第一話 (七)
汚染者たる少女と氷雪種が戦ってから数分後。
透き通った葉が舞い落ちる銀の森に佇むのは、真っ白な少女。
病人のように白い肌、膝まで伸びた真っ白な髪、そして寒さを感じないのか少女が着ているのは真っ白なワンピースだった。ここまで白で統一された姿はどこか不自然で、浮世離れしているように見える。
「――可哀想」
まるで世界から切り離されたかのような真っ白な少女は、ぽつりと独語する。
言葉を向けた相手は、再び粉雪のような白き霧へと変わってしまった氷雪種。
「分かるよ。ただ触れたかっただけだよね」
少女は一人でいる筈であるのに言葉を紡いでいく。まるで死した獣と話しているかのように。幸いにしてこの場には人一人いない。だが、もし少女の姿を目にする者がいたならば、浮世離れした姿と言動に震え上がってしまう事だろう。
しかし、少女は見られたとしても気にはしない。もっと他にやるべき事があるのだから。
「代わりに私が伝えるよ。あなたの想いを――この世界に」
少女は成すべき事を成すために。ただそのために、ゆっくりと人形のように細い両手を胸の高さまで掲げる。その瞬間、少女を包んだのは氷雪種を形成せしめる白き霧。
常人であれば恐怖に震え叫び声を上げるであろう死の霧を、少女は恐れない。逆に優しげに透き通った氷色の瞳を細めて見つめるだけだった。
「だから安らかに逝って。私が送ってあげるから――寂しくないよ」
少女はなおも霧へと言葉を掛ける。
言葉を受けた白き霧は少女の想いに応えるかのようにそっと寄り添う。そんな無害としか言いようのない霧に捧げたのは一つの鎮魂歌。
一人の死を想い、一人の意思を尊重する。ただそれだけの歌だった。
鎮魂歌を受け取った霧が取るべき行動は一つ。まるで天へと召されるように昇るだけである。もう一度この世に生命を得るために。次にこの地を踏む時は明るい未来が待っている事を祈って。
「ねぇ……見て、聴いて、感じて。世界はそんなに難しくないんだよ」
歌を歌い終えた少女は霧が昇った空に向けて言葉を紡ぐ。言葉は誰に掛けられた言葉なのか。それは真っ白な少女にしか分からない。
そして、今ここではその答えを知る事は不可能だろう。鎮魂歌を捧げた少女もまた氷雪種と同じように白き霧となって霧散してしまったのだから。
ただその場に残ったのは凍てついた氷結花だけだった。