最終話 (六)
戦場へとけたたましい轟音を響かせたカイトは、一度溜めこんだ息を吐きだした。
ソフィのおかげで数千の銃口を手にしたとは言っても、自身の手に全てが握られているというのだから緊張もするという訳だ。
しかし、いつまでも心を固くしている訳にはいかないカイトは、頬へと流れる冷汗を肩口で拭う事もせずに、澄んだ青い瞳を素早く地上へと降ろす。
(この力があれば上空は大丈夫。問題は……)
当然それだけでなく、現状の問題点を素早く確認していく。
まず一番に厄介だと思うのは、皆の狙いがカイトに移行した事だ。
理由は至極簡単で、上空に顕現した無数の真紅の刃を破壊可能な者が一人しかいないからだ。つまりは目障りな汚染者さえ倒れれば、神に等しい力を保有する少女によって、教皇だけでなく、フィーメア神国の者達でさえ片手間で殲滅出来ると判断したのだ。
そして、当然ではあるが切り札を握っている者を見捨てるなどという選択肢は、フィーメア神国にはないようで。それを証明するかのように、カイトという標的を射抜くように一点突破を狙う狂信者達を、団長を中心としたフィーメア神国の兵達が迎え撃っていた。
千を超える小銃に意識を向けなければならないために、陣形まで確認する余裕はないけれど、おそらく陣を立て直す暇さえない状況が続いている事を考えれば、両国共に「無陣」で衝突しているのではないだろうか。
(……なんとかしないと)
ただいたずらに兵力を削り合うという状況は、考え得る中で最悪の状況だ。
現状では何とかアールグリフの指示は届いているようだが、仮に指示が届かなくなれば「乱戦」へと突入し、ただの殺し合いへと発展する事だろう。
もともと戦争などただの殺し合いでしかないのだが、そこに人の冷静さと知性が混じってさえいれば、まだ救いようはある。不利を見て撤退する事も、敵へと降伏して命を繋ぐ事も出来るのだから。捕らわれた先は、死んだ方がましだと思うような道に繋がっている場合も確かにあるのかもしれない。しかし、それでもただの一人になるまで斬り合うというのは、知性のある動物がするような行為ではないだろう。
いや、そうあってはならないのだと思う。
人はどんな難問も解ける知性を持って、そして、言葉を伝える事で他人を理解する事が出来るのだ。それは誰もが知っている事で、言葉で伝える事が難しいならば鼓動の音で、肌の温かさで伝える事も出来る。
そういう意味では人は単純なのだ。人はなぜか依怙地になって、堅苦しく考えようとするけれど、人と呼ばれる存在は例外なく単純なのである。
そう。
人は、世界はもっと簡単なのだ。
「――伝えないといけない」
カイトの心に浮かんだ答えは正解ではないのかもしれない。
それでも伝えなければいけないのだと思う。人と人が手を取って、笑い合える世界を作るために。そんなカイトの背中を押してくれたのは――
『大丈夫。私も同じ考えだよ』
やはりソフィだった。
それもその筈だろう。なにせカイトはソフィの代弁者なのだから。
「――聞いて!」
揺るぎない決意を胸に抱いたカイトは、千を超える氷弾を上空へと解き放つと共に、寒空を切り裂くような鋭い叫び声を内から解き放つ。その声は戦場を優しく包み込んでいる白銀色の粒子に乗って、瞬く間に戦場へと響き渡る。
一切の迷いもないカイトの言葉は数多の思考と感情を吹き飛ばして、一人の例外なく手にした刃を刹那の時間だけ鈍らせた。
戦いを止めたいと願う少女二人に与えられたのは、刹那の時間。
だが、カイトはそれだけあれば十分だと思う。まだ何も成せていない小娘の言葉を、万を超える者達が耳を傾けてくれるというのだから。
自身が切り開いた道ではないけれど、与えられた奇跡を無駄にしないために。
「――もう止めよう。こんな事をしても意味がないよ」
カイトは心に浮かんだ素直な気持ちを伝える。
クエリア神国の者達からすれば耳を疑いたくなるような言葉だったのだと思う。だが、カイトが心から述べている事はソフィの歌によって、皆へと伝わっている事だろう。
ただ戦いを止めたいと、そう願うだけの気持ちが好むと好まざるとは関係なく届いているに違いない。それを証明するかのように、お返しとばかりにカイトへと届いたのは数多の戸惑いの心だった。
なぜ人を遥かに超えた存在であるカイトとソフィが、こうまでして戦いを止めたがるのかを彼らは理解出来ずにいるのだ。言い換えれば、理解出来ない存在がいるならば排除してしまう方が手っ取り早いと言いたいらしい。
「違うよ。人は理解し合える。手と手を繋げば――温かさに触れれば、絶対に分かるから。感じて、この気持ちを」
そんな彼らに向けて、カイトはソフィが奏でる歌に合わせるように、一つの歌を戦場へと届ける。精一杯の気持ちと想いが届く事を切に祈って。
氷結の歌姫という存在を知っている者であれば、カイトが口ずさんだ歌は、すでに彼女の個性となっているだろうが、元々はカイトの歌なのだ。
どこかの偉人が作ったような格式ばった歌ではなくて、ただ一人の少女が泣き止むように、花が咲いたような笑顔を浮かべるように。そんな祈りを込めて、カイトが思い付いたままに奏でた歌なのである。
それがいつの間にか、人が分かり合うための歌となって、隣国の戦争を止めたというのだから驚きを通り越して、信じられないような気持ちで一杯だ。それでも、自身が発祥の歌が戦いを止める事が出来る可能性があるというのであれば、全力で歌うだけだ。
愚かだと笑う者がいるならば、それでもいい。だが、願うならばただの一人でもいいから、この想いが届いて欲しい。
そう願わずにはいられなかった。
「白犬……いえ、クロエ。それがあなたの答えですか」
そんな想いが伝わったのか。
突如として、後方から人形が話しているような感情が読み取れない声が届いた。この温度を感じさせない声は、例え歌に集中していたとしても聞き間違えようがない。
フィーメア神国における最大の権力者にして、事の発端と言っても過言ではない教皇だったのである。正直な事を言えば、彼が道具程度にしか思っていないカイトの想いに応えてくれるとは思ってもいなかった。
しかし、予想に反して彼は応えてくれたのだ。それも白犬と呼んだ事を悔いて、もう誰も呼ぶ事がなくなった『クロエ』という本名で呼んでくれたのである。相変わらず冷たい声だとは思うけれど、今の彼となら意見を交わす事が出来るのかもしれない。
そう考えるのは少々楽観主義だと思われるのかもしれないけれど、どれだけ距離が離れていても一歩ずつ距離を縮めていけば、いつか分かり合える。そうカイトは信じたいと思う。
しかし、それはカイトが信じたいと願う道だ。
当然、その逆も存在する。逆という言葉を使ったが、この場合でいう逆とは教皇という男とは何があっても分かり合えないと、そう信じる者もいるという事だ。
それを如実に表現しているのが、戦場を駆け巡る荒波のように激しい感情の奔流だろう。
「これは私の個人的な考えですが……甘いのだと思います。この場で一般論を振りかざす意味はないのでしょうが……人は分かり合えない生き物ですよ。ですが、同時に人という存在を求めずにはいられない存在であると言えます。分かりませんか? 彼らは私という感情をぶつける器がなければ生きていけないのですよ。では、その器が破壊されたならば、以後はどうすればいいのか?」
だが、その荒波を気にした様子もなく、教皇は淡々と言葉を紡いでいく。
しかも、それだけでなく一歩、また一歩と最前列に向けて進んでいるようだった。さすがにこの状況で歌を継続する意味がないと感じたカイトは、声がした後方へと青い瞳を向ける。
その瞬間に瞳へと収まったのは、相変わらずの無表情を貫いている教皇だった。
「答えは簡単です。あなたのような他人のために行動できる者が、光を届ければいいのです。と言っても、言葉のみで語る事は簡単でしょう。現実では、おそらく私が予想している以上の労力と時間を要すると思います。ですが、いつかは心を開き前へと進む者が現れるのではないでしょうか。いえ、私個人としてはそう願いたいと思います」
笑うという事を忘れてしまったのではないかと思っていた教皇であったのだが、内に浮かんだ想いの全て伝わってしまう事を理解しているようで、長年内に秘めていた気持ちをついに皆へと届けてくれた。
常に自国の事を考えて、冷酷と思われても最善と思われる道を選び続けた男。その男の内面には、微かな光が宿っていたのである。
――しかし。
「俺達の願いは貴様を殺して――朽ちる事。それ以上でも、それ以下でもない」
その微かな光すら信じられない者がいるのも事実で。
地を震わせるような低い声を発した男は、身に纏っていた藍色のローブを脱ぎ捨てると共に揺るがない決意を戦場へと届けた。
その男を一言で説明するならば、完成された戦士という言葉が似あうだろうか。
無駄のないすっきりとした体躯に、棍棒で殴っても揺らぐ事がないように思える盛り上がった全身の筋肉が戦う者を思わせるのだ。そんな彼は肩口まで伸びた漆黒の髪を揺らしながら、雪原を燃やし尽くすような怒りの炎を宿した赤き瞳を正面へと注いでいた。
現状では歌姫の力によって心の内は筒抜けだが、仮にその力が発動していなくても彼の言葉に嘘偽りがない事はすぐに分かるだろう。
だが、理解は出来ても、そう簡単に納得する事が出来ない事もある。
「――どうして諦めるの?」
カイトは気づいた時には、正面へと向き直って屈強な戦士へと問いかけていた。
一度重なったのは、赤と青。
揺るがない意志を瞳に宿したカイトと男の視線が重なったのである。
しかし、視線が絡まったのは一瞬の事だった。
「諦めるか。それはそちらの考えだな。俺は……俺達は諦めてなどいない。ただ一つの目的のために突き進む。それがクエリア神国に所属する者達だ」
カイトの想いを受け取った男が瞳を閉ざし、自身の胸中を語ったからだ。
それはたった一つの願い。この場にいる虐げられし者達が心に抱いた願いを彼は口にしたのだ。その言葉は極自然にクエリア神国の者達の心へと沁みっていって。
雪原へと涼やかな金属音を鳴り響かせる。彼の言葉によって本来の目的を取り戻した狂信者達が、再び各々の刃を握り直したのだ。
分かり合える事など不可能だと、そう証明するかのように。
「そんなの悲しすぎるよ。どんな人にだって必ず居場所がある。汚染者と呼ばれる僕にだって……ちゃんと居場所があるんだ! だから、探そう。皆が生きていける場所を!」
それでも諦められないカイトは、全ての想いを込めた左手をそっと差し出す。当然ではあるが、右手に握っていた氷装具と空へと形成した千を超える小銃を霧散させて。
対話をするのに武器は必要ないのだと、そう伝えるために。その想いが彼らの心へと届く事を祈って。
もしかすれば、カイトの言葉は、何の意味もない事なのかもしれない。
そう思いながら、差し出した左手が凍てついた冷気に触れて、熱を失い始めた時に――
「そんな場所はない。ある訳ない!」
意外にもカイトへと叫び返したのは、幼さを感じさせる少年の声だった。
その容姿は藍色のローブで隠されているために分からないが、おそらく十代半ばかそれよりも下くらいの少年だろう。そして、今の今まで自らが前へと突き進む事で皆を先導していた者だ。
まだ働く事もなく、親に甘えていても良い年齢だと思える少年。
そんな彼がこの世界には居場所はないのだと叫ぶ姿は、異常だと思う。しかし、汚染者であるカイトは理解出来ないという事はない。
居場所があると、そう語ったカイトでさえ、つい先日居場所を見つけたばかりなのだから。もし団長と出会う事がなかったら、真紅の甲冑に身を包んだ少女のように頑なに教皇を恨んでいたのかもしれない。ありもしない現実を想像する事に意味はないのかもしれないけれど、そうなってしまう可能性は十分にあったのだ。
だから、少年が述べた言葉の意味は悲しいけれど分かってしまう。
「あるよ。どうしてもないなら……一緒に歩いて行こう。君の名前は?」
それでもカイトは少年の言葉を否定する。
それと共に彼らへと道を示していく。居場所がないというのであれば、作ってあげればいい。彼らの行き場のない気持ちを受け止める場所があればいいのである。
「ふむ。これは大所帯になるやもしれんな。だが、いいだろう。傭兵団『シュトゥルム・ステイト』は来る者を拒みはしない。それが例え異国の者でも、汚染者であってもな」
そんなカイトを支えてくれたのは、やはり団長だった。
冷静に考えれば四千を超える者を抱えれば、貴族であろうとも生活が苦しくなる事は明らかだ。それでもアールグリフは彼らを見捨てるつもりはないらしい。
カイトとアールグリフの提案をただ単純に受け取ったならば、胡散臭く聞こえるのかもしれない。だが、今はソフィの力によって、内なる気持ちですら包み隠さず伝わってしまう。ゆえに、嘘偽りがない事はクエリア神国の者達へと伝わった事だろう。
「そんな……どうして? どうして知りもしない奴のために、そこまで」
それを証明するように、少年は糸が切れた人形のように力を失い、雪が積もった地面へと両膝をついた。
以後は聞き取れないような微かな呟きを繰り返しているようだった。その様に今までの鋭さはなく、まるで心が壊れてしまったように見えて、カイトは一瞬心を掴まれたかのような痛みを覚えてしまう。
しかし、いつまでも痛みを抱えている訳にもいかず。
「僕は汚染者で……居場所がなかったから放って置けない。君達の気持ちはちゃんと分かるよ。だから、手を差し伸べたい。伸ばした手を繋げて、この大陸から戦いを消し去りたいんだ。それがソフィの――氷結の歌姫の『代弁者』が望む事だよ」
空いている右手を胸の前で握る事で心の痛みに耐え、代弁者としての想いを伝えていく。
直感に近いものではあるが、これが最後の機会なのだと思う。彼らへと届けた言葉がここで拒否されてしまったならば、もう他に届ける言葉を持ってはいないからだ。
――一秒、二秒。
彼らがどう答えるのかを、左手を差し出した姿勢のまま待っていると。
「こんな俺達でもいい――」
「――なら証明して。大切な人を失っても同じ事が言えるのか」
ふらつきながらも立ち上がった少年は言葉を返してくれだが、その言葉を最後まで言い切る事は叶わなかった。突如として、真紅の甲冑に身を包んだ少女が、少年の言葉を遮ったからだ。しかも、それだけでなく二メートルを超える甲冑と同色の突撃槍を少年の腹部に向けて投擲したのである。
後方から、それも味方だと思っていた者からの攻撃を避ける事は不可能であり、予想通り少年は身に纏う藍色のローブを朱に染めていく。だが、それは一瞬の事で。溢れ出た血ですら、徐々に凍りの結晶へと変貌していく。
人であれ、物であれ、氷の結晶へと変えてしまう忌むべき力が発動したのだ。
「どうして……?」
腹部を後方から貫かれた少年は倒れそうになる体を必死に支えながら、後方に佇む少女へと震えた声で問う。やはり仲間である彼でさえ、この状況についていけていないらしい。
「あなたは私達を裏切ったから……そこで、徐々に朽ちていくといいわ。それよりも重要なのはあなたよ」
全ての答えを持っている少女は、一度少年に向けて汚らわしい物をみるような瞳を向けると、即座にカイトへと手にした突撃槍の先端を向けた。少女とカイトの間には二、三歩の距離があって、現状は槍の間合いには入っていない。
しかし、仮に間合いに入っていても害はないように思えた。そう判断したのは、少女が握る突撃槍からは、まるで殺気を感じなかったからだ。
「僕に? なにかな?」
それでも指名されたからには答える他に道はない。そう判断したカイトは少女へと向き直って目的を訊いた。
すると、少女は一度表情を歪ませると。小さな体から真紅の霧を噴出させ、当時に蠢かせた。蠢いた霧が形成したのは、当然ではあるが少女が握っていた突撃槍だ。
だが、狙いはやはりカイトではない。狙いはもっと別の人。親の代わりにカイトを支え続けてくれた団長と、カイトの戦うべき理由でもあるソフィに向けて、それぞれ百を超える槍の先端が向いていた。
「さあ、どっちを守るの?」
氷装具を手にしていない状況で、瞬時に二人を守る事は不可能だと分かっているのか、少女は表情をそのままに一つの問いを投げきた。
どれだけ冷静で、知識に富んだ者でも答えに窮する問題を少女は平然と投げつけてきたのだ。それと共に大切な人を失ってもなお、今まで述べていたような綺麗事が言えるのかを確認したいのだろう。
(……どっちを。どっちを守ればいいの?)
二人に一人という残酷な選択を迫られたカイトは、その手に氷装具を形成しながらも胸中で迷う。二人ともカイトにとっては掛け替えのない存在で、選ぶ事など出来ないのだから当然だ。しかし、それでもカイトは選ばなければならない。
決して万能な存在ではないカイトは、二人を同時に守る事など出来ないのだから。
「――氷結の歌姫を守れ。そして、揺らがない気持ちを届けるといい。カイト……お前らしく真っ直ぐな気持ちを」
そんな中で、すでにカイトが辿り着く答えを知っている者が一人いた。
心を閉ざしていたカイトをずっと心配してくれていた団長である。今まさに命の危機に晒されているというのに、娘同然に思っているカイトを安心させるためだけに温かみを感じさせる茶色の瞳を細めて、包み込むような笑みを浮かべていた。
その様は血など繋がっていなくても、父親に思えて仕方がない。肉親の温かさなど知りもしないカイトではあるが、彼が注いでくれる愛情は本物だと思える。
その愛情に対して、カイトは何かを返す事が出来ただろうか。正直な事を言うならば、受け取るばかりだったような気がしてならない。
それが申し訳なくて、悲しくて。
「……ごめんなさい」
自然とカイトの口からは謝罪の言葉が漏れていた。
彼の娘として同じだけの愛情を返せなかった事。カイトが不甲斐ないばかりに腕を斬ってしまった事。そして、守れるだけの力があったにも関わらず助ける事が出来なかった事。他にも謝らないといけない事がたくさんあるけれども、それらを全て語る時間は残されてはいなかった。
「最後くらいは……礼を述べてもらいたいものだな」
しかし、語らずとも全てを悟った団長は瞳を閉ざして、自身の最後を静かに待つ事にしたらしい。そんな彼の横顔はどこまでも涼やかで、それでいて穏やかで、何の悔いもないように見えた。
「ありがとう……父さん」
その横顔を青い瞳に焼き付けたカイトは、団長の望みを叶えるべく言葉を紡ぐ。
そして、同時に氷装具の引き金を引き絞る。それを合図にして、慌ただしく動いた白き霧は、宙へと十を超える凍てついた小銃を形作り、氷弾を射出する。
放たれた弾丸が向かうのは、全ての存在が分かり合う事を望む少女――ソフィを狙う刃だ。舞う雪を討ち抜くような精度を持った氷弾は一秒も経たずに目標を討ち抜いて、即座に涼やかな音色を響かせる。それも一度ではない。
――一回、二回、三回。
ただ一つの目標へと突き進む真紅の刃が全て砕けて消えるまで、カイトは引き金を絞り続ける。それと同時にカイトの心から大切なものが零れ落ちていく事も気にもせずに、守りたいと願う少女が無事でいられるように願う。
それでも百を超える刃に対して、たかだか十の銃口では足りない。目測のため定かではないが、まだ五十程の槍が目標に向かって進んでいるように見える。
そんな中でも蠢く白い霧はカイトを援護するために小銃を増加してくれているが、今からでは間に合わないだろう。
分かり合うためには武器は要らない。そう考えた甘さが大切な人を失うきっかけとなってしまったと思うと、自身の未熟さを呪わずにはいられない。
(……まだだよ)
だとしても、カイトは諦めずに引き金を絞り続ける。
結果が出る前に諦めてしまえば、そこで全てが終わってしまう。それだけは何としても避けたいと思ったのだ。ただの一般人であるカイトでも、その歩みには何か意味があったのだと思いたいのである。
そんなカイトの小さな願いは周囲へと伝わって。
二つの音を寒空へと響かせた。
一つは傭兵と騎士達が手に取ったボウガンの矢が射出された音。そして、もう一つは矢と槍が空中で衝突し、砕けた音色だった。
「……皆」
彼らにとっては恐怖の対象でしかない氷雪種を統べる存在である「氷結の歌姫」を、まさか守ってくれるとは考えてもいなかったカイトは呆然と呟く。
だが、その微かな呟きはボウガンの射出音と、ガラスが砕けるような音色によってかき消されてしまった。ただ矢を放っているだけだと言われればそれまでなのだが、彼らはカイトに向けて、しっかりしろと言ってくれていうように聞こえる。
(ううん、勘違いではない)
しかし、自身の感性は間違っていないという事はすぐに分かった。
白銀色の粒子に含まれた温かな気持ちがカイトの心へと溶け込んで、彼らの想いを伝えてくれたからだ。戦いを終わらせる事を切に願う気持ち、そのために必要な言葉を少女へと伝えてほしい。そんな気持ちが確かにカイトという器に流れ込んできたのである。
その中には当然、団長を見捨てた事に対する恨みの気持ちも多分に含まれていたけれど、今は背中を押してくれるようだった。彼らとは長い付き合いではないけれど、カイトが同じように悲しんでいるのだと理解してくれたのだ。
「……行くよ」
そんな温かくて、力強い気持ちに背中を押されたカイトは一度宙へと氷弾を放つ。
そして、次の瞬間には駆け出していた。
ソフィの事は心配ではあるけれど、数秒の間ならば持ちこたえてくれると判断したのだ。ならば、カイトが成すべき事は一つのみ。
「あなたの居場所は――ここだよ!」
心に浮かんだ真っ直ぐな言葉を、世界を信じられなくなった少女へと送る事だけだった。




