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氷結の歌姫  作者: 粉雪草
第一部 たとえ失ったとしても
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第三話 (九)

 白銀の世界に佇むのは一人の少女。

 少女は望んで、銀色の世界に居る訳ではない。ただ歩く度に、いや、その場に存在するだけで世界は変わってしまうのだ。望むと望まざるとは関係なしに。

 しかし、少女は変わる世界を気にしてなどはいなかった。この世界に住む者からすれば、花を、木々を、そして人の生命を奪い続けているというのに。

 それを平然と成せるのは、罪の意識がないからに他ならない。

「ねえ……私に教えて」

 少女はいつものように世界に向けて言葉を掛ける。ただ世界を知るために。

 しかし、世界は答えを教えてはくれない。だから少女は歌を奏でる。

 奏でた歌は、彼女の世界を押し広げて煌めく。煌めきの正体は、地に咲く花、そして、天へと伸びる様に伸びる木々だった。

 ――煌めいた生命は、少女へとその内に眠る記憶を、想いを伝える。

 木々に触れた人の思い出を、枝に止まり羽を休めた鳥の感謝の気持ちを、森を駆け抜けるようにして飛ぶ羽虫達の踊り出しそうな程に楽しげな感情を。

 それは世界全体の情報からすれば、一握りにさえ満たない知識。だが、少女にとっては掛け替えのない程に貴重なものだった。

「――温かい」

 少女は木々から感じた、ほっこりとする想いに表情を綻ばせる。そして、内にある想いをさらに強固なるものへと変えていく。こんな世界で戦う事はないのだと。

 また、同時に思う。なぜ、こんなにも優しい世界で、争ってしまうのだろうかと。この誰のものでもない土地で。

「分からない」

 少女はうつむいて、ぽつりと呟いた。

 その瞬間。

 沈む少女の頬を撫でたのは、粉雪のように細かな霧。穢れ無き純白は、じゃれ合うように、慰めるように、優しく少女に寄り添う。

 一目見ただけでは、形のない白き霧でしかないが、少女はすぐにその正体が何であるのかを理解する。自身が歌い、送った子なのだから。忘れる訳はないのだ。

「君はもう自由なんだよ。帰ってこなくてもいいのに」

 少女は再び会えた事に喜んで、薄っすらと微笑む。

 もう沈んだ心は胸にはなかった。ただ会えた事が、慰めてくれたのが嬉しかったのだ。

 そんな想いに応えるように、白き霧は集まり、少女の胸に抱かれるようにして、一つの形を成す。

「こんなに小さくなったの? でも、仕方ないのかな」

 少女は胸に抱く、まだ柔らかい氷鱗に包まれた、両生類に似た氷雪種を見つめる。ただ氷雪種といっても、百四十ほどの小柄な少女の胸にすっぽりと収まるくらいに小さく、まるで赤ちゃんを抱いているような気分がする。

 どこか愛しさすら感じる、小さき氷雪種。しかし、この世界はこんな愛らしい生物でさえ忌み嫌うのだろう。何も理解しようともせずに。ただ一目見ただけで、自らに危害を加えるものと即座に断定して。

 それを止めたいと思う。だから少女はこの世界に存在する。同じ想いを胸に抱いた、この身を貸してくれた少女と共に。

「私は……諦めないから。一緒に行こうね」

 少女は心を熱くさせた想いをもう一度強く胸に刻むと、胸に抱く氷雪種をしっかりと抱きしめる。そして、そっと瞳を閉じて歌う。

 この世界をさらに知るために。そんな少女の心へと流れ込んできたのは、とある少女の気持ち。以前、出会った漆黒のローブを纏った、世界から切り離されし少女の揺れた心だった。



 全身を襲ったのは、より一層強さを増した冷気だった。

 いい意味でも悪い意味でも目印となっている漆黒のローブの上から、毛布を一枚被っているというのに、体の震えは止まる事はなかった。さすがに室内と言っても、極寒の大陸の寒さを侮ってはいけないらしい。

 だが、寒さに震えて過ごしている訳にはいかないのだ。

 有事の際における迅速な行動に備える事もあるが、もう一つ時間中に確認したい事があるのだから。確認をするのはさほど難しい事ではない。ただ一緒に番をしている彼女に問うだけでいいのだ。

 たったそれだけの事。

 だが、カナデはなかなか言葉を掛けられずにいた。口に出していいものかどうかの判断がつかないからだ。そのためカナデは、先ほどから口を開けては閉じるという事を繰り返している。傍目から見れば、どこか間抜けだろうか。

「――何かな?」

 どうやらカナデの不審な行動を見かねた彼女が、先に言葉を掛けてくれた。一瞬迷いはしたが、カナデは彼女の優しさに甘える事にする。

「なあ……アリシア。聞きたい事がある」

 しかし、口から漏れ出た言葉は、どこか遠回しな言葉。

 目の前で同じように毛布に包まって座っているアリシアは、当然意味が分からずに整った眉根を寄せるだけだった。そんな彼女の視線に耐えかねたカナデは、視線を右へと逃がす。

 無意識に逃げてしまったのだが、次の瞬間に後悔する。

 視線を向けた先には、今まさに話題にしようとしている人物が毛布に包まって眠っていたからだ。心の準備が出来ていれば平静でいられただろうが、不意に見てしまったカナデは自身の頬が引きつった事を感じる。

「イリスの事?」

 じっとこちらを窺っていたアリシアは、さすがに気づいたらしく即座に核心へと迫る。もはや隠す事は無意味だと理解したカナデは一つ溜息をつくと、視線を前方へと、問いを投げかけた少女の蒼い瞳を見つめる。

「――付き合ってくれ」

 ここでは本人が起きて聞いてしまうかもしれないために、カナデは外で話す事を提案する。この寒空の中でも、数分話すくらいなら平気だろう。ストレインなら絶対に不可能だが、ルストの寒さなら耐えられる。そんな事を思いながら言葉を待つカナデ。

 しかし、言葉はいつまで待っても返っては来なかった。

(なんだ?)

 訝しんで言葉を掛けたアリシアを見つめると。

 なぜか彼女は頬を朱色に染めて「急にそんな事を言われても」とか「命を救ってもらったから……断れないよね」などと訳の分からない事を呟いていた。

「先に行っている」

 このままでは話が先に進まないので、カナデは先に立ち上がって、左手側に見えるドアへと向かって歩いていく。この休憩所は、床に動物の毛皮を敷いてある他は特に物がないために障害物は存在しない。そのため、すんなりと目的地であるドアの前へと辿り着く事が出来た。

「そっちか……」

 そんな時に、またもやアリシアの意味不明な言葉が背に届く。

 どんな意味があるのか知りたいような気もするが、今は内にあるすっきりしない気持ちを整理する事が先決だと判断したカナデは、ゆっくりとドアノブを回転させて、寒空へと再び身をさらけ出す。その後を続いたのは当然、アリシアだ。

「ゼイガン……何かあったら頼む」

 アリシアが外へと出たのを確認したカナデは、ドアを完全に締め切る前に、室内の最奥の壁に背を預けて、寝たふりをしている老齢な男性に声を掛ける。彼は特に何も言う事はなかったが、一度右手を上げて応えてくれた。そんな彼の姿に安心したカナデは、自身の事に集中すると心に決めて、ドアをゆっくりと閉ざす。

 休憩所を出たカナデは白い息を一つ吐くと共に、空を見上げる。見上げた空には闇を追い払うかのように瞬く星々が煌めいていた。その光は、まさにカナデの心を照らすイリスのようだった。カナデが望まなくても、彼女は自身が『善』と思う事はしてしまう。

 それが一個人としては迷惑であっても、彼女は止まらない。

 そして、不思議な事に彼女の行いは、次第に迷惑とは思わなくなり、いつの間にかイリスのペースに引きずり込まれてしまう。

 彼女が望むのではなくて、彼女に関わった者が望んで動いてしまうのだ。不思議だとは思うが、カナデ自身がこの場にいる事が何よりの証拠。

 彼女は確かにカナデが共に来てくれる事を願った。だが、最後に選んだのはカナデ。内にあるのは迷いなき想いだった。そして、その想いは変わらない。

 それでもカナデの心は揺れていた。その理由が分からないのだ。

「どうしてか……イリスの事がよく分からない」

 カナデはどれだけ考えても答えが出ないと悟り、素直に想いを語る事にした。

 すると――

「私も分からないよ。ただ……それでも真っ直ぐに突き進んでいくイリスの力になれたらいいと思ってるよ」

 ドアを背に佇むアリシアはすぐに言葉を返してくれた。

 やはり彼女の方がイリスと一緒にいる時間が長いためか、慣れているように思える。だが、そんなアリシアでさえ分からないというのであれば、カナデに分かる訳はないのかもしれない。

「分からない事は……恐くないか?」

 それでも答えを知りたいカナデは、星が輝く空から地面へと、短い草が覆う平地へと視線を落として問う。

 一度言葉を発してしまえば楽なもので、喉の奥に引っ掛かっていた言葉は、自身でも驚く程にすんなりと出た。それはいいのだが、姫の近衛騎士と言っても過言ではないアリシアがどう答えるのか。

 もしかすれば、構築されつつある関係は、すぐさま壊れてしまうのではないか。そうカナデには不安に思えた。

「確かに恐いね。でも、それ以上にイリスの側にいてあげたい。暴れた結果……後が無くなった私を救ってくれたからではなくて……イリスにはイリスらしくいてほしいんだ。それが友としての素直な気持ちだよ。カナデは……違うの?」

 だが、そんな不安はすぐさま背に届く言葉によって否定される。アリシアは変わらぬ口調で、カナデへと偽りのない言葉を伝えてくれたのだ。

「私も同じだ。イリスにはイリスらしくいて欲しい。そのためにいるのが……私達だ」

 カナデはアリシアの問いに応えると共に、胸へと手を触れる。

 そして、考える。

 ――なぜここにいるのかと。

 最初は、暗闇へと落ちた心に光を燈してくれたからだった。

 でも、今は違う。

 彼女が笑えば心が弾む。そして、共に歩んでいけるアリシア、ゼイガンがいる事は素直に嬉しかった。だからここにいるのだ。

 聖王国ストレインとルストの戦争を止めるためでは決してない。ただイリス達がここにいるから、カナデはこの場にいるのだ。

「カナデは……実は弱い人なんだね」

 しばらく思考に耽っているカナデへと、アリシアは薄っすらと微笑んで述べる。

 弱いと言われる事は騎士として許容できる言葉ではないが、なぜか不思議と不快には思わなかった。それはおそらく事実だからだろう。

 イリスのように真っ直ぐに進む力もなければ、ゼイガンのように割り切る事も出来ない。それでもこの世界で生きていくためには進むしかないのだ。もうカナデは走り出してしまったのだから。

「でも、大丈夫。私も弱いから――」

 アリシアは言葉を掛け続けてくれた。ただカナデのために。

 だからカナデは言葉を待ち続ける。彼女がどんな気持ちでいるのかを知るために。共に歩んで行く友を知るために。

「支え合って行こう。答えはいつか分かるよ」

 それがアリシアの答えだった。

 力なき者はお互いに寄り添って、補いあって進むべきだというのだろう。

「そうだな。二人でなら……いや、ゼイガンも含めて三人なら大丈夫だ。何があっても……イリスが進む道を歪めることなく付いていける」

 答えを教えてくれた彼女に応えるために、カナデは振り向くと共に言葉を紡ぐ。

 振り向いた先に立ち尽くすアリシアは、肯定されたのが嬉しいのか、満面の笑顔を浮かべて強く頷く。頷いた瞬間に輝いたのは、彼女の銀色に輝く艶やかな髪だった。そんなアリシアの姿は、イリスとはまた違う意味で魅力的だった。

 そう。

 自身が男性であったのなら、笑顔一つで惹かれてしまうくらいに輝いて見えたのだ。一人の女性としては敗北感が胸を掠めるが、光に照らされて輝く友の姿を、素直に賞賛したい気分だった。

「ずっと一緒だよ。先に死んだら……許さないんだからね」

 カナデが何を考えているのかを知ってか知らずか。

 アリシアは浮かべた笑みを引き締めて蒼い瞳を、カナデの漆黒の瞳に重ねる。彼女の穢れ無き瞳に映る自身の姿は、確認するまでもなく困ったような表情を浮かべている。

 カナデの代償は命。

 このまま戦い続ければ一年持つかどうか。いや、もっと短いかもしれないのだ。友として心が近づけば近づく程に、この命が燃え尽きた時にアリシアは悲しむのだろう。

 ――当然、イリスも。

 可能であれば、ずっと一緒に歩んで行きたい。だが、それは叶わないのだ。カナデは人ならざる者なのだから。汚染者と差別する者達の言葉を借りるなら「化け物」なのだ。

「約束は出来ない。だが……最後の一瞬までは共に歩むと誓おう。何があっても」

 言葉を選んだ後に出たのは、誓いの言葉だった。

 ロスティアの騎士らしく、そして自分らしく。決して歪む事のない、騎士の誇りに誓って。

「約束だよ。カナデ」

 言葉を受け入れたアリシアは囁く様に呟いて、その小さな体をカナデへと、まるで倒れ込むようにして傾ける。

 この穢れた体で受け止めなければ、アリシアは短い草が生い茂る地面へと、その身を叩きつけてしまうだろう。それはよく分かっていた。叶うのならこの身で受け止めたいと思う。

 しかし、この呪われた体で受ける訳にはいかないカナデは素早く、まるで向けられた刃を避けるかのように、左側に捻って避けようと試みる。

 だが、それはあまりにも遅かった。迫るアリシアは、逃れようとするカナデの腰へと、細い腕を巻きつけるようにして捉えていた。どうやら心を、体を触れ合う事を恐れ逃げようとするカナデを見逃す気はないらしい。

 カナデの今後を想って、彼女は捕まえてくれたのだ。臆するカナデが、人と向き合えるようにと。

「お前は……強引だな」

 もはや逃げる事は叶わないカナデは苦笑して呟く。

 ――その瞬間。

 感じたのは一年の長きに渡って得られなかった、人の温もり。もう触れる事は叶わないのだと、諦めていた温もりだった。

「そうかもね。でも、言ったよね。私はイリスくらいにしつこいよ。それに知っていて欲しいんだ。カナデの心が晴れる事を願っている人は……イリス以外にもいるんだって」

 温もりの正体であるアリシアは、その小さな体を預けて、はっきりと述べた。

 身に触れた確かな熱と届いた言葉は、カナデの心を揺り動かす。

 もっと触れていたいと願う心と、これ以上は触れてはいけないという心がぶつかり、内側からカナデの器を破壊するかのように暴れ回る。

 しかし、相反する想いが内に膨らんだとしても、結局、選ぶ答えは決まっているのだ。カナデは汚染者なのだから。触れ合う事は極力避けねばならない。衣服越しでは大丈夫なのだとしても。

「アリシア、気持ちは分かった。友として……嬉しく思う」

 まだ温もりに触れていたいとは思うが、その気持ちを心に押し込めたカナデは、そっとアリシアの細い肩へと手を置く。これで分かってくれる事だろう。

 どうやら正確に伝わったらしく、アリシアはそっとその身を放す。

 そして――

「友としてか……。うん、そうだよね」

 ぽつりと呟いた。

 うつむいた幼い顔は、いつもの笑顔ではなくて曇っているような気がする。

 だが、その理由が分からなかった。カナデは友として嬉しく思うと述べたのだから。それは喜ばしい事ではないのか。

 そんな疑問を浮かべていると。

 アリシアはうつむいていた表情を上げて――

「私の事も――一つ教えてあげる」

 今まで見た事もないような、真剣な表情で言った。

 何か重要な事を教えてくれるらしいが、何を告げるのかはまるで予想が出来ない。そんなカナデを見つめたアリシアは、一度深呼吸をして。

「私は男性に恋はしないの。どうしてなのか……好きになってしまうのは女性なんだ」

 さらりととんでもない事を口にした。

「……」

 当然、カナデは返す言葉が見つからない。

 そして、今さらになって、彼女の行動と言葉の意味を理解する。すでには遅いのかもしれないが。

「先に戻ってるよ。カナデも……落ち着いたら来てね」

 呆気に取られて固まるカナデに掛けられたのは、そんな言葉だった。

 言葉を発したアリシアは耳まで真っ赤に染め上げている。だが、そんな彼女を見られたのは一瞬だった。すぐにアリシアがカナデに背を向けたからだ。そして、言葉通りにドアノブを回して、その身を休憩所たる一軒家に滑り込ませてしまった。

 状況に今でも付いていけないカナデは、ドアが閉まる音を耳にした瞬間になって、ようやく我に返る事が出来たのだから困ったものだ。

「私に……どうしろと」

 異性に気持ちを伝えられても困るが、同性であればさらにどう対応したらいいものか。しかもまだ知り合って、ようやく心が打ち解けてきたばかりの相手なのだから。

 しかし、彼女の温もりは今もこの胸に残っている。それは一年ぶりに感じた温もりだからなのか、それともアリシアの温もりだったからなのか。

 その理由はカナデには分からなかった。

(まあ……後々考えればいいか)

 心中で、そう結論を出したカナデは一歩を進む。戻るべき場所へと、戻るために。

 そんなカナデの背中へと向けられたのは――

「人の心は……不思議だね」

 幼いようで、それでいてどこか大人びた感じのする不思議な声。カナデはその声を聞くのはこれで二度目となるが、決して忘れる事は出来ない声だった。

「何が望みだ」

 カナデは震える体を叱咤して、震える右手に氷装具を形成する。彼女の前では無意味なのかもしれないが、抗う力があるのならカナデは最後まで戦うつもりだ。

「戦う気はないよ。だから……それはいらないよ」

 しかし、背後で佇む少女はカナデを否定する。いや、カナデだけではなくて、戦う意志のある者全てを否定しているように聞こえた。

 言葉を受けたカナデは、一度深呼吸をして心を落ち着かせると――

「もしその言葉に間違いがないのなら。なぜ、あの騎士を殺した?」

 振り向いて問う。

 振り向いた先に立っていたのは、やはり以前会った真っ白な少女だった。

 だが、以前と違うのは、その胸に小さな氷雪種を抱いている事くらいだろうか。それが何を意味しているのかは分からないが。

 それよりもカナデが気になる事は、この少女が戦うつもりがないというのならば、なぜカナデを襲った騎士を殺したのか。そして、なぜ歌を奏でて花を、木々を、そしてアリシア達を、氷の結晶にしようとしたのか。

 その理由を知りたいと思う。知らないまま、この少女とこれ以上関わるのは無理なような気がするのだ。

「殺す? そう。それがあなた達の考え方なんだ」

 問いを受けた少女は、一度小首を傾げてから、人差し指を唇に当てて述べた。

 その仕草は見た目通りに幼くて、どこか可愛らしい。一瞬、心が緩みそうになる事を必死で抑えたカナデは何とか声を絞り出す。

「お前はどう考えるんだ?」

 考え方が違うというのであれば、教えて欲しい。そして、まるで言葉が通じていないかのような違和感を払拭したいと思ったのだ。

 そんなカナデに向けられたのは――

「私の望みは繋がる事。そして、あなた達を知る事」

 迷いなき少女の言葉。

 ふざけている様子はまるでないが、言葉を耳にしたカナデは予想する事でしか少女の言葉を理解する事は出来ない。おそらく繋がるという言葉が凍らす事で、知るという事はこうして対話する事なのだろうか。それが、カナデが到達した答えだった。

「こうして話す事で、何か分かったのか?」

 少女の反応からすると、不足しているであろう事は、大よその予想がつく。

 だが、とりあえずカナデは問うてみた。正直な事を言うならば、そろそろ全身が冷えてきたので戻りたいと思う。カナデからすれば、この少女と話す義理はないのだから。これで関わる事がないとういうのであれば、それで十分だった。

「ううん。まだ分からない。でも、あなたの心は面白い。澄んだ音色を響かせたり、耳に悪い音色を――そう、まるで『不協和音』を響かせたり。本当のあなたは、どっち?」

 しかし、少女は逃がしてはくれなかった。

 ただ自身が思った事を、自身の分かる言葉で問うだけだった。それだけ彼女の中で知識が、そして情報が不足しているのかもしれない。

「どちらでもない。揺らがない人間なんていないのだからな。それは世界も同じだと……思う」

 だからこそ、カナデは言葉を少女に伝える。

 理解するかどうかは分からない。だが、もうこれ以上、誰かが意味なく氷の結晶となる事は避けたいと思うから。

 しかし、やはり伝わらなかったようで――

「そう。まだ私には分からない事ばかり。だから、また来るよ。でも、次はもっと人が多い所で会うと思う。そう――数多の想いと、戦いの音色が鳴り響く場所で。そこに私の求める答えがあるから」

 少女は言葉を残すと共に、その姿を以前と同じように白き霧の姿へと霧散させた。好きな場所に現れて、そして好きなように動く少女。そんな少女は、どこまでも身勝手だった。しかし、不思議と悪意は感じないから不思議だ。

「イリスに……似てるからかな」

 悪意を感じない理由を、カナデはぽつりと呟く。

 口から漏れ出た言葉は、すんなりと心へと落ちて、自然と馴染んでいく。イリスにしても、あの少女にしても、ただ自分が成したい事をしているだけなのだ。それを善とも悪とも言えないと思ったのだ。

 だが、戦場で会うというのであれば、そして自身の道を阻むというのであれば、再び刃を向けなければならないだろう。理解して欲しいとは思わない。

 それでも願う事ならば自身の刃があの少女に向く事がない事を、密かに願わずにはいられないカナデだった。


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