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氷結の歌姫  作者: 粉雪草
第一部 たとえ失ったとしても
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第五話 (三)

 鍛冶屋セドリック。

 その名は聖王国ストレインだけでなく、隣国である聖王国ルストにも届く程に有名な鍛冶屋だった。

 有名たる理由はただ一つ。店主セドリックが作る武器は、この大陸で最高の強度と切れ味を誇っているからだ。それだけでなく、汚染者専用の武器である氷装具を作れる鍛冶師としても有名だった。他に氷装具を作れるのが、フィーメア神国のカイト・ラーバスティン、またの名を『白犬』と名乗る鍛冶師しかいないのだから、自然と名前が知れるのは当然だろうか。ついでに言えば、以前使っていた特注の剣は白犬と名乗る彼に製作してもらった業物である。

 そんな剣を扱う者の中では高名な人物がいる鍛冶屋の眼前にて――

「夜遅くにすまない」

 声を上げると共に、ドアをノックしたのはシオンだった。

 彼がこの場を訪れたのは、新たな剣を手に入れるために他ならない。シェリティアについてからはすでに一本の剣を与えられたが、特注の剣と比べれば強度があまりにも心許ない。おそらくシオンの剣技に耐えきれずに、折れてしまう事は確認せずとも分かる。

 頼みの特注の剣はすでに芯が折れているため、修復は不可能。ならば、鍛冶屋にある物で我慢しようというのが本音だ。幸い情報源であるイリフィリアの話では、鍛冶屋の床に無造作に武器が放置されているらしいので問題はないだろう。

「――」

 そこまで考えた所で、返答がこない事に首を傾げるシオン。

 もはや店を閉めている時刻ではあるが、眠るにはまだ早いと思ったのだ。

(作業に没頭しているのでしょうか?)

 ならば思いつくのは、心中に浮かんだ疑問の通りだろう。仮に正解だとするならば、ずっとここに立ち尽くしていても仕方がない。

「――お邪魔します」

 少々無礼かもしれないが、シオンは仕方なく眼前にある年季の入った木製のドアを開け放つ。

 その瞬間に頬へと感じたのは焼かれたような熱だった。熱いという言葉を通り越して、痛いという言葉が正しいだろうか。

(よくこんな所に一人で……)

 情報源たる姫君を思い出したシオンは、自然と苦笑してしまった。

 この熱さは正直な所、命令されても行きたくない程だったからだ。そんな所へと姫君がたった一人で乗り込んだというのだから驚きだ。だが、シオンとて目的があるのであれば迷うことなく足を踏み入れる。

「何用だ?」

 だが、一歩、二歩と固い岩で出来た床を歩いた所で、低く冷たい声がシオンへと向けられる。

 その声へと視線を向けると、ほっそりとした体躯の人物が背の低い岩に腰掛けていた。肌にあった白いシャツに、黒いカーゴパンツというラフな服装は、鍛冶師と言われれば確かにそうなのかもしれない。おそらく彼が、セドリックという男だろう。

 そして、背から感じる威圧感は無愛想だが腕はいい、という言葉を一目で理解させるには十分だった。

 そんな彼の背中に――

「剣を一本くれないでしょうか? どれだけ重くても構いません。最高の強度と、切れ味を求めています」

 シオンは落ち着いて声音で語り掛ける。

 それと同時に、情報通りに床へと無造作に転がっている剣と槍を確認していく。試しに振ってみないと分からないが、見た所では問題ないように思える。

「悪いが……あんたのような優男に扱える武器はない」

 しかし、セドリックは鉄の槌を振り下ろす手を止めずに、淡々と言葉を返すだけだった。優男とは、おそらくこの口調で判断した事だろうか。

「シオン・アルトール。その名に覚えはありませんか?」

 さすがに声だけで優男と判断される事は承知出来ないシオンは、もう一度彼の背へと声を掛ける。

 ――すると。

「シオン・アルトール? お前が?」

 セドリックは打っていた長剣から視線を外して、シオンの漆黒の瞳をまじまじと見つめてきた。おそらく自身の最高傑作を託せる相手かどうかを見定めているのだろう。

 鍛冶師にとっては自作の武器は子供同然。中途半端な者よりも腕の立つ者に使って欲しいと言うのが本音なのだろう。そういう意味ではシオンのような人間は、待ちわびていた者と言っても過言ではない。対応があっさりと変わるのも少なからず理解出来るだろう。

「ええ。本日より……この国のために剣を振るいます。ついでに、ここの場所を教えてくれたのは姫君です」

 そんな鍛冶師に向けて、シオンは必要な事のみを語る。

 後はこの軍法衣を見れば、本人だと分かるだろう。それだけこの軍法衣という衣類は、恐怖の対象として有名なのだ。

「そうか。あの姫君が。渡す前に一ついいか?」

 どうやらすっかりこちらに関心を持ったらしい鍛冶師は、シオンに向き直って問う。いや、正確に言うならば話題に出した姫君に関心があったのかもしれない。

 あの姫君は関わる者全てにいい意味でも、悪い意味でも影響を与えてしまうのだから。彼女のおかげで今この場にいるシオンが言うのだから、少なからず説得力はあるだろうか。

「構わないですよ。答えられることならば」

 わざわざ不機嫌にさせる理由もないために、シオンは一つ頷くと共に、肯定の意思を伝える。

「すまない。この国は戦争をするらしいが……勝機はあるのか?」

 すると、セドリックは表情を引き締めて、再び問うた。

 まるで自身も参加するとでも言いたげな顔で。正直、ただの鍛冶師が参加した所で何にもならないと思うのだが。

 ゆえにシオンは――

「大丈夫です。ゼイガン殿に……そして、汚染者であるカナデ殿もいます。それに、私も少なからず尽力しますので」

 彼を安心させるために、言葉を掛ける。

「そうか。ならば……いい。俺のような者がどうにか出来る話ではないな」

 言葉が通じたのか、セドリックは再び窯へと体を向けて一言呟いた。

 そして、周囲にある物に素早く視線を走らせていく。

 ようやく本題に入ってくれたようだ。さすがに最高の強度と、切れ味という注文に似合う剣という物はなかなか見つからないのかもしれない。

「参考になるか分かりませんが……これを」

 ならば、自身が持っていた剣と同程度の物で十分だと判断したシオンは、鞘から折れた騎士剣を引き抜く。金色に塗られた、どこか煌びやかで美しい騎士剣を。だが、今は折れてしまい見るも無残な姿を晒しているのだが。

「それは……フィーメア神国の小僧が作った物か?」

 さすがは鍛冶師と言うべきか、セドリックは振り向くと共に一目見ただけで、剣の製作者を言い当てた。と言っても、こんな業物を作れる者は限られているのだが。

「そうです。これと同程度の物であればありがたいのですが――」

「表に出ろ。小僧」

 鍛冶師の言葉を肯定して再度注文をしようとすると。なぜかセドリックは、言葉を遮ると共にゆらりと立ち上がる。そして、何故かその両手には騎士剣が握られていた。

 表に出る。そして、両手に騎士剣。

 考えられる可能性は限られているように思えた。まさか商売敵の作品を使っていた事に憤った訳ではあるまい。

 ならば、考えられる可能性としては一つ。

「それだけの業物をへし折る男に俺の剣は使わせん。どうしても欲しいのならば――この俺を納得させてみろ」

 やはりシオンの考えは正しかったようで、セドリックはすでに戦う気らしい。どうやら鍛冶師と思って、その腕を侮っていたシオンは明らかに甘かったらしい。

 良質な剣を作る事が出来るのだ。当然、試す事もあるだろう。ならば必然的に剣の腕が確かなのは自然だろう。

 ならば彼が納得するまで剣を振るうのもいいだろう。そして、認めてもらうのだ。次こそは折れない刃を手に入れるために。

「いいでしょう。私も負けてばかりでは……いけませんからね。シオン・アルトール、あなたの勝負を受けましょう」

 強い想いを言葉に変えたシオンは一歩を進むと共に、右手を差し出す。

 その手に投げ渡されたのは、金色に塗られた騎士剣。おそらく、今まで使っていた特注品と遜色ない剣だった。

「いい覚悟だ。元聖王国の騎士、セドリック。全力で相手をしよう」

 そのシオンの想いに応えたのは、セドリック。

 そして、両者は特に確認する事もなく、鍛冶屋の前へと出て。

 約一時間、お互いの技を確認するかのように剣響を響かせ続ける。その中でシオンは彼が必ず戦場に立つという確信を、密かに胸中で感じていた。


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