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氷結の歌姫  作者: 粉雪草
第一部 たとえ失ったとしても
38/109

最終話 (一)

今回から「たとえ失ったとしても」の最終話に入ります。予定では「12回」に分けます。また、最終話が完結しましたら第二部へと移行しますので、よろしくお願い致します。

最終話 数多の想いを繋いで、ただ分かり合えますように


 城塞都市シェリティアの王城三階。

 王族のみが使用を許されている、西側の区画にある私室にて。

「さすがに似合わないわね」

 苦笑交じりに呟いたのは、イリス。

 何が似合わないのかと言えば、自身よりも背の高い鏡台に映る姿を見ればすぐに分かる。イリスが着ているものは、いつものお出かけ用の法衣でも、城での生活において着るドレスでもない。

 戦争に出る者が身に纏う正装。胸、腰、膝、肘という主要部位のみを防具した軽装姿だった。実を言えば、軽装を身に纏ったのは今回が初めてだ。もはや着用の仕方すら怪しかったのは言うまでもない。

 そんなイリスに軽装を与え、それだけでなく着させてくれたのは背後に佇む少女。

「何だか……カナデに会いに行った時を思い出すね」

 その少女アリシアは、柔らかい声で述べた。

 彼女の言葉はどこまでも落ち着いていて、それでいて懐かしそうだった。カナデがストレインの騎士として参加したのは、日にちにすれば一週間と少し程度の事だ。だが、全てが始まったのはおそらく彼女の心が動いてからだろう。そう思えば、感慨深いものがあるのかもしれない。

「そうね。そして、密かに外に出ようとしているのも一緒。あの日に始まって……そして、今日からまた私の戦いが始まるの」

 だからこそ胸に浮かぶ懐かしい想いを抱いて、その想いを前へと進める。

 新たな一歩を踏み出すために。その一歩が明るい未来に繋がっていると信じて。

「方法まで一緒かな」

 もはや語らずとも意思は通じているアリシアは、イリスから見て右側に見える窓を見つめる。その先にあるのはベランダ。そして、壁に括り付けてあるのは一本のロープだ。

「そうね。でも――その前に」

 あまり時間を掛ければ、ストレインの軍勢はストラト平原に向けて進軍を開始してしまう。しかし、その前にやらねばいけない事があるのだ。

「イリスの長い髪……もったいないなぁ」

 前もって知らせてあるアリシアは、どこか残念そうにぽつりと呟く。

 彼女が言うように、今から成す事はイリス自身でももったいないと思う。これだけ伸ばすだけでも割合時間を要するのだから。だが、この目立つ髪を揺らしていたのであれば、すぐにばれる事は分かりきっている。それでも迷ってしまうのは、やはり自身が女性で姫だからなのだろう。

 ――その想いは、ただの弱さ。

 そして、ただの甘さだろう。その甘さを、弱さを断ち切るために――

「王を守るため。そして、これは私の覚悟!」

 イリスは叫びを力に変えて、右手で握ったナイフを用いて、腰まで伸びた髪を首の根本辺りで切る。一切の迷いなく、まるで戦争に赴くための儀式であるかのように。

「整えるね」

 そんなイリスを見守っていたアリシアは、そっと言葉を掛ける。

 どうやら女性としての最低限の尊厳を守るために、髪を整えてくれるらしい。確かに今のイリスの髪は真っ直ぐに切られているだけで、普段であれば見るに堪えない髪型だろう。

「ごめん……アリシア。少しだけ整えてくれればいいわ」

 このまま顔を隠すために用意した兜を被って突き進んでもいいのだが、最悪の場合に備えて髪くらいは整えておいた方がいいだろう。

 ――最悪の場合。

 それは王ラディウスが倒れた場合だ。それはすなわちイリスに全ての判断が委ねられてしまう事を意味する。そうなれば兜を捨て去り、即座に号令を出さねばならない。そんな時に、目も当てられない髪型では場もしらけるというものだ。

 そんなどうでも良いような、それでいて重要な気がするような事を考えていると。

 イリスの耳へと、銀製のはさみが髪を切る軽い音が届く。しかし、音が鼓膜を震わせたのはほんの僅かな時間。進軍に遅れるという懸念が再び脳裏を掠めるよりも前に、最後の仕上げは終わっていたのだ。

「これで……よし! 後は行くだけだよ」

「そうね。アリシア……申し訳ないけれど、私の刃となって」

 友の合図を受け取ったイリスは、金属製の兜を被ると同時に言葉を掛けた。

 イリスの剣の腕など、ただの騎士の真似事である事は重々承知している。ならば、アリシアにはイリスの眼前に立つ者を、代わりに倒してもらうしかないのだ。

 ようは代わりに人殺しをしてもらうようなものだ。自身が出来ないからといって、他人にやってもらうべき事ではないのは重々承知している。それでも、王を守るためには、もうこの方法しかないのだ。

 アリシアは想いが通じたのか――

「分かってる。イリスの代わりに戦うのは……カナデだけではないよ」

 薄っすらと微笑むと同時に、イリスの両肩に手を置いて、窓へと向けて押していく。

 迷わず、信じた道を進んでもいいと言外に伝えるためだろう。その想いは触れた手を通して、しっかりとイリスへと伝わってきた。

 アリシアの気持ちは素直に嬉しくて、そして自分の道が間違っていないのだと教えてくれているようだった。しかし、それと同時に一つの疑問がふいに浮かんできた。

 それは、アリシアの口から漏れた一人の少女の名前が原因だ。アリシアを通して伝えた言葉の返答を聞きたくなったのだ。この場で問うべき事ではないのかもしれないが、どうしても知りたくなったイリスは、眼前に迫った窓に手を置くと共に背へと問う。

「カナデは……何か言っていた?」

「えっと……『心得た』だって。カナデらしいよね」

 問いの答えは、短い伝言。

 本当にカナデらしい言葉だった。どこか淡々としているが、それでも内から力が湧いてくる不思議な言葉。

(確かに受け取ったわ……カナデ。どうか無事で)

 自身も命を落とすかもしれない戦場に出ると言うのに、イリスの心を埋め尽くしたのは、カナデの安否についてだった。ベランダに出る時も、そしてロープを伝って城壁の壁を伝う時も、ずっと。片時も気になって仕方がない。

 側にいられない事がここまで不安に思うのだと、改めて思い知った瞬間だった。

(……集中しないと)

 それでも、どうにか自身の成すべき事に意識を向けようとするイリス。

 そんなイリスの背に届いたのは、一つの涼やかな音色だった。ロープを伝って降りた先に広がる城下の庭。短い草が生い茂る中に咲く、白き花が奏でた音色だった。

 イリスを心配で堪らなくさせる少女と同じ名前を有した可憐な花が、ついに咲き誇ったのだ。まるで沈んだ心を花言葉の通りに浄化するために。その様はまるで今はここにいない友が、背を押してくれているような錯覚すら覚えるのだから不思議だ。

「……カナデ」

 数多の想いが胸に溢れたが、結局イリスは名を呼ぶ事しか出来なかった。

 だが、口から漏れた言葉は自身の心を揺らして、鈍った両足を前へ、前へと進ませる。今まで心を埋め尽くしていた不安など、まるで嘘のようだった。迷いを、そして全ての雑念を捨てたイリスは、ただ自分らしく進んでいった。


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