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氷結の歌姫  作者: 粉雪草
第二部 もう一度あなたを抱きしめたくて
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第一話 (六)

 約三時間の見張りを終えて、毛布に包まる事数分。

 寝起きは不得意だが、寝付きは人一倍早いカイトは周囲に男が寝ている事も気にせずに瞳を閉ざす。こうして安心して眠れるのは自身が汚染者だからだろう。

 もしただの少女であったのならば怖くて眠れなかったに違いない。と言っても、まだまだ未成熟な体に興味を持つ者がいるのかは疑問だけど。

(……寝よ)

 思考がおかしな方向に進んでいる事に気づいたカイトは、今度こそ眠るために呼吸を落ち着かせていく。

 時間にして、数秒。

 微かな寝息を立てて眠ったカイトが見た夢は過去の出来事。

 おぼろげな記憶ではあるけれど、確か三年ほど前の記憶だった。


「お兄ちゃん、眠れない」

 一日の疲れを取ろうとベッドへと潜り込んだ時に。

 まるで計ったようなタイミングで自室のドアを開けたのは一人の少女だった。

 膝まで伸ばした、まるで濡れているのではないかと思う程に艶やかな黒髪が目印の愛らしい少女。カイトの義理の妹であるソフィだ。

 今では共に暮らしているが、実は二人に接点というものはなかった。もっと言うならば特に運命的な出会いをしたという訳でもない。ただ両親に捨てられたソフィが、カイトの工房の前で泣きじゃくっていたのを拾っただけに過ぎなかったりする。

 周囲を雪に閉ざされ、敵も多いフィーメア神国は決して裕福とは言えない。正直な事を言うならば、食べていくだけでも厳しいというのが現実だった。その中で、ただ食費だけがかさむ幼い子供を拾うというのは正気の沙汰ではないだろう。言うならば自分の首を絞めるようなものである。しかし、カイトは父が他界する前に鍛冶の業を全て伝授してくれたおかげで、面倒を見るだけの蓄えはあった。

 では、泣く少女に同情したというのか。仮にそう問う者がいたとするならば、カイトは首を左右に振るに違いない。そう断言するのは、その時のカイトの心は寂しくて仕方がなかったからだ。

 何とか一人で生きていく術はあったが、家族というものがいない日常は寂しくて仕方がなかったのである。その中でソフィと出会ったのは、もしかしたら必然だったのかもしれない。

 そう思うのは、ただ甘えるだけのソフィは可愛くて仕方がなくて。家族に飢えたカイトの心を徐々に解してくれたように思うのだ。

 それが分かっているからこそ――

「おいで」

 カイトは自身の体を覆っている毛布を捲って、少女を手招きする。

 すると。

「くろえと一緒だ」

 語尾に音符マークでも付きそうな程に嬉しそうな声を発したソフィは、頼りない足取りで近寄ってくる。

 一人で眠る時はいつも彼女の身長と同じくらいに大きな熊のぬいぐるみを抱きしめているが、今は持っていない。つまりは、本日はカイトを抱きしめて眠るつもりらしい。

 つまりは、最初からカイトが断る事がない事を知っているのだ。

「カイトかお兄ちゃんと呼んで。ばれちゃう」

 そんな彼女に柔らかく微笑んで、カイトはやんわりと呼び方を訂正する。

 どうもまだ慣れていないらしくて、嬉しくなると呼び間違える事があるのだ。近隣の者が聞いてしまえば、すぐに噂は広まってしまうために注意する必要があるだろう。

 本当に馬鹿らしいと思うが、男性でなければ取引をしないと言い張る貴族などもいるのだから困ったものだ。それがなければ、堂々と女性として生きたいのだけど。

「ごめんね。でも……どうして?」

 しかし、そんな細かい事は今年で九歳になる彼女は分からないらしくて、ベッドに入ると共に小首を傾げた。出会ってから甘やかし過ぎて、成長が止まってしまっている事が大きな原因だと思うけれど、今は気にしないようにしたい。

 それよりも重要なのは、どうやってソフィを納得させるかだ。すでにカイトを抱き枕のようにしているソフィは、好奇心に満ち満ちた瞳を注いでいる。

 これは答えるまで収集がつかない事だろう。

「うーん。ソフィと僕の秘密という事では……駄目?」

 しかし、急に気の利いた言葉が返せる訳もなくて。

 秘密とか約束という言葉で誤魔化す事にする。でも、二人だけの秘密というのは、どこかくすぐったい気もするけれど、悪い気はしなかった。

 それはソフィも同じなのか。

「秘密なんだね。それなら守らないと」

 幸せそうに頬を緩めて、カイトの胸元に自身の顔を埋めた。

 その瞬間に胸に込み上げてくるのは、言葉では言い表せないような感情だった。いつの間にか頬はとろけた様に緩んでいて、ふわりと浮かぶように心が軽い。

 まさに至福の一時だった。

 この時間がいつまでも続けばいいと思う。叶うならば、ずっと。

 いつかソフィが自身の元から巣立っていく、その時まで感じていたいと思えて仕方がない。その想いはソフィも同じなのだろうか。

(……一緒だよね、ソフィ?)

 確認したいけれど、カイトは言葉として外へは出せなかった。

 自身の言葉でソフィを縛りたくはなかったから。ソフィには感じたままに、自由に進んで欲しいと思うから。それをこの世界が許してくれるかどうかは分からない。それでも、彼女だけは痛みのない平和な世界で過ごして欲しいと思う。

 そんな事を考えていると。

 微かな寝息がすぐ側で聞こえてきた。どうやらカイトの言葉に安堵した事で眠くなってしまったらしい。どうせならもう少し話していたかったと思うが、起こす事は気が引けた。

(……まあ、いいかな)

 それならば、眠ろうと思って。

 壊れ物を扱う様にソフィの小さな体を抱きしめたカイトはそっと瞳を閉じたのだった。


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