表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷結の歌姫  作者: 粉雪草
第二部 もう一度あなたを抱きしめたくて
90/109

最終話 (九)

「あなたの居場所は――ここだよ!」

 陽の光を吸い込んで銀色に煌めくフロスト雪原に響いたのは、迷いを感じさせないカイトの鋭い叫び声だった。こうも力強く想いを発する事が出来たのは、おそらく内に浮かんだ言葉をそのまま形にしたからだと思う。

 もっと冷静に言葉を選んで、適した言葉を少女へと届けるべきだったと思うけれど、カイトは団長のように頭が切れる訳ではない。ならば、自然と出た言葉に溢れるような想いを込めて届けた方がいいと思ったのだ。

 その想いが伝わるかどうかは分からない。最悪は少女に向けて駆け出したカイトの体は、数秒後には鮮血に近い色合いを持った突撃槍ランスに貫かれているのかもしれない。しかし、仮にそうであったとしても、信じなければ、伝えなければ何も始まりはしないのだ。

「どうして……?」

 その想いはソフィが奏でた歌によって溢れた銀色の粒子によって、正確に少女へと伝わったようで、一つの疑問を小振りな口から漏らすまでに至る。

 だが、ここで油断する訳にはいかない。現在のカイトは、真紅の甲冑で身と心を守っている少女の閉ざされた心の鍵を、一度叩いたに過ぎないのだから。

「理由なんてないよ。僕達にはちゃんと居場所がある。この冷たい世界にも――温かい場所があるんだよ!」

 だからこそ、カイトは脛辺りまでに積もった雪を踏み抜きながらも、懸命に言葉を届け続ける。何度も、何度も鍵を叩き続ければ、いつか心を開いてくれると信じて。

 そう強く信じられるのは、心を閉ざしたカイトを団長は見捨てないで、何度も何度も声を掛けてくれたからだ。どれだけ拒絶しても、突き放しても、飽きる事も見捨てる事もなく笑い掛けてくれたのである。

 そんな優しさと温かさがあったからこそ、カイトは心を開く事が出来たのだ。少女とカイトでは同じ汚染者であっても、境遇が違い過ぎるのは分かっているけれど、今からでもこの身で温かさを伝えてあげれば、何か心境に変化が訪れると思う。

「違う。違うよ。私が分からないのは……もっと単純な事。どうしてあなたは大切な人を失っても平気なの?」

 しかし、温かさを伝えようとするカイトを少女は拒むように、一歩、二歩と後方へと下がっていく。その中で少女が問うたのは、やはり団長を殺した事だった。

 彼女の中では団長かソフィを失う事があれば、カイトは手にした力を無尽蔵に使用すると思ったのだろう。確かにそうなる可能性もあったと思う。

 人間誰しも怒りに我を忘れる事もあるのだから当然だ。実際に団長を失った事に対しては嘆く気持ちよりも、相手へと理不尽な怒りをぶつけたいという気持ちの方が強い。

 それは嘘偽りもない本音だ。だが、そんなカイトを止めてくれるのは、団長の真っ直ぐな気持ちだった。カイトが自分らしく気持ちを伝える事を願った彼のために、歪まず、汚れずに、ただ真っ直ぐな気持ちを少女へと届ける道を選んだ。

 その道中を塞ぐ者は敵味方等しく誰もいない。おそらく誰しもがカイトの出した答えが辿り着く場所を知りたいのだろう。

 フィーメア神国の者達、は団長の想いを受け継いだカイトがどこまで出来るのか。そして、クエリア神国の者達は、カイトが語った居場所が本当にあるのかを知りたいのだろう。

 しかし、そんな小難しい話は関係がなくて。

「平気ではないよ。僕はあなたを許さない。許さないけれど……あなたが心を入れ替えるまでは、ずっと側にいるよ。だから、一緒に歩いて行こう。同じ目線で、同じものを見て」

 眼前で怯える少女のか細い体を捕まえる事に集中する。

 後ろへと下がる者と、疾走を続ける者では当然ではあるが速度は違う。そのため易々と目標を包み込んだカイトは、自身の胸に引き寄せるように少女を抱き寄せた。

(……冷たいな)

 胸に抱いた小さな存在は甲冑で身を覆っている事もあってか、心配になる程に冷たかった。この冷たさが少女の冷え切った心を表現しているのかと思うと、薄っすらと瞳が湿ってしまう。

「……どうして? どうして、あなたは抱きしめてくれるの?」

 今までの調子ならば抱きしめたとしても抵抗するかと思ったのだが、少女は温かさに身を寄せるようにして再び訊いた。その様子は親の温もりに飢えた幼子のようで、不思議とカイトの心中には沸々と保護欲と、母性が生まれてくるのが分かる。

「あなたの心が寂しそうだったから。僕もずっと寂しかったんだ。でも、団長とソフィがいたから……『ぽかぽか』した温かい気持ちを感じる事が出来たんだ。えっと……何て呼べばいいのかな? とりあえず、あなたにも分かる?」

 どこかくすぐったさを感じる気持ちに誘われたカイトは、自身の体が冷える事も構わずに抱き止めた少女の耳元に優しく語り掛ける。

 すると、少女は一度くすぐったそうに身をよじると。

「――セリエ。セリエ・ローゼンハイツ。それが私の名前だよ。でも、私の名前を知った所で何も変わらな――」

「変えてみせるよ。僕は結構しつこいよ」

 喉に閊えた物を吐き出すかのように、言いにくそうにしながらも言葉を返してくれた。しかし、後半はどこか生意気だったので、カイトは抱く力を強めると共に言葉を被せた。

 その瞬間に苦しそうな呻き声が耳へと届いたけれど、当たり前ではあるが気にはしない。ただの一度でも抱き止める力を緩めてしまえば、セリエは手の届かない所に行ってしまうような気がしたから。

「……何を言っても離してくれないんだよね」

「もちろん。僕が側に居て、ずっとセリエを見ているから」

 しかし、そんな心配はもうないようで。

 セリエは観念したように、溜息混じりの言葉を吐き出した。その様子をすぐ側で感じたカイトは、緩んでいく頬を引き締める事もせずに即座に言葉を返す。

「お人好し。でも、この温かさは……嫌いではないかな」

 すると、セリエは小生意気な言葉を投げ返しながらも、甘えるように小さな手をカイトの腰へと回してくれた。身に纏う甲冑のせいで、触れた腕は震えてしまう程に冷たい。

 しかし、その冷たさの奥には確かな温かさがあるように思えた。

「――一緒に帰ろう。皆が帰るべき国に!」

 だからこそ、カイトはしっかりと胸を張って述べる事が出来たのだと思う。

 戻ってからが大変だという事は重々承知しているけれど、それでもカイトはもう迷いたくはなかったのだ。皆で手を取り合って、言葉を交わし合えば戦いなど無くす事が出来るのだと信じたいのである。

 仮にカイト一人が述べているならば、それはただの理想論だと言われるのかもしれない。

 だが、カイトには心強い味方がいる。人と人が争う事を嫌い、そして、心を繋げたいと願う少女が二人もいるのだ。どこまでも無垢で穢れを知らない彼女達がいれば、いつか戦いのない世界も作る事が出来るのだと思う。

 ならば、カイトは彼女達の『代弁者』でいい。

 数多の刃を受け止めて、言葉と想いを届ければいいのだ。それがカイトの進むべき道なのだと、今ならば迷わずに断言出来る気がする。

 なぜそこまで強い気持ちを抱く事が出来たのかと言えば、それは簡単な事だ。

「皆……ありがとう」

 この場にいる八割以上の者が、カイトの考えに賛同してくれたからである。

 と言っても、これは喜ぶ事ではないのだと思う。フィーメア神国の者達は戦いに疲れ果てているだけで、そして、敵だったクエリア神国の者達は居場所を求めていたに過ぎないのだから。言うならば、カイトは誰もが求める終着点へと、彼らを導いただけなのである。

「でも、この温もりが偽りだった時は……私達は再び立ち上がるよ」

 それを証明するように、セリエは腰に回した腕に力を込めると同時に、低い声で囁いた。

 信頼を築くには途方もない労力が必要だけれど、それが崩れ去ってしまうのは数秒あれば事足りる。それは日常生活で、人と交流する事がある者であれば誰しもが知っている事だ。そんな当たり前の事をセリエはあえて口にしたのである。

 その理由はカイトの意見を肯定はするけれども、完全に信じてはいないという事だろうか。だが、それでもいいのだと思う。カイトが団長を徐々に信じたように、胸に抱く少女も少しずつ信じてくれれば、それでいいと思うのだ。

「セリエの中にいるあなたも……それでいい? 僕は氷雪種とも共に生きる道を探したい」

 そして、それは外には出ていない『血染めの舞姫』に対しても同じである。

 戦う事で、刃を向ける事で想いをぶつけてきた刃物のように鋭い少女を思い浮かべたカイトは、どう反応するのかと想像しながら待つ。

「同じで構わない。セリエと共に……この世界を見させてもらおう」

 すると、子供っぽい雰囲気から一点して、左右から強い力で引っ張った糸のように張り詰めた雰囲気へと変貌した少女は答えてくれた。

 確認する事もなく『血染めの舞姫』だと理解したカイトは、満足そうに一つ頷く。

 もう他に言葉は必要ないと思ったのだ。カイトにとっては大切な人を失った戦いとなってしまったけれど、作られた物語のように綺麗に話がまとまった事に対しては、安堵の溜息すら吐き出したい所なのだから。

 大団円。まさにそんな言葉が似合いそうな状況に、皆は一様に手にした刃を降ろしていく。それで全てが終わるのだと、この場にいる誰もがそう思っていた。

 しかし、この冷たき世界は、まだ戦いを望んでいるようで。

「悪いが……貴殿はここで朽ちていただく」

 突如として、割って入った低い声が、和み始めた空気を見事に破壊せしめた。

 もう誰も刃を振るわないと、血が流れる事はないのだと思っていたというのに、声を発した人物はまだ戦うつもりでいるらしい。

「駄目だよ! もう戦ってはいけない!」

 当然ではあるが、それを許す筈がないカイトは抱きしめていたセリエを解放して、声が聞こえた方向へと、すかさず形成した氷装具を向ける。

「では、その銃で俺を撃つのか? 自身のすべき事――願う事を成そうとする、この俺を。貴様と俺……一体何が違う?」

 すると、屈強な体つきの男は銃口を睨みながらも、はっきりと自身の考えを述べた。

 彼とカイトは進む道は異なるが、自身の内にある想いを貫こうとしているという面では同じだと言いたいらしい。

 その考えはある意味では正しいのだと思う。カイトは耳に心地良い言葉を皆へと伝えたが、結局は『戦いを止めたい』という気持ちを押し付けたに過ぎないのだから。

「同じかもしれない。それでも、もう戦う意味なんてないよ」

「かもしれないな。貴様は正しい。我らは救いを求めていたのだからな。復讐に憑かれ、そして戦いを続けていたのは……何かを成さねば自身の存在意義を感じる事が出来なかったのだ。ゆえに、この場で刃を収める者の気持ちは理解出来る。俺も可能ならば刃を収めたいと思う。しかし、それはあの男を……この手で殺してからだ」

 だとしても、道を譲るつもりはないカイトは教皇を守るように、彼の眼前に立つ。

 すると、男は言葉を紡ぎながらも、カイトを見下ろせる位置まで歩を進めてきた。仮にカイトが退いてしまったのならば、彼と教皇までの距離は五歩もない。

 一目見ただけで戦士の肉体だと分かる彼ならば、老いた教皇を殺す事など造作もない事だろう。本来であれば、もう手段など選んでいる場合ではないのだろうけど、カイトはあえて茨の道を進む事に決めた。

「殺したら……もう戻れない。今なら人として生きていけるよ!」

 言葉と想いを交わす事で分かり合えると、そう語った自身が相手を傷つける訳にはいかないからだ。カイト自身も愚かな事をしていると思う。下手をすれば教皇の前にカイトが斬られてもおかしくはないからだ。

 さすがに大げさだと思われるのかもしれないが、実際はそうでもなくて。

「もう人としての生涯は終えている。三秒、待つ。その場を除け」

 復讐に憑かれた男は、一つ秒数を数えると共に手に握った刃を振り上げた。

 その刃を見守るのは、この場にいる全ての者達。カイトの言葉が理想で終わるのか、一つの奇跡として、皆の心に残るのかを見守っているのだ。

「――二つ」

 そんな中で男は、もう一度時を刻む。

 それは同時にカイトに与えられた時間が減った事を意味する。三秒もあれば、接近戦では真価を発揮しない武器でも確実に仕留める事が出来たというのに、それを選ばなかった歌姫の代弁者たるカイトは静かに青い瞳を閉ざす。

 語らずとも、それが答えなのだと皆には伝わった事だろう。

 例え死ぬ事が分かっていても、自身の道を突き進む。それがカイトの出した答えだ。

「……貴様のその想い。今の世界には早過ぎる」

 その答えを受け取った男は秒数を数える代わりに、言葉を届けてくれた。

 彼も同じように自身が決めた道を進むのだと、そう教えてくれたのである。お互いに譲れない気持ちがありながらも、何を考えているのかは手に取る様に分かってしまう。

 それでも人が分かり合えない理由は何なのか。その答えを知る事が出来なかった事が何よりも悲しかった。

 残り一秒、いや、刹那の時間でカイトの命は終わりを迎える。誰もがそう信じて疑わなかった、まさにその瞬間に。

「――駄目!」

 ただ一人の少女だけが、その事実を否定した。

 その少女の名前はセリエ・ローゼンハイツ。先ほどまで、彼と同じように教皇を殺す事だけを考えていた少女は、この場にいる全ての者へと届く様な叫び声を上げたのである。

 その声を聞いたカイトは慌てて、どこまでも澄んだ青い瞳を開く。

 しかし、次の瞬間には視界は忙しなく暴れる。遅れてセリエに右側から突き飛ばされたのだと理解したカイトは、今の今まで自身に振り下ろされていた刃を探す。

 それはすぐに見つかった。カイトの淡い黄金色の髪を掠めるように通り過ぎた刃は、色鮮やかな真紅の髪へと吸い込まれるように振り下ろされていたのだ。

「――セリエ!」

 他に掛けるべき言葉はたくさんあったように思うけれど、結局カイトが叫ぶ事が出来たのは彼女の名前だけだった。しかし、叫んだ所で結果は変わらない。

 今さら勢いが乗った刃を止められる者がいるとすれば、セリエのように己の感情に従って、弾かれたように駆けだした者だけだと思ったからだ。

 だが、訪れた結果はカイトの予想を遥かに超えていた。

「止めろ! もう止めてくれ」

 事態が変化したのは、少年の叫び声と氷が砕けるような音色が同時に響いた瞬間の事。

 誰もが予想していなかった事を成したのは、クエリア神国の者である事を示す藍色のローブで身を包んだ幼さを感じさせる少年。

 カイトの言葉を最初に受け取り、理解を示してくれた少年だった。

 そして、声と同時に聞こえたのは、彼の体が砕けた音色。セリエの力を受けて、徐々に氷の結晶へと変貌していた彼は、最後の力を振り絞り自身を凍らせた相手を守ったのである。

「キルア! なぜだ」

 その行動は仲間であった屈強な男も理解出来なかったらしく、突如として割って入ったキルアと呼んだ少年を燃えるような赤い瞳で睨み付けた。

「どうしてだろうね。自分でもよく分からない。でも、もう誰かが傷つくのは見たくない。もう疲れたよ」

 対する凶刃を受け止めて左腕を失ったキルアは、言葉通りに疲れた笑みを浮かべて男と対峙する。重なったのは鋭い瞳と、あどけない少年の瞳。

 遥か遠方にあるように思われる二つの瞳は、しばし重なって、数秒後には離れてしまった。どんな者と対峙しても怯む事がないように思えた男が、無垢な瞳から逃げるように視線を外したからだ。これで二人の会話は終わりなのかと、彼らの左手側に佇むカイトは見守っていると。

「それに僕は……あなたには戦士であってほしいと思います」

 キルアは続けて、逃げようとする男を再び言葉によって捕まえた。

 少年が語った言葉には、おそらく男に対する憧れが多分に含まれているのは気のせいではないだろう。浮かべた想いは筒抜けの状況ではあるけれど、キルアが見つめる瞳にはそれと分かる輝きがあるように思えたのだ。

「……俺は戦士ではない。ただの復讐者だ」

「いえ、僕からすれば……最も憧れる戦士でした。あなたのようになれるならば、神の器となろうとしていた人も守れると……そう思えましたから」

 もう逃げられないと思った男は、半ば投げやりに言葉を返す。

 だが、キルアはなおも自身の心に浮かんだ想いをぶつけたようだった。

「……だから、あなたは戦士のままでいて下さい。そして、代わりに守ってほしいんです。こんな所で朽ち果てる僕の代わりに……ずっと皆の汚れた気持ちを受け止め続けた人を、我らの神を。ずっと……この世界に生きる全ての人が居場所を手に入れる、その時まで」

 このまま男が心を開くまでぶつけ続けるのかと思われたが、言葉は時を経る度に弱くなっていく。刃をその身で受けたキルアの凍てついた体は、もうこの世に留まる事は叶わないのだろう。

 徐々に亀裂が走り始めた体は、ものの数秒で砕け散ってしまうだろうから。その中でキルアは皆が居場所を手に入れる事を願った。立場の弱い人、人外の存在。そんな事は関係なく、皆が平等に笑っていられる。

 まさに理想郷という言葉が似合いそうな場所を少年は夢見ているようだった。そこにキルアは暮らす事は出来ないけれど、それでも少年は皆が笑顔で笑う事を願ってくれたのである。そこには復讐に憑かれた狂信者の姿はなくて、正しく世界を見つめようとする穢れを知らない少年がいるように思えた。

「こんな俺が……守るだと?」

「はい。あなたなら出来ます。いえ、あなたでないと任せられないんです。だから、お願い……します」

 だが、そんな少年の言葉を受け取っても男は、納得がいかないようだった。

 対するキルアは一方的に言葉を残して、その身を微粒子のような細かな破片へと変えていく。有無を言わさずに、自分勝手に願いを押し付けていくキルア。

 当然、断る事も出来るのだが男は頭を振る事はなく。

 ただ口を引き結んで、風に乗って流れる命の煌めきを見つめ続けているだけだった。それが肯定の意思を示すものなのか、はたまた否定しているのかは、岩のように固まってしまった彼の様子からは分からない。

 そう。

 想いを繋ぐソフィの奇跡に近い力を用いたとしても、彼の心を読み取る事は出来なかったのだ。それだけ男は強く、強く心を閉ざしているのだろう。

「私は何てことを。私がキルアを……」

 そんな彼に反して、心が張り裂けそうな気持ちを皆へと届けているのはセリエ。

 死と喪失の恐怖に襲われた彼女は立っている事も叶わないようで、雪が詰まった地面へと両膝を付いて、両手で自身の頭を抱えているようだった。

 皆の心がまとまった大団円。

 つい先ほどまではそう考えていた事が滑稽に思える程に、場を悲しみが覆い尽くしていく。だが、この悲しみは決して無意味なものではないのだと思う。

 人は時には狂気に囚われて、同じ人を傷つけてしまう。それでも、悔いる心と嘆く心があれば、何度でもやり直す事が出来ると思うのだ。

 だからこそ、カイトはセリエに手を差し伸べる事が出来たのだと思う。

「……一緒にやり直そう。人は生きている限りは何度だってやり直せるよ」

 共にこの世界を歩んで行くために。

 キルアが語ったように『この世界に生きる全ての人が居場所を手に入れる、その時まで』共に進んでいけるように。

「まだ間に合うかな?」

「当然だよ。それにセリエを支えてくれる人もいるよ」

 その想いが伝わったのか。

 セリエは瞳を涙で濡らしながらも、手を差し伸べてくれた。その手をしっかりと握ったカイトは迷わず言葉を返す。それと共に心が折れそうなセリエを守ってくれる、彼女の内に眠る存在を見つめる。

「――そうだな。私がここまで導いてしまったのだ。ならば、彼女が……皆が全うな道を進むまでは力を貸そう」

 すると、女性にしては低めの声は想いに応えてくれた。

 その言葉が嬉しくて、いつかこの温かな気持ちを皆へと届けたい。そう強く、強く願ったカイトはセリエの手をしっかりと握り締めると。

「二人とも、よろしくね!」

 血染めの舞姫から受け取った温かな気持ちを、二人へと返したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ