第二話 (三)
謁見の間。
常に張り詰めた緊張感が漂う城内において、最も気を張らねばならぬ場所である。もっとも無言で整列する騎士二十名に挟まれれば自然と口は一文字に引き結ばれ、心はガチガチに固まってしまうのだが。
そんな生きた心地のしない場にて。
「聖王国ルストへ……私がですか?」
確認するような問いを投げかけたのはゼイガンだ。
いつもの落ち着いた声ではなく、漏れた言葉はどこか戸惑いの色を含んでいる。国交が断絶した隣国へと行けと言われたのだ。ゼイガンでなくとも戸惑うのは当然なのだが。
「ああ。現在、カーマインにはリシェス共和国と同盟を結べないかと動いてもらっている。それが成せれば……ルストへはさらなる圧力をかけるつもりでいる。狙うは無条件降伏。元は同じ国だ。説得は無意味ではないと思っている」
豪奢な玉座へと座る王ラディウスは、ゼイガンの疑問に答えるために言葉を紡ぐ。我が国の南に位置するリシェスの脅威が薄れれば南西部に位置するルストには侵攻しやすい。むしろ共闘する上では何かと都合がいいだろう。
しかし、ゼイガンは即座に足りないと思った。
まずは同盟がそんな簡単に成せるのであれば苦労はしない。そして、何十年と分裂していた国が一緒になるとは思えなかったのだ。よほどの理由がない限りは。
ここで言うよほどの理由とは、例えば北の強国の侵攻に抗うために形だけ一緒になる。あるいは人類の仇敵たる氷雪種に対抗するなどだ。それら二つは一つの国を瞬く間に滅ぼす理由となり得るだろう。それは祖国ロスティアが滅んだ事でゼイガンは骨身へと沁みている。
「リシェスとの同盟は……明日結ばれるでしょう。ご安心を」
王の言葉に疑問を感じるゼイガンの心を読んだかのように呟いたのは一人の男。
王ラディウスの参謀と呼ばれる切れ長の瞳をした貴族の男、カーマインである。
(この男は……どこか怪しい)
ゼイガンは彼の言葉をかみ砕きながら、心中で呟く。
なぜこうも彼の思うように事が進むのか。如何に優秀であったとしても、ここまで上手くいくとは到底思えないのだ。しかし、浮かべた疑問を証明するものはなく、王へと進言する事は不可能である事がどこまでも歯痒い。
「分かりました。私が向かいましょう」
いつまでも無言を貫く訳にはいかないゼイガンは王の、唯一忠誠を誓う姫と同じ深緑の瞳をしっかりと見て言い切る。これも全て姫のためだと、心へと言い聞かせながら。
「よろしい。あなたの護衛ですが……そうですね。アリシア殿、そして汚染者でも連れて行きなさい。汚らわしい者が城下にいては士気が落ちますから」
了承したゼイガンに、言葉を掛けたのは王ではなくて参謀だった。
王以外の者に軽々しく命令さえた事に対して、心中では煮えたぎるような怒りを覚えたが、さすがに長年を生きた心は内なる怒りを留めてくれる。
「このゼイガン。役目を果たし――再びこの地を踏みましょう」
怒りを覚える参謀を視界へと収めたくないゼイガンは頭を垂れて、当たり障りのない言葉を発する。
「頼む。どうにも話が進まない場合は宣戦布告をして帰っても構わん。リシェス共和国の気が変わらん内に終わらせたいのでな」
王ラディウスはすでに戦争をする気でいるらしく、声はどこか固い。
形だけの同盟を結んでいるようなものなのだ。王が焦る気持ちも理解は出来る。そして、不自然な事は言っていないように思える。しかし、ゼイガンは心を埋め尽くす不安をついには拭う事は出来なかった。