後編 (十二)
「一体、何がしたかったのだろうな? お前ならば分かるか、総意者」
霞む視界で空を見上げたドレスティンは、内に浮かんだ疑問を唯一の友と言っても過言ではない少年へと送る。友と語らう時は同じ視線で語りたいと思うが、地に横たわった自身の体は鉛で出来ているかのように重くて動かす事は叶わなかった。
「君は王としての務めを果たした。でも、君の覇道は世界が望んではいなかったんだ。それだけだろう? 人はよくボタンを掛け違える。でも、直す事も出来るのではないかな」
しかし、薄く笑う少年は対して気にした様子もなく淡々と語った。
見た目は少年にしか見えないが、どこか悟ったような口ぶりはやはり総意者の名にふさわしいのかもしれない。
「俺は不器用な人間でな。なかなか直す事が出来ないのだ」
としても、ドレスティンは彼の意見すら聞く気はない。
当然、ストレインの者達が述べた言葉も聞くつもりはない。今の望みといえば敗者は敗者らしく、この場で散る事くらいだろうか。そういう意味では最後を看取ってくれるのが彼である事には感謝すべきだろう。
そう思って重い瞼を閉じた時に。
「そうだろうね。でも、今回は直してもらおうか」
まるで知人に挨拶をするかのような気楽さで総意者は、ドレスティンに向けて『生きろ』と述べた。
「……なに?」
彼ならば分かってくれると思っていたドレスティンは、忙しなく閉じた瞼を開く。
「生きて、一緒に償おう。ボク達なら出来るさ」
その瞬間に彼は漆黒の霧へと霧散して、了承すら取らずに内側へと入ってきた。
「お節介な奴だ。だが、これでは死ねんな」
『そうだよ。君の中で全てを見届けるまでは死なせない。でも、女王イリフィリア・ストレインが道を違えたのならば……ボク達で止めよう。それも悪くないだろう、ドレスティン?』
再び孤独な王に戻るのは辛い所があるが、常に彼がいるというのは心強い気がする。こんな屈強な体をした男が実は寂しさに弱いなどと知れれば皆揃って笑うのだろうが、それも仕方がないのだと思う。
人という存在は『個』では生きられない生き物であるのだから。
「そうだな。あの女王が道を違えるとは思えんが……それでも、誰かが見張っていなければならん。それがグシオン王の務めだと言うのならば従おう」
ゆえに、ドレスティンも彼と共にある事を了承する。
国に戻っても敗戦の責は免れないのだろうが、それでも拾った命を無駄にする事は出来ないのだ。すでにドレスティンは総意者たる少年と生命を共にする存在なのだから。
『少しばかり野心を燃やしていた方が君らしいね。では、行こうか。大陸の統一を成す女王の道筋を見るために』
どうやらすっかり内側にいる事に馴染んだ様子の総意者。
だが、不思議と不快に思わなかったドレスティンは、鉛のように重い体を立ち上がらせたのだった。




