振り向くと共に鋭い一歩を刻み込む。

 歩数にして、二十歩程。

 もはや何も言わずとも気持ちを共有した一行がメイン通路を進むと。

「その様子では大丈夫そうですね」

 人形が話しているように思える感情を消し去った声が届いた。

 声に導かれて青い瞳を向けた先には、いつもの真っ白な衣服キャソックを豪奢な帯で締めた教皇が立ち、背後には数えきれない程の甲冑姿の騎士達が号令を待っているようだった。

「お構いなく。父の名に恥じない働きはしますから」

 彼らへと無様な姿を晒す訳にはいかないクロエは、個を捨てて一人の団長として彼らへと応える。

 その瞬間に、気にしなければ分からない程の微かな動揺が走ったような気がした。どうやら、騎士団は新しい団長が教皇に言い返せる程の人物とは思っていなかったらしい。あらかた動揺して何も言えないとでも思っていたのだろう。

「そうでなくては困ります。あなたはフィーメア神国の代表として、総意者と名乗った存在と対峙するのですから。ですが、あなたにばかり重荷を背負わせる訳にはいかないでしょう。そのための戦力は当然与えますが……今回は私も防衛戦に参加させていただきます」

 しかし、この男だけは全てを見通しているようで。

 クロエが団長として責務を全う出来ると判断し、確かな重荷を容赦なく両肩へと載せてくる。だが、以前と変わったと思う部分も確かに存在するのだ。

 それは今まで大聖堂に籠っていた彼が前線に立つだけでも異例なのだが、しっかりと汚染者であるクロエを人として扱ってくれる事だ。一年前のクエリア神国との戦争で、彼も彼なりに思う事があったという事なのだろうか。

 しかし、それは憶測の域を出ない事だろう。

「守りはお任せします。僕は僕に出来る事を……ソフィと共に成し遂げます」

 ならば気にしても仕方がないと判断したクロエは、必要だと思った事のみを伝える。無駄を嫌う教皇には、これが最も効果的で手っ取り早いだろうから。

「――それではより良い報告をお待ちしております」

 やはりと言うべきか。

 教皇はこれ以上話す事はないと判断したようで、片手を上げる。合図を受けた騎士は揃って反転し、北門に向けて進軍を開始。

(ついに始まるんだね。僕の全てを賭けた戦い……やりとげないと)

 去り行く背中を見つめたクロエは、震える両手を強く握る事で誤魔化して。

 遠い戦地に向けて、真っ直ぐな瞳を向けたのだった。


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