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氷結の歌姫  作者: 粉雪草
第三部 戦場に咲いた小さな花
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後編 (十)


 城塞都市シェリティアの北側にて中隊歩兵陣形を組んでいるのは、汚染者セドリックとフィーメア神国の代表である教皇を中心とした部隊。

 一列目に主戦力となる精鋭と共にセドリックを、二列目は戦争についての知識が豊富な教皇を司令塔として配置、三列目はリシェス共和国の将軍が担当する事になっている。

 三国の代表がそれぞれの列を担当すると思えば聞こえはいいのかもしれないが、実際は寄せ集めという見かたの方が強いだろうか。

 だとしても、最後の防衛線を託されたセドリックは、女王の愛らしい笑顔に再び出会うために内なる力を一つの形として顕現させる。大鎌に小銃とセドリックが知り得ている中で数多の形が存在する氷装具ではあるが、セドリックが形作る武器は一般的な長剣だ。

 元騎士である事を思えば使い慣れた長剣である事はありがたい。しかし、同時にこうも標準的な武器が出てくると自身が『特別』な存在ではない事を思い知らされる。

 別段特別な人物だと思う必要はないのかもしれない。だが、セドリックは女王イリフィリア・ストレインと共に歩む事を選んだ者。世界には二人と存在しない貴重な男が凡人とあっては、いい笑い種だろう。

 だからこそ、今まさに始まろうとしている戦いに全てを賭けようと思う。今の今まで負けなしと言われる猛将ドレスティンを前にして、ストレインに勝利を届けて見せるのだ。

 ただの一回で信頼が得られるとは思っていない。としても、勝利を積み重ねる事には意味があると思うのだ。

「氷雪種は俺が止める。各位は教皇の合図を待って――攻勢に移れ!」

 ならば、行動にて証明見せる他なく。

 セドリックは即座に両手に握った氷剣を横投げの要領で左右へと投擲する。

 次の瞬間に戦場に響いたのは聞き慣れた音色。どこまでも涼やかで澄んだ音色が鳴り響いて、遥か高みまで届く様な氷の城壁を形成せしめたのだ。

 城壁という言葉を用いたが、生み出した壁が防ぐのは同じく氷で出来た四肢を有する化け物だ。氷結の歌姫のおかげもあって氷雪種が与える印象もだいぶ変わってきたとは思う。

 だが、こちらに牙を向けるとなれば話は別だ。

 特に汚染者以外の者が氷雪種と戦う事は得策ではないと判断したセドリックは、とりあえずは足止めという選択をしたのである。

 その目論見は数秒の内で有効だと証明された。人であれば即座に迂回するという選択を取ったのだろうが、ただ一つの目的のみしか頭にないらしい氷雪種は、重厚な体を氷の壁へと衝突させたのだ。さすがに左右それぞれ五千にまで膨れ上がった獣が正面から身をぶつけていけば、氷壁であっても耐えられない事は誰でも予想出来る。

 だが、敵の動きが予想出来ているならば話は簡単だ。氷壁が崩壊する以前に新たな氷剣を形成し、補強してあげれば事足りる。としても、こちらはただの一人。

 もって数十分が限界だろう。

「相手は精鋭揃い。正面からの矢は有効とはならないでしょう。ですが、これならばいかかですか?」

 与えられた限られた時間の中で、策を展開していくのはフィーメア神国の教皇。

 まるで詩でも朗読しているのかと思う程に、澱みなく言葉を紡いだ教皇はゆっくりと片手を上げた。教皇の動作を一度振り返る事で確認したセドリックは、自身の代償である『心』を捧げて氷剣を生み出していく。

 同時に戦場に轟いたのは、耳を塞ぐたくなる程の乱暴な音とボウガンの射出音。

 乱暴な音の正体はグシオン連合国によって開発された『小銃』という名前の兵器だ。以前の戦いで鹵獲ろかくした物を元にして、鍛冶師であるセドリックとクロエによって完成された小銃である。

 僅か一年で完成まで辿り着けたのはクロエの氷装具が同じ小銃である事と、他国にまで名が広まっている鍛冶師二人が協力をしたからだ。

 その日々を思うと懐かしいと感じてしまうセドリックではあるが、今はその効果の程を見るのが先だろう。矢であれば尽く弾き返す精鋭達に小銃は効果があるのか。

 それもただ正面から射出した訳ではない。

 確かにセドリックが指揮をする一列目の騎士達は、腰に固定しているボウガンを引き抜いて矢を放っている。だが、それは意識を矢に集中させるための囮に過ぎない。

 本命は平原に穿った穴に身を潜めていた総勢千名による射撃である。グシオン連合国が城塞都市シェリティアに向けて最短の道を進軍してくると予想したセドリック達は、折を見て潜ませていた小銃部隊で奇襲をかける手筈だったのだ。

 なぜ最短の道を進んでくると予想したのかは、そこにセドリック達が布陣しているからだ。確かに迂回するという手段はある。だが、迂回をしたならば無駄に時間を浪費し、最悪は振り切ったイリス達が追いついてくる可能性すらある。ならば、グシオン連合国からすれば正面に位置する部隊を殲滅すると同時に、城を占拠した方が効率的と思える。

 そんな豪快な戦術が取る事が出来るのは氷雪種という戦力がいるためであるのは明らかだが、セドリック達は無い物ねだりをしている暇などは当然ない。今は自身が出来る事に意識を集中するべきだろう。

 思考を進めている間にも鳴り響いて止まないのが、ボウガンと小銃が奏でる異色の音色。

 ――そして。

 さらに加わったのが金属が擦れる甲高い音色だった。それは言うまでもなく、グシオン連合国の兵が放たれたボウガンの矢を弾き飛ばした音だ。中には小銃の弾丸すら切り裂く者がいるのは驚愕に値するが、さすがに限界があるらしく。

 金属音に混じって苦渋に満ちた声が上がり始める。ようやく小銃の戦果が出始めたという訳だ。

「このまま続けなさい! 彼らを陣に接触させてはいけません」

 眼前に展開された戦果に眉一つ動かした様子のない教皇は続けて指示を送る。

 冷静さと冷酷さの二つを兼ね揃えた司令塔の様子に、現状では何の不満もないセドリックはこのまま難なく戦いが終わってくれる事を祈る。

 だが、天へと送った祈りは、どうやら届く前に霧散してしまったようで。

 直視したくはない現実が眼前へと展開した。それは一言で表現するならば理不尽な暴力だった。まるで教本を読み込んで必勝の策を練り込んだ者を小馬鹿にする光景と言っても差し支えはないだろう。

 それもその筈で。こちらが切り札と断言してもいい小銃部隊を投入した瞬間に、漆黒の霧が立ち込めたというのだから。

 としても、展開された光景は事前に予想していた可能性の一つではある。グシオン連合国が氷雪種を従えている時点で、戦いを決定付けるのはの存在だろうと思っていたからだ。

 しかし、ここまで計ったような時機に投入されれば全体の士気に関わる。そう思った瞬間に士気の低下を知らせる絶叫が戦場を駆け抜けた。

 突如出現した氷雪種の突撃を受けて小銃部隊が氷の結晶へと姿を変えられてしまったのだ。おそらく上がった絶叫は命を失った者だけでなく、容易に信じる事は叶わない光景を見てしまった者の声も混じっていた事だろう。

 何とかしなければ全滅する。焦る中でセドリックは思考を進めていくと。

「……壁が」

 すぐ隣から震えた声が届く。

 この場合で『壁』と呼べるものは一つしかない。どうやら限界を迎えた氷壁が粉々に破砕されてしまったようだ。しかし、その光景をセドリックは見ない。

 正確に言えば、その余裕がないのだ。氷雪種の援護を受けたドレスティンの部隊が、すでに十メートル付近にまで接近しているからだ。今さら矢を放っても効果が薄い事はセドリックでも分かる。

「眼前に氷壁を作る! 態勢を整えろ。イリスが到着するまで持ちこたえるぞ」

 ならば、剣にて戦う他にないと判断したセドリックは、氷剣を五メートル先の地面を狙って投擲する。

 選んだ道は防衛戦。元々は三列を入れ替えて持久戦に持ち込む陣である事を思えば、選択としては間違っていないだろう。それだけでなく、そもそもストレインは防衛側だ。無理に攻める事無く、皆の心の希望といってもいい女王を待つべきだろう。

 想いを受け取った氷剣は、しばしの間を稼ぐ透き通った城壁を形成せしめる。

 一度、二度。

 氷雪種の体当たりと煌めいた剣閃が壁を揺らすが、その程度ではセドリックの氷壁が壊れる事はない。そんな中で聞こえたのは――

「セドリック殿! 女王が!」

 側近の慌てたような声だった。

 聞き取った内容だけでは正確な意味は分からないが、幸いにも展開された壁は遥か遠方を見渡せる程に澄んでいる。ゆえに、グシオン連合国の部隊を追うように駆ける、淡い金色の髪をなびかせている少女の姿をすぐに捉える事が出来た。

 その瞬間。

 先ほど発したセドリックの言葉が功を成したようで、待ち望んだ王の帰還は全ての兵の心を奮い立たせていく。

(やはりお前には敵わないな。俺の心だけでなく、皆の心にも光を燈せるのだから)

 全ての兵が発する熱を全身で感じたセドリックは、愛した女性に向けて柔らかく微笑んだのだった。


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