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氷結の歌姫  作者: 粉雪草
第一部 たとえ失ったとしても
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第三話 (七)

 カストア砦を出立した一向が向かったのは南東の方角に見える、王都ルスティア。

 城塞都市シェリティアに名前が似ているのは、おそらく意図的なものだろう。本家に対抗したのか、それとも真なる聖王国を名乗るつもりなのか。その真意は分からない。

 答えを知っていると思われる人間が一名同行しているが、さすがに「本家に対抗したのか?」と質問するような神経は持ち合わせていないカナデ。

 そんな彼女が歩いているのは、整備が成された街道。

 聖王国ストレインから距離が離れているだけはあり、舞い散る雪もまばらで、街道の左右に短く生えた草花に雪が積もっているような事はない。カストア砦へと物資を運ぶには適した街道だと言えるだろうか。

 このまま王都まで突き進むのか。そんな疑問を持ちながらも、カナデは空を見上げる。

 疑問が脳裏に浮かんだ理由は、すでに空は夕焼けを通り越して、闇に飲み込まれているからだ。つまりは聖王国ストレインから出て、丸二日歩いているという事になる。

 普段から鍛錬を積んでいる一行は平気だが、姫であるイリスが大丈夫かどうか。そんな不安が心中を駆け抜けた時に。

「――今夜はあちらで」

 先頭を進む軍法衣を身に纏うシオンが、ランプを持っていない左手で、とある場所を指差した。

(中継地点……休憩所みたいなものか)

 カナデは案内人であるシオンが指差した場所、彼女から見て左手側に見える小高い丘を登った先にある一軒家を見つめる。すかさず休憩所として判断したのは、明らかに人の手が加わっているからだ。

 まず視界に入る、丸太を組んだだけの一軒家は痛んでいるようには見えず、そして一軒家の前方、もう一軒くらい入りそうな広大なる庭には長さが揃った草が生い茂っていた。これは定期的に誰かが手入れをしなければ維持出来ないだろう。

 よほど几帳面な人物が、維持管理している事は一目で分かってしまう空間だった。疲労が溜まりに溜まったカナデにとっては、眼前に広がる雨風を凌げる場は素直にありがたい。毛布などが完備されているかは分からないが、アリシアが背負っているリュックから、毛布を取り出せば一晩くらいなら問題ないだろう。

 賊に獣、氷雪種が現れなければの話ではあるのだが。

「賊の類はいませんね」

 同じ事を考えていたのか、最後尾を歩くゼイガンが独り言のように呟く。休憩所という気が緩む場所を、賊が狙うという話はよく耳にする話だ。

「ここは私とアルフレッド殿が交互に巡回の者を送っているので大丈夫かと。氷雪種については保障出来ませんが」

 老齢なる騎士の言葉を受けたシオンは、とりあえずの安心を保障する。

 氷雪種の出現については、彼にとやかく言っても仕方がないために誰も突っ込む事はない。というよりも口に出したならば、本当に出そうなため「言わないで欲しい」というのが本音だろうか。

 そうカナデが思うのは、イリスと行動を共にしてから二度遭遇しているからだ。三度目がないと断言するのはあきらかに楽観的だろう。特にあの特異なる少女は、近い内に姿を現すような気がしてならない。

「交代で見張れば問題ないわ」

 氷雪種に対する不安を胸に抱いていると、それを敏感に捉えたイリスが、皆へと言葉を掛ける。彼女は皆に守られるように、周囲を取り囲まれるようにして歩いているので、声を掛けるにはうってつけだろう。

 ついでに現在は、案内役のシオンを先頭にして、右にアリシア、左にカナデが続き、中央にイリス、そして最後尾がゼイガンだ。特に決めた訳ではないのだが、自然とこんな隊列となってしまった。今後も問題がなければ、この隊列を維持していく事だろう。

「そうですな。男二人で交互ですかな?」

 姫の言葉を受けたゼイガンが、先頭を進む男へと問う。

 女性三人を休ませようという、彼なりの優しさだろう。

 しかし、カナデは――

「皆で交代だ。万が一に備えて二人ずつで」

 即座に否定する。一緒に旅をするというのならば対等であらねばならない、そう思うからだ。旅に出て剣を取ったのなら、男も女もない。そうカナデは思っているのである。

 だが、提案した理由はそれだけではない。実は確認したいというのか、話したい事があるのだ。しかも皆の前ではなくて、個人的に。

「二人ずつ……。なら、私はどちらにしようかしら」

 そんな事を思っていると、イリスがどこか楽しそうに、夜の番をする相手を選んでいるご様子。どうやらこの姫には、常識という言葉がまるで通じないらしい。

「姫は……番をせずとも良いのですよ」

 見かねたゼイガンが、皆を代表してイリスの背へと言葉を掛ける。

 カナデがチラリと振り返るようにして彼の表情を見ると、表情はにこやかだが、どこか笑みが引きつっているのは、気のせいではないだろう。

「うー。私だけ仲間外れなの」

 そんな事はまるで気づいていないイリスは、肩を落とす始末。

 命令された訳ではなく、むしろ命令する立場にある者が、夜の番をやりたがるというのはいかがなものかと思うが、やはりこんな姿もイリスらしいのかもしれない。

(だから……分からなくなる)

 イリスのいつも通りの姿を、漆黒の瞳に収めたカナデは、何気なく心中で呟く。

 だが、一度心に浮かんだ想いは瞬く間に全身へと広がり、不快な気持ちへと変わるのは時間の問題だった。

(今は……このままで)

 自身では処理できないと判断したカナデは、とりあえずは内に浮かぶ感情を押し殺して、小高い丘へと向けて再び視線を向けたのだった。


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