【とある学校のとある山岳部の物語2】
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『1話』
先日は無事に(色々あったけれど)富士山登頂を達成し、また平凡な日常が始まる。
「こんにちはー」
部室のドアを開けるとそこにはいつものメンバーが揃っていた。
椅子に座り読書をしているツインテールの中学一年生の古賀さゆりさん。
首輪を持って犬のしつけ方の本を熱心に読んでいる高校一年生で同級生の長谷部希さん。
そして手に持った何かの紙に目を通している部長で高校三年生の須藤愛子先輩。
「あ、工藤君ちょうどいいところに」
そう言って手招きする須藤先輩。
「なんですか?」
「えっとね。他の部活でENJOYしてみないかっていう用紙が配られたんだけど」
「先輩、省略しすぎてて何がなんだかさっぱりわかりません・・・」
きっと手に持ってる用紙には詳しく、しっかりと書いてあることだろう。
「毎年の恒例行事で他の部活との交流の為に三日間だけ色々な部活に体験入部できるみたいですよ」
と古賀さんのわかりやすい説明が入る。
「ということでさゆりちゃんと工藤君でこのリストに書いてある部活回ってきてね☆」
そう言われて須藤先輩から一枚の紙手渡される。
「あれ、先輩と長谷部さんは来ないんですか?」
「私と希ちゃんは山岳部に来てくれた他の部活の人に対応しないといけないからね。だからお願いね~」
「じゃあね、潤一君」
須藤先輩と長谷部さんに見送られ古賀さんと部室を出る。
「えっとリストによると最初は・・・サバイバル研究部?」
「どんな部活なんでしょうか?」
危ない部活に違いない。
引き返そうと思ったがもう、すぐ近くに部室が見えていた。
「大丈夫でしょうか・・・」
不安そうな顔をしている古賀さん。
と、その時。
バンッと部室のドアが開いた。
そして中から完全武装し迷彩服を着た男が数人出てきた。
手にはトランシーバーらしきものを持っている。
「こちら『スク水L・O・V・E愛してるっ!』部隊、そちらの戦況はどうだ?」
「くっ、やばいな、もうここはもちそうにも・・・ぐはっ」
「お、おいっ、応答しろっ!!」
「くそっまずいな、このままでは前線が・・・」
「隊長、こんなところに一般市民が二人います!」
「なにっ!?女子は部室に男子は銃を持たせろ!」
無茶苦茶だ・・・
「あっ、工藤先輩!」
「古賀さん!」
古賀さんがサバイバル研究部の部室に連れていかれる。
「よし、彼女は安全な場所に避難させた。さぁ早く君も銃を持つんだ!」
そして一時間後。
「ハァハァ・・・初めてですよ、こんなにエアガン撃ったの・・・」
「よくやったぞ新人、中々良かったじゃないか。君を『メイドさんは国の宝』部隊の隊長に推薦しよう!さぁここに君の名前を書くのだ!」
明らかに入部届けにしか見えない・・・
その後はどうにか古賀さんを助け出しそのまま逃げました。
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『2話』
部活体験入部二日目。
どうやらリストによると今日は二つで最初はクイズ同好会らしい。
「でも昨日みたいに危険じゃなさそうで良かったね」
「そうですね」
どうやら昨日、古賀さんはサバイバル研究部室でずっとお茶を飲んでいたらしい。
何もなくて本当に良かった・・・
「あっ、ここみたいですよ。工藤先輩」
古賀さんが指差すところにクイズ同好会と書いてある部屋があった。
ドアをノックして失礼しますと言って開けると、
「ようこそ!クイズ同好会へ!」
「さぁ、早くこちらへ!」
いきなり近くの席に座らせられる。
「さぁ始まりました!第一回クイズ王決定戦~」
どうやら強制参加型という新しい形式のクイズ大会らしい。
しかも周りにはクイズ同好会メンバーしか参加していない・・・
「ルールは簡単。ただ二人一組でクイズに正解するだけ。なんと参加者全員の方にミミズ一週間分などの豪華商品もプレゼントです☆もちろん優勝者になった方にも別に景品付きですので~」
そんな全員サービスはいらないです・・・
「ではさっそく第一問、昔話でお馴染みの桃太郎。お供に連れたのは猿と雉と何?」
あれ?意外と普通の易しい問題だな。
てっきり変な問題がくるかなと思ってたのに・・・
「時間です。正解はこちら犬です。お~八割くらいの方が正解ですね~」
あと二割はどこに・・・
「残念ながら魚や豚じゃないですね~」
そのお供は絶対に食料目的な気がするな。
「では第二問、あなたは犬派それとも猫派?」
「あの、それもう問題じゃないですよね!?」
「質問はダメですよー」
何なんだろう、このクイズは・・・
「はい、では正解は猫です」
「えと、何を基準に・・・?」
「もちろん私の観点ですが何か?」
「いえ、なんでもないです・・・」
そのまま問題は続き、結局優勝してしまった。
「優勝は工藤&古賀ペアです!」
「あ、ありがとうございます」
おどおどと古賀さんが優勝賞品の・・・なんだろうこれは?
四角いプラスチックの箱の中には大きな赤色の花が入っていた。
「優勝した工藤&古賀ペアには世界最大級の花、ラフレシアが贈呈されます!」
「これ返品してもいいですか?」
「なぜですか!?その花三日後には枯れてしまうんですよ!」
そんなもの渡されてもなぁ。
でも隣でゴキ20匹セットをもらってる人よりはましかな・・・
とりあえずラフレシアは隣の人にあげて次の部活へと向かいました。
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『3話』
クイズ同好会を出て、次の部活体験の予定を確認する。
先輩からもらった紙にはパソコン部と書いてあった。
パソコン室前に着きノックして入ると、
「ああ、こんにちは。体験入部の人だね」
眼鏡をかけた部長らしき人が声をかけてきた。
「ちょうど今、僕たちが開発したゲームの試作品が出来たんだけどもし良かったら体験してみないかい?」
「は、はい」
席に座りパソコンの画面を見る。
どうやらRPGゲームらしい。
さっそく名前などを入力して冒険に出発。
ステータス
HP1/100
「すみません、いきなり瀕死状態なんですけど」
「あぁ、まだ試作品だからね。バグもあるから」
「そうですか・・・」
仕方ないのでそのままカーソルで画面のキャラクターを移動させる。
・・・死亡
「動いた瞬間お亡くなりになったんですけど・・・」
「ほ、ほら人も歩いたらカロリー消費するのと同じだと思うよ」
「いや、これ完璧に毒状態ですよね!?」
「まぁまぁ、ほらやり直して・・・」
「キャアッ!」
突然、隣で古賀さんが悲鳴をあげて部室から出ていってしまった。
「どうしたんですか?」
近くのパソコン部員の人に聞く。
「どうやらこの『ゾンビとラブゲーム』というギャルをゾンビにしたギャルゲーが気に入らなかったらしい」
一体誰得なゲームなんだろうか・・・?
少し気になって古賀さんがやっていたゲーム画面を見ると、主人公がゾンビを口説くシーンで止まっていた。
選択肢を見ると、親密度を上げる選択肢を選べというもので、
1ハグする
2キスする
3ハッスルする
確かに迷わず4のにげるを選ぶかなこれは・・・
「さぁ早く続きを」
古賀さんのことが気になるけど仕方ないのである程度のとこまでやってから出ようかな。
ボス大魔王出現。
「レベル1でボス出てきちゃったんですけど!?」
「おぉ、頑張るんだ!最後にはお姫様との桃源郷が待ってるぞ!」
「でもさすがにレベル1じゃ・・・」
大魔王の攻撃。
テレパシー発動。
大魔王は勇者の心に共感し自ら命を絶った。
「勇者が大魔王倒して悲しんでるゲーム初めてみました・・・」
そして画面にはスペシャルデータが閲覧出来るようになりましたと出てきた。
クリックすると、画面いっぱいに
『今夜は寝かさな・い・ぞ☆』
とお姫様ドレスを着たゾンビのセクシーショット。
す、すごい・・・
本当に色々なところがまる見えだ・・・
迷わず4の選択肢でパソコン部を後にしました。
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『4話』
体験入部最終日。
どうやら古賀さんは昨日のせいかあまり元気が無いようだ。
「だ大丈夫、古賀さん・・・?」
「は、はい」
「えっと、今日の部活は戦国部・・・?」
「体育館で活動してるみたいですね」
「行ってみようか」
「はいっ」
体育館前。
なんだか扉越しからは騒がしい音が聞こえてくる。
そして扉を開けると
「今夜は戦前の無礼講だ!飲め!踊れ!」
ジュースや菓子で宴会をしていた・・・
「よし古賀さん、帰ろうか」
「そこにいるのは誰だ!?」
見つかってしまった・・・
「あ、あなたは・・・!」
「姫が応援に来て下さったぞー!!」
「「姫?」」
「まぁなんてみすぼらしいお姿で・・・さぁ早くこちらへ!」
そして連れて行かれる古賀さん。
なんかこんなのが前にもあったような・・・
数分後。
「おぉ、なんと素晴らしいお姿なんだっ・・・」
「姫の為にこの命捧げましょう!」
そこには着物姿で可憐な古賀さんがいた。
「あ、あの工藤先輩。これ似合ってますか?」
とちょっと恥ずかしがりながらうつむく古賀さん。
「う、うん。とても似合ってると思うよ」
「良かったぁ。工藤先輩も甲冑姿とても似合ってますよ」
うん、なんで着せられたんだろうな・・・
その時、カンッカンッと金属音が体育館内に響く。
「敵襲ー!!三国部の奴らが北から進行!」
「何っ!?奇襲だー!姫をお守りしろ!!」
「姫、私は今貴方の為に戦いに・・・ぐはっ」
おもちゃの矢が無数に飛んでくる。
「何してる。早くお前も行ってこい!」
そして手渡されるプラスチック製の薙刀。
「まぁ、こうなりますよね・・・」
その後、落城する前に姫と逃げました。
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『5話』
三日間の体験入部も終わり、やっと今日から山岳部に復帰。
「こんにちはー」
「あ、やっと来た潤一君」
「まだ長谷部さんだけ?」
「さゆちゃんは風邪ひいちゃって愛子先輩は用事があるって」
古賀さんはきっと疲れが出たんだろうな。
須藤先輩はどうしたのだろう?
「でさ、今日このあと潤一君空いてる?」
「うん、とくに何もないよ」
「じゃあちょっとデートしよっか♪」
「・・・えっ?」
そしてそのまま連れて来られた場所は・・・動物ふれあいパーク?
「ここ、一度来てみたかったんだー」
無邪気に笑う長谷部さん。
「でもなんで急に?」
「だって潤一君と二人きりになる機会って無かったし・・・」
「ん?」
小声でうまく聞きとれなかった。
「あっ、モルモットだぁ。可愛い~」
「餌あげられるみたいだね」
「モキュモキュしてるー」
こうして見ると長谷部さんも可愛い女の子なんだけど・・・
「はいっ、潤一君もあーん」
モルモット用の餌を差し出してくる長谷部さん。
これがなければなぁ・・・
日も暮れてきて辺りも薄暗くなってきた。
「じゃあそろそろ帰ろうか」
「そうだね、今日は楽しかったよ。ありがとう潤一君」
にっこり笑う長谷部さんに思わずドキッとしてしまった。
そして暗闇に光る無数の目にもドキッとする・・・
すぐにパンフレットを確認すると、注意事項にこう書いてあった。
『園内はたくさんの人と動物が触れ合っていただけるよう色々な動物を放し飼いにしております。豹、虎、ライオンはもちろん珍しい動物も園内にいるので詳しくは係員にお尋ね下さい』
それは放し飼いにしてはいけないと思う・・・
サファリパークとは聞いてなかったので全速力で出口まで走りました。
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『6話』
「今日はやまびこしに行くよー」
部室にきた須藤先輩の第一声。
「先輩、いつも唐突ですね・・・」
「それが私の取り柄だよ工藤君」
そして、そのまま先輩に連れられて電車で1時間弱。
おそらく1番近くてあまり標高も高くない山に到着。
「愛子先輩。今から山登ってたら日が暮れちゃいますよ?」
長谷部さんの問いに「大丈夫!」と自信満々に言う須藤先輩。
「だってロープウェイで行くもの」
「あれ、この部活って山岳部じゃありませんでしたっけ・・・?」
「いいの、いいの。今日の目的はやまびこをすることだもの」
とりあえずロープウェイに乗り山頂を目指す。
「やまびこは山や谷で反響して聞こえるんだよ。でね昔は山の神が答えたから山彦、樹木の霊が答えたからこだまって呼ばれたり妖怪が答えていたと思われたりしてたんだよー」
ロープウェイで須藤先輩が古賀さんにやまびこについて教えていた。
「なんだかちゃんと調べてくるなんて先輩らしくないですね」
「失礼な、工藤君!私だって二度も間違えたりしないもん!」
なるほど一度目は何かあったんだな・・・
ロープウェイを降りて数分。
玄関に山彦と名札が書いてある家の前にたどり着く。
「先輩。ここですか・・・?」
須藤先輩が「そうだよー」と言ってチャイムを鳴らす。
「どなたかね?」
すぐにシワがれた声で返事が返ってくる。
「やまびこしたいんやけど、あいてまへんか?」
なんで胡散臭い関西弁で喋ってるんだこの人は・・・
「ああ、オーケーオーケー」
そして返事は英語か・・・
ガチャッとドアが開くと中から一人の老人が出てきた。
「紹介するね。こちら初対面で山の神の山彦さん。で私たちは山岳部のメンバーです」
「先輩、それ全く紹介になってませんよ!?」
「まぁまぁ、早く入らんか」
なぜか老人に誘われて家の中に入る山岳部メンバー。
「そこの窓から叫ぶとやまびこができるからやってみんさい」
と老人が近くの窓を指差す。
「やったぁー!」
と跳びはねて先輩が窓に向かう。
「すいません、なんだか急におしかけてしまって・・・」
「いいんじゃよ。それにインターネットで『ここからのやまびこは最高っ!』とツイッターしたのはわしじゃしな」
すごいな、このご老人はこの年齢でツイッターとかやってるのか・・・
すると窓の方で急に須藤先輩が暴れだした。
「ちょっ!?何やってるんですか!」
「な、なんだか愛子先輩、やまびこと喧嘩したみたいで・・・」
必死に須藤先輩を押さえる長谷部さんと古賀さん。
とりあえず帰りのロープウェイでは愚痴を言う先輩にあれは自分の声だとは言い出せなかったのは言うまでもない。
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『7話』
部室に入ると目に飛び込んできたのは須藤先輩のにこやかな笑顔だった。
「工藤君!ハッピーバレンタイン!」
そして顔面にチョコレートケーキが投げ付けられる。
「工藤先輩、大丈夫ですかっ?」
すぐに部室にいた古賀さんがハンカチを持って駆け寄って来てくれる。
「先輩、なんですかこれ・・・」
「だって今日バレンタインデーじゃない?義理だけどいいよね?」
問題はそこではないと思う。
「あれっ?トリックオアトリートだっけ?」
ダメだこの人・・・
「先輩それ色々と間違ってますよ」
バレンタインデーにパイ投げみたいな風習があるのは聞いたことが無い。
「えっ!?おかしいな・・・去年、お父さんは普通に喜んでくれたけど」
ああ・・・娘のチョコにツッコミを入られ無かったんだなぁ・・・
とりあえず部室にある水道で顔を洗い流し、席に座る。
「でも希ちゃんのケーキの方がもっとすごいよね」
「えっ、そんなこと無いですよっ・・・」
慌てて後ろに手を持っていく長谷部さん。
「長谷部さんも誰かにチョコを?」
「う、うん・・・」
そう言って長谷部さんが後ろに隠していたケーキをテーブルに出す。
「本当によく出来てますね」
手作り感はあるが店頭に置いてあっても不思議ではないほどのチョコレートケーキだった。
「あのね・・・これ潤一君に・・・」
ちょっと照れながらケーキを差し出す長谷部さん。
「僕に?ありがとう。さっき須藤先輩から貰ったケーキでお腹いっぱいだから後で家に帰って食べてもいいかな?」
「別にいいけど・・・?」
不自然になったのは長谷部さんのカバンからはみ出てる『犬専用』がどうしても気になったからだ。
ちなみに目を凝らしてパッケージを見ると人が食用とするものでは無いらしい。
危ない危ない・・・
「あれっ、古賀さんも誰かにあげるの?そのわりには数が多いみたいだけど」
古賀さんはピンクや水色の袋をカバンの横にいくつも置いていた。
「いえ、これは友達と交換したチョコレートで友チョコっていうんです。今は逆チョコって言って男の人から女の人に渡すというのもあるみたいですよ」
「へーそうなんだ」
そして先輩の視線が突き刺さる。
「なんですか・・・?」
「いや、工藤君は私たちにチョコレートは無いのかなと」
「先輩、ホワイトデーって知ってます?」
そう聞いてみると須藤先輩は頭に?マークを浮かべて考えていた。
そして、
「工藤君・・・見損なったよ。君がそんなに変態さんだったなんて・・・」
考えた結果がこれだったらしい。
「一体何を想像したんですか!?」
とりあえず先輩に説明して結局いつも通りまともな活動せず帰途に着く。
「工藤先輩っ!」
校門前で不意に呼び止められ振り向くと古賀さんが息を切らしながら駆け寄ってきた。
「どうしたの古賀さん?」
「あ、あの、これ・・・」
おずおずと差し出した手には可愛くラッピングされた箱がちょこんと乗っていた。
「すみません。須藤先輩や長谷部先輩みたいに上手には出来なかったのですが・・・」
手渡された箱の中身は手作りのトリュフチョコレートだった。
「あ、ありがとう・・・今、食べてもいいかな?」
「えっ!?は、はい・・・どうぞ」
箱から一個取り出して食べると、甘い香りが口全体に広がってどんな高級なものも劣るような味がした。
「うん、これすごく美味しいよ!」
「本当ですか?お口に合って良かったですっ!」
古賀さんが手を合わせて子犬のような笑顔を見せた。
自宅に帰り、今日を振り返ってみる。
須藤先輩にチョコレートケーキ投げ付けられるは長谷部さんからは犬専用ケーキを貰ったり、古賀さんからは美味しいチョコを受け取ったりと色々あったが楽しい一日だった。
とりあえず長谷部さんのケーキは一口食べてあとは飼い犬に食べてもらおう・・・
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『8話』
「皆もう揃ってるね~♪」
手に分厚い本を持って部室に現れる須藤先輩。
「先輩それなんですか?」
「ん?百科辞典だよー皆で山の植物について知ろうと思ってね」
先輩から辞典を受け取ってパラパラとめくる。
「あっ、これこの前見ましたよね?」
古賀さんが指差したのは黄色いユリのような花。
「ニッコウキスゲだって。確かに咲いてたね」
よく見ると先日のやまびこで登った山で見かけた花がいくつか載っていた。
「私もこれなら見たよー」
長谷部さんも別の写真を指差す。
「ど、どういうことだ・・・見たことない高山植物ばっかりだ・・・」
この人なんで山登ってるんだろう。
須藤先輩って人自体がわからない・・・
けど、なんだか久しぶりに山岳部って感じがするなぁ。
「見て見て希ちゃん、さゆりちゃん!このキツネ可愛いー」
「わぁー本当に可愛いですねっ!飼ってみたいなぁ」
「むぎゅってしてみたいかも・・・」
早くも脱線してきたな・・・
「ぎゃあああっ!!」
突如、須藤先輩がいきなり近くにあった箒で辞典を叩き出す。
「ど、どうしたんですか先輩っ!?」
「工藤君これっ・・・!」
なるほどハエのページを開いてしまったわけか。
「先輩、これは絵なんですから触っても平気ですよ?」
そう言って手で虫の絵を触ってアピールしてみる。
「きゃあああっ!工藤君の不潔、そいつと一緒に出てけー!あなたなんて・・・大嫌いっ!」
なんだかとんでもない誤解をされそうな発言だ・・・
とりあえず百科辞典を図書室戻してこの件は一件落着しました。
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『9話』
今日から2泊3日の移動教室。
学年の行事なので山岳部メンバーは隣のクラスの長谷部さんしかいない。
そういえば最近はずっと部室にいたからくつろぐ時間があまり無かった。
バスの中で背伸びしながらそんなことを思っていると、クラスの女子一人が前に出てきてマイクを持つ。
「レクリエーションをやりまーす!」
そういえば中学の時によくカラオケとかやったりしたなぁ。
「今から紙を一枚ずつ配るので名前を記入して一つ暴露話しを書いて下さい~」
やっぱり休めそうにもないな。
「今日は怒らないから好きに書いていいぞー」
と担任の先生の声。
書き終えて前にまわすとレクリエーション係が集めてマイクで読みあげる。
「では坂井啓介くんの暴露話しです。一学期に先生のかつら疑惑の噂流しました」
「よし、坂井。宿舎に着いたら先生と面談だ」
「ちょっ!?」
「中村太一くんで、前に先生の名前で保健の永井先生にラブレター送ったの僕です」
「中村、失恋の気持ちをじっくり教えてやるから後で来なさい」
「あんまりだ・・・」
「柳原真二くんから。この間、先生の頭にドアにセットした黒板消しを良い感じでピンポイントでヒットさせました」
「お前ら・・・」
この時間、大半の男子が宿舎での説教を受けることが決定。
宿舎に着き、一時間後。
「あー疲れた~」
「うちの担任、話しが長いんだよなぁ」
続々と説教を受けた男子(ほぼ全員)がぞろぞろと個々の部屋へと戻ってきた。
部屋は二人一組で部屋割りはすでにしてある。
部屋の中は結構豪華で大きな液晶テレビや広い洗面所、そしてふかふかのベッドが一つ・・・?
「ちょっと待て・・・」
なぜシングルベッドが一つしかないのかわからない。
「だるかったなぁー」
そして同じ部屋の高井直也が戻ってきた。
「なぁ女子風呂に興味はないか?」
そして第一声がこれか・・・
「今、説教受けてきたばっかりだろ。それに参加するのなんていないと・・・」
「工藤、それは甘い考えだな」
携帯を取り出し誰かに電話する。
「よぉ、山口」
「なんだ?今から麻雀すると・・・」
「女子風呂覗きに行くんだが一緒に行くよな?」
「当たり前だ」
「・・・」
高井が一度電話を切ってまた別の番号にかける。
「もしもし日村たち今、暇か?」
「今日は疲れたからもう寝るところなんだが」
「女子風呂に」
「3分で行く。待ってろ」
即答出来るこいつらは一体何なんだろう・・・
結局うちのクラス全員が一つの部屋に集まって作戦会議という結果になった。
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『10話』
ということで女子風呂覗き大作戦☆と名付けられ作戦会議が始まった・・・
「さて、ではまずどうやって覗くか意見を述べてくれ!」
高井が部屋いっぱいに埋めつくされた男子向かって叫ぶ。
「宿舎の裏にまわるってのはどうだ?」
「だったら古典的に男子風呂からの方が・・・」
「もう正面から強行突破しかないんじゃないか」
真剣な表情でとんでもない作戦の意見が飛び交う・・・
高井が静かに!と声を張り上げると一斉に沈黙する。
「こちらの情報によると女子風呂には先生二人が交代制で見張っているらしい」
「「「何っ!?」」」
「そこでだ。まずは偵察を送りこみ状況を把握。そして、そうだな・・・『気分悪いやつがいるんですが保健の先生がいなくて』とか言って、場所を教え遠ざける。手薄になったところを突撃というのはどうだ?」
「「「賛成っ!」」」
「よしっ、どうせばれる作戦だ!全員覚悟はいいな!」
「「「よっしゃー!!!」」」
クラスが一つにまとまった瞬間だった。(男子のみ)
「ということで頼むぞ工藤」
ポンッと肩に手を置かれる。
「はい?」
そして同じクラスの沢田と山崎と一緒に偵察に駆り出された。
「なんでこのメンバーなんだ・・・?」
「それは、あれじゃないか。俺は彼女いるし沢田は二次元にしか興味無いからな」
あまり関心がなさそうなメンバーってことか。
「なるほど、じゃあ終わったらそのまま部屋戻ろうかな・・・」
「あと病人だが、俺と一緒の部屋の金田が具合が悪いって言って寝てるからそれでいいだろう」
とりあえず女子風呂の前に着き先生二人を連れ出すことに成功。
そのまま部屋に戻ろうとしたら、
「「「ぎゃぁぁああああっ!?」」」
なぜか背後から男子の叫び声が聞こえてきた・・・
後で聞いた話しによると女子の入る時間はすでに終わっており、他の団体客のボディービルダー研究会の方がポーズをとっていらっしゃったらしいです。
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『11話』
「・・・昨日はやばかったな」
「ああ、もう少しでムキムキのマッチョになるとこだったぜ・・・」
なぜだかうちのクラスの男子だけ、げっそりとして二日目の朝を向かえていた。
「おいおい、皆どうしたんだ。今日こそ昨日の挽回じゃないのか?」
どうやら高井だけはまだ諦めていないようだった・・・
「なぁ、もう止めた方が」
「何言ってるんだ、工藤!今日はあれがある日じゃないかっ!」
「・・・あれ?」
「ああ、今日は山登りがある」
高井が自信たっぷりに言い放つ。
「おい、高井。何か良い案でもあるのか?」
「仲間じゃないか、聞かせろよっ」
昨日失敗したというのにぞろぞろとうちのクラスの男子が集まってくる。
「まぁ待て。お楽しみは最後まで取っておくものだぜ」
そして数時間後。
「では今から山に登りますが、雨が降った影響や獣道を通るので十分注意して登ってくださいね」
拡声器で大まかな注意事項を言うとすぐに山を登り始めた。
しかし、ただの山登りに高井は何を企てているのだろうか?と気になって前を歩く高井に目を向ける。
すると突然、高井の目の前を登っていた女子が派手に転びそうになった。
「きゃあっ!」
「おっと!」
すかさず高井が腕で受け止める。
「柳瀬、大丈夫か?ここらへん石多いから気をつけろよ」
「あ、ありがとう・・・」
端から見れば中々ナイスな行動なのだが、今のはちょっと不自然な感じがした。
すると高井が後ろに待機させていた男子勢に歩み寄る。
「ということで足を引っ掛けて助けることで、女子とのボディータッチ&手を貸すことで自身の好感度アップ&山道なのにスカートはいている女子はパンチラという一石三鳥な方法だっ!」
「おぉっ!すげー!」
「お前天才だよっ!」
「やるじゃねぇか、高井っ」
いやいや最悪じゃないか・・・
というか本当の意味で獣道になったよ・・・
「よし、では俺に続け!」
「「「おうっ!」」」
そしてクラスの男子が前を行く女子に標準を合わせて向かっていった。
結果。
「まぁそうなるよなぁ・・・」
不自然に女子だけが何人も転べば怪しまれるということを考えていなかったらしく、結局はバレて男子全員が荷物持ちという結果に。
しかし、高井と柳瀬ペアがこの一件で付き合い始めたという問題が男子間で闘争を生むものとなったのは意外な結果でした・・・
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『12話』
移動教室もあっという間に最終日。
山岳部にいなかったのにいつもと同じくらい疲れているのは気のせいだろうか・・・
「お、おい。なんか策は無い・・・のか?」
「お前こそ何か無いのかよっ」
「このままでせっかくの移動教室終わりかよ・・・」
「高井はどこにいった!?」
うちのクラスの男子は慌てていた・・・
「皆で集まって何してるんだ?」
そこに今までの作戦実行犯の高井直也が登場。
「高井、女子の楽園に俺達も誘ってくれ!」
男子一同の懇願。
「ああ、スマン。今俺、柳瀬の事で頭いっぱいだから」
「じゃ、頑張れよ」と手をヒラヒラと降って去る高井。
「・・・」
再度頭を悩ませる男子勢。
すると、その中から一人が言い放つ。
「最後の手段で宿舎前で女子をナンパするのはどうだ?」
「「「賛成っ!」」」
藁にもすがるような声で一斉に拳を振り上げる。
そして帰りのバスに乗り込む瞬間を狙い、玄関口に整列。
なんだか卒業式の出迎えを思い浮かべる光景だなぁ・・・
「秋さん、僕を貴女の奴隷にして下さいっ!」
「消えてください・・・」
「真樹っ、俺はもうお前しか見えないっ!」
「あんたさっき横山さんも口説いてたよね・・・?」
「油木さん、僕は幼い時から君のことが」
「私も結城くんのことが・・・」
「「「マジで!?」」」
と、こんな調子で大半の男子はバスの中で寂しく泣いていました・・・
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『13話』
「こんにちはー」
久しぶりの山岳部の部室だからか、ちょっとだけ懐かしい光景が目に飛び込んでくる。
大変忙しい体験入部や移動教室があったからなぁ・・・
「あ、工藤君。今日は部活お休みだよ~」
「えっ、でも皆集まってるのはなぜですか?」
室内には手をヒラヒラさせている須藤先輩、今まで読んでいた本をパタンと閉じる古賀さん、移動教室のお土産を食べている長谷部さんが椅子に座ってちょっとしたお茶会をしていた。
「今から工藤君の家に遊びに行こうかと思って」
「すみません先輩。急用が出来ました」
「レッツゴー♪」
拒否権は無いらしい・・・
そしてそのままズルズルと引きずられて自宅に到着。
「潤一君の家って一軒家なんだね」
「ということは長谷部さんはマンションに住んでるの?」
「うん、だからペットとか飼いたいんだけど無理なんだ・・・」
こちらをじっと見つめるのはちょっと止めてほしい・・・
しかし、こうなってしまったら仕方ないのでリビングまで通す。
「では今から恒例のガサいれを始めたいと思います!」
やっぱり間違えたかな。
「ちょっ、何しようとしてるんですか先輩!?」
「何って・・・友達の部屋来たら絶対にやる行事じゃない?」
それは違うと思います・・・
「さぁ、始めー!」
号令とともに先輩が廊下の方へと走って行ってしまった。
「工藤先輩、これアルバムですか?」
古賀さんが棚にしまってある本を指差す。
「そうだけど、多分見ても面白くないと思うよ?」
「「見たいですっ!」」
なぜか息がピッタリと合う古賀さんと長谷部さん。
「そ、それなら・・・」
棚からアルバムを取り出し、テーブルの上にのせる。
「わぁー可愛いです・・・」
「本当だぁ。潤一君ちっちゃいー」
パラパラとアルバムをめくりながら「あれ?」と長谷部さんが首を傾げる。
「潤一君ってもしかして犬飼ってるの?」
長谷部さんが写真に写っている犬を指して言う。
「うん、今は庭にいるけど」
「わぁ!見てもいいっ!?」
「い、いいけど・・・」
すぐさま庭に直行する長谷部さんに続き、そのあとを追って古賀さんと一緒に庭に出る。
「シェパードだ~」
小屋の近くで長谷部さんがすでに犬とじゃれていた。
「な、なんだか狼に似てますね・・・」
予想していたのと違っていたからか、ちょっと怖がる古賀さん。
「でも警察犬になったりする犬だから賢いんだよ。さゆちゃんもこっちきて触ろうよっ」
じゃれながら手招きするをする長谷部さん。
「うちのルークは比較的大人しいから大丈夫だと思うよ?」
古賀さんの手を引きルークに近寄る。
「へぇ、ルークって言うんだ~。ほらほら、さゆちゃんも」
「は、はい・・・」
恐る恐る伸ばした手にルークが顔を近づけて擦り寄った。
「本当だ、可愛い・・・」
「じゃあ、ルークお手!」
長谷部さんが出した手にしっかりと前足をのせるルーク。
「おかわり!」
なんで長谷部さんは僕に向かって手を差し出してくるんだろう・・・
「まったく・・・何も無いじゃないっ」
そこに須藤先輩がガサいれから帰ってきた。
「男の子の部屋って殺風景でつまらない」
「一体先輩は何を求めてたんですか・・・」
「うーん、例えば実は隠れオタクでフィギュアなんかがコレクションされてる部屋とか?」
「先輩は僕をどんな人間だと思ってるんですか!?」
先輩の思考がちょっと気になったが、先輩の興味が無くなったみたいなので今日のところはこれでお開きになりました。
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『14話』
初春の日差しが暖かく窓から差し込む午後の部室。
きっかけは須藤先輩の一言だった。
「そういえば、富士山に登ってから私たちって山に登ってない・・・よね?」
そう言われればたしかにやまびこの時はロープウェイだったし、移動教室では一応登ったが山岳部のメンバーでは富士山以来、山登りをしていなかった。
「もし行くのであれば、もうすぐ進級ですし新入生も入ってくるから急がないといけないと思いますが・・・」
と、ここで先輩の顔が豹変する。
「進級っ!?」
この人は留年でもするつもりだったのだろうか・・・
「ということはさゆりちゃんは中学二年生、工藤君と希ちゃんは高校二年生、そして私は高校三年生になると?」
「そうなりますね」
「「な、なんだって!?」」
なぜか須藤先輩と長谷部さんが驚きの声をあげていた。
「希ちゃん。私、春から最高学年だって!」
「愛子先輩、新入生くるかもですよっ!」
それから先輩と長谷部さんは二人で夢を膨らませながら語り合っていた。
「でも須藤先輩はそろそろ引退・・・ですよね?」
古賀さんの何気ない一言でまたもや崩壊。
「「な、なんだって!」」
あ、デジャヴ。
「もうそんな時期だったのか・・・」
「愛子先輩っ・・・」
それから二人で肩を抱いて泣いていた・・・
「じゃ、じゃあ今回は先輩の行きたい山にしたらどうですか?あと短い時間を大切にするためにも」
と先輩の背中に声をかけて提案してみる。
「工藤君っ・・・」
先輩が振り向き、上目づかいでこちらに視線を向ける。
「私ね・・・恐山に行ってみたいの」
とりあえず・・・失敗したなぁ。
「須藤先輩・・・その山って死者の霊魂が集まる山じゃ」
「そうだよーだから行ってみたいの!」
先輩の強い要望によりこの日、恐山に行くことが決定しました。
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『15話』
「さぁ~て。何持っていこうかなぁ♪」
今日は明日からの三連休を使って青森に行くための準備をしていた。
部室では僕と先輩と古賀さんが準備をすすめている。
「須藤先輩、予定とかはどうなってるんですか?」
「えっと・・・一日目は自由行動で二日目が恐山登山、三日目が疲れを癒して帰宅かな」
そう答えてまた準備に取り掛かる先輩。
そこにおずおずと古賀さんが質問する。
「でも須藤先輩はなぜ恐山に・・・?」
「だって霊場として有名だから行ってみたかったんだもん」
「うぅ・・・」
そういえば前に旅館に泊まった時も古賀さんは他の人よりも怖がってたからなぁ・・・
「古賀さん。無理しないで、もし行きたくなければ行かなくても・・・」
「いえ、皆で楽しい思い出作りたいので・・・が、頑張ってみますっ」
小さく微笑む古賀さんはとても健気でかわいらしかった。
「愛子先輩出来ましたよ~」
そこへ長谷部さんがいくつかの冊子を持って部室に入ってきた。
「お疲れ様ー。じゃあ一人一つずつ取って中身確認してね」
あぁ、しおりか・・・
しかしザッと目を通すとしっかりとしていて、スケジュールとかも細かく書いてあった。
「あれ?意外にちゃんとしてますね・・・」
「意外とは失礼なっ!」
しかし最後の数ページで一変した。
「先輩・・・これなんですか?」
最後の数ページにはいくつか写真が載っていて、おそらくこれは・・・
「それは参考にと思って載せた恐山の心霊写真だけど?」
やっぱり・・・
古賀さんが写真を見ながら小さく小刻みに震えて硬直しているけど大丈夫だろうか・・・
「ということで今回は全員でいたこファッションでの山登りということで・・・」
やっぱり今回も色々と大変そうです・・・
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『16話』
そんなこんなで翌日の昼ごろ。
「やっとついた~♪」
須藤先輩が荷物をほうり投げ、快晴の空に向かって手を持ち上げて大きく伸びをする。
今は青森県北東部の大湊という駅で、地図上では直線距離で恐山とは10キロくらい離れているところに位置している。
「しかし、ずいぶんと時間かかりましたね」
乗り換えが3回、約6時間くらいで電車に乗っているだけで疲れてしまった。
「愛子先輩以外は高所恐怖症で飛行機に乗れなかったからね」
「私、どうもあのふわっとした浮遊感がダメで・・・」
「私は離陸の時が嫌だなぁ」
そこへ改札から長谷部さんと古賀さんがスーツケースを引っ張って出てきた。
「とりあえず荷物もあるし旅館に行きましょうか」
そして地図を取り出して先を行く先輩についていくとなんだか見覚えのある看板を目にした。
「あ、ここね」
とその看板を指差して先輩が示す。
旅館『あなたに永遠の安らぎを・・・ by口寄せ旅館』に到着。
「なんだか僕は以前にこんな旅館を見たことがある気がするのですが・・・」
「ごめん、先生からメモもらった時、はしゃいで何も見てなかった・・・正直悪かったと思ってます・・・」
そう言って先輩が視線を地面におとす。
「で、でも今回は青森だからきっと・・・」
背後を振り向く長谷部さん。
「・・・」
今にも泣きそうな状態で顔を手で覆う古賀さん。
「あっ、お久しぶりです~」
そして旅館から出てきてこっちに手を振っている足がちょっと透けて見えるお菊さん。
なんだかまた色々と大変そうな予感がします・・・
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『17話』
「さぁさぁ、どうぞこちらへ」
「あの、お菊さんはなぜここにいるんですか・・・?」
女性陣が黙ってうつむいてしまったのでお菊さんに尋ねてみる。
「今はここの女主人をやっているんですよ~」
なるほど、だから前回みたいに白い着物ではなく、ちゃんとした和装なのか。
お菊さんに案内されて旅館に入ると中はとても綺麗で豪華だった。
ちょっとしたホールと受付があって、旅館というよりもホテルなんじゃないかと思うくらいだ。
「立派な旅館だねー」
「そうですねぇ」
須藤先輩と長谷部さんも段々と馴れてきたのか口数が増えてきた。
「最近はよく恐山から来る方も増えてきて頑張ってるんですよっ!」
お菊さんが嬉しそうに微笑んで答える。
しかし恐山から来るお客って・・・
よし、聞かなかったことにしよう。
「そうだっ。お部屋のご案内の前に当旅館の名物のシャーベットはいかがですか?」
「シャーベット?」
古賀さんが僕の後ろから顔を出して聞き返す。
良かった、古賀さんもどうやら完全とは言えないがお菊さんとも打ち解けているみたいだ。
「はい!すごく美味しくて自慢の一品なんですよっ。今、持ってきますね!」
そう言うとお菊さんは奥の方へと消えてしまった。
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『18話』
そして数分後。
「お待たせしました。はい、どうぞ~」
お菊さんがお皿にのったシャーベットを全員に配る。
「えーと・・・お菊さん、一つ質問いいですか?」
「なんでしょうか、潤君?」
「これのモチーフは?」
「青森だからりんごを使って白雪姫を連想するようなシャーベットを作ってみたの、どうかな?」
だからシャーベットの中で小さな物語が出来そうな人形がさしてあるのか。
でも白雪姫って毒りんごじゃ・・・
その組み合わせは合わない気がする・・・
「あ、でもこのシャーベットとても美味しいですねっ!」
一口食べた古賀さんが目を輝かせて言う。
試しに食べてみると、ほどよい甘さが口全体に広がってとろけ、今まで食べたどのりんごよりも美味しく感じた。
「た、確かにすごく美味しいですね・・・」
須藤先輩と長谷部さんも一口だけ口にもっていくとたちまち驚いた表情になった。
「これもっと広めたら絶対に繁盛するよね・・・?」
「シャーベット以外も・・・食べてみたいかもですね」
「ふふっ」とお菊さんが笑うと種明かしをしてくれた。
「そのりんごは庭で私が作ってるんですよ~。それに霊気もいっぱい吸い込んでいるから美味しい実をつけてくれるんですっ」
なるほど、霊気で育ててるりんごなのか・・・
とりあえずこの後は部屋でトランプをやったりしてすぐに時間が経ち、一日目が終了しました。
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『19話』
翌日の早朝。
今日は恐山登山のため朝早くからの出発で、まだ皆眠そうな顔をしている。
お菊さんの知り合いに頼んでもらって車で送ってもらっているが・・・
運転手の人が透けていたり足が無いのは・・・見間違いだなきっと。
「さぁ、着いたよ」
運転手さんが車を止めてドアを開ける。
「あれが恐山ですか?」
「ああ、そうだよ」
車外に出て、須藤先輩が欠伸をしながら運転手さんに尋ねる。
たしか標高は879メートルで富士山が3776メートルだから前回とは4、2倍差だ。
しかしこの山はこれはこれで異様な悪寒が身体を駆け抜けて圧倒された。
「工藤先輩、ここはいつも口寄とかをやっているんでしょうか・・・」
震える声で古賀さんが車から降りてくる。
「んー、多分夏の大祭でやるみたいだから、今はやってないとは思うけど・・・」
「あ、それなら私がちょっと調べたよー」
古賀さんに続いて後ろから長谷部さんが大きな伸びをして降りてくる。
「確か恐山大祭、別名地蔵祭って言うんだけどね。7月にイタコに頼んで故人を口寄してもらって、涙とともに死霊と対面するみたいだよ」
「じゃあ今はやってないんですね。良かったです・・・」
古賀さんがホッとして胸を撫で下ろす。
「よく調べたね。春秋の参詣は豊作などの現世利益的なものだから安心していいよ。さて、そろそろ行こうか」
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『20話』
実は今は閉山中で、本当は5月~10月の終わりまでが入山時期なのだがこちらもお菊さんが話をつけていてくれたみたいで、今回は特別に入ることが出来た。
「けど山登りというよりも観光地巡りみたいな感じですね」
パンフレットに視線を落とすといくつも建物や温泉、仏像があり、山というよりは広大なお寺といった感じがした。
「でも、この地獄と名前がついているところはちょっと危ないみたいですね」
古賀さんが注意事項を指差す。
パンフレットには『恐山の「地獄」付近には火山性ガス(亜硫酸ガス)が充満していて特有の硫黄臭が鼻を突きます。初めての方は注意して下さい』とある。
「どんな地獄が私たちを待ち受けているのかしらっ」
目を輝かせて跳びはねるように須藤先輩が先を行く。
大丈夫かな・・・
総門から道を真っ直ぐ行き、山門をくぐると地蔵殿が建っていた。
「うわぁ、大きいですねー」
長谷部さんが感嘆の声をあげる。
確かに荘厳で圧倒された。
「ここに温泉が4つあるみたいだから後でまた来よう~じゃあネクスト♪」
それから一通り見て回って地獄地帯に到着。
ゆっくりと見て回ったので出発してからだいたい50分くらいが経っていた。
「しかし、硫黄の臭いがすごいですね・・・」
いくつも地獄があるからか口を何かで覆っていないと気分が悪くなるほどだった。
実際、古賀さんと長谷部さんは少し気分が悪そうだった。
「二人とも大丈夫?」
「は、はい。なんとか・・・」
「長くいなければ大丈夫かな」
それに比べて先輩は・・・
「ねぇねぇ、あの延命地蔵尊すごいよ~」
元気に額に手をあてて地蔵を見上げていた。
「先輩はこの臭い大丈夫なんですか?」
「もうっ、工藤君たちが貧弱なだ・・・け」
あれ?っと先輩が首を傾げた瞬間、卒倒した。
「「「先輩っ!?」」」
そのあとは先輩を急いで事務所まで担ぎ込みました。
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『21話』
事務所から人を呼んで、今晩泊まる予定だった宿坊の部屋で先輩を布団に寝かせる。
「あの、大丈夫なんでしょうか?」
先輩の様子をうかがいながら僧侶の人に聞いてみる。
「おそらく硫黄臭のせいだと思うから、少し寝かせておけば大丈夫だと思ます。君達も今日は早めに休むといい」
そう言うとまた事務所へと戻ってしまった。
「けど愛子先輩あんなに元気だったのにいきなり倒れなかった・・・?」
と長谷部さんが不思議そうに言う。
「確かにちょっとだけ不自然な気も・・・」
古賀さんも少し震えた声で口に手をあてて考える。
「勘ぐり過ぎだと思うよ。僧侶の人も手際が良かったし、滅多なことでもないんじゃないかな?」
と怖がっている二人にフォローを入れてみる。
「「そ、そうだよね・・・」」
「んっ・・・」
二人の声が重なったと同時に、会話を遮るように先輩が身体を持ち上げて起き上がった。
「先輩、具合の方は平気なんですか?」
起き上がる先輩に声をかけると、キョトンとした顔をしてこう問い掛けてきた。
「一体ここはどこなのじゃ?」
あ、壊れた・・・
「あの、先輩・・・?」
もう一度尋ねると次はパコンッと近くにあったスリッパで頭をはたかれた。
「無礼者。私に気安く話しかけるんじゃないっ」
と怒られた。
どうやら先輩に誰かの霊が憑依してしまったようだった・・・
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『23話』
ムクッと須藤先輩が起き上がると辺りをキョロキョロと見回してポカンと口を大きく開ける。
「ここは一体・・・お前たちは誰なのじゃ?」
少しの静寂の後におそらく少女であろう先輩の中に入った霊が問い掛ける。
「あの、あなたは・・・」
「あぁっー!」
と言いかけた瞬間少女がいきなり叫んだ。
「この身体はなんじゃ?生きている身体じゃ。女子の身体じゃっ!」
そしてベッドが抜け出て跳びはねる少女(先輩)を山岳部員が見つめる。
「あの・・・どうしちゃったんでしょうか、須藤先輩・・・」
心配そうな顔で古賀さんが尋ねる。
「なんだか、愛子先輩っぽくないよね?」
長谷部さんも少し戸惑いを見せて考え込む。
「ねぇ、君の名前を聞いていいかな?」
悩んだあげくとりあえず少女に話しかけてみることにした。
しかし外見は須藤先輩なのでとてもやりずらいのだが・・・
「人に名乗るときはまず自分からじゃろうがっ」
またパコンッとスリッパで頭を叩かれる。
あまり普段の先輩と変わらない気がするのはなぜだろう・・・
「えと、僕は工藤潤一」
「長谷部希だよ」
「古賀さゆりです」
と、一通り挨拶をする。
「ふむふむ。私は翠じゃ。生前は少しの時期じゃが姫であった身分でな」
と自慢げに話す少女。
「気がついたらこの女子の中に入っていたわけなのじゃが・・・」
となると原因がわからないというわけか。
「とりあえずここにいるイタコさんたちに話しを聞いてみようか」
と長谷部さんと古賀さんに告げて翠という少女を連れて部屋を出た。
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『23話』
「「「はぁ・・・」」」
と大きくため息をつく山岳部員たち。
先程、イタコさんのところへ行って事情を話してみたのだが・・・
「それはちょっと難しいかもしれませんねぇ」
「えっ、なぜですか?」
「基本、口寄は死者の魂を自分自身に入れるものなので。こちらの場合は霊に憑依されているので私たちではなんとも・・・」
と言われてしまったからだ。
そして現在にいたり極楽ヶ浜という浜で時間を潰していた。
ちなみに須藤先輩(翠)は、
「おぉ~やっぱり昔と変わっておらんのじゃなぁ~」
と宇曽利山湖を眺めていた。
「ねぇ、翠ちゃんはどうして愛子先輩の中に入っちゃったかわからないの?」
と長谷部さんが尋ねてみる。
「う~む。それがさっぱりわからんのじゃ」
しかし本人は首を傾げている。
「どうしたらいいのでしょうか・・・」
古賀さんも困惑した表情で翠を見ている。
「本当に心当たりないのかな翠ちゃん?」
一応確認として聞いてみると、
「しつこいのじゃ!それと工藤とやらはわれのことを翠姫と呼ぶのじゃ!」
と一喝されてしまった。
そして、また三人で悩んでいると不意に翠がつぶやく。
「しかし、ちょっといたずらをしたくらいで輪廻から外されるとは・・・」
うん、原因はそれじゃないかな?
「われはただ・・・遊びたかっただけなのじゃ・・・」
そう小声で漏らすと下をうつむいてしまった。
「じゃあ、今から遊ばない?」
と長谷部さんが瞬時に提案する。
「えっ・・・?」
その言葉に翠が顔をあげて振り返った。
「だってせっかくの機会なんだしさっ」
長谷部さんが翠に向かってグッと親指を立てて突き出す。
「そうですね。もしかしたら何か須藤先輩が戻ってくる方法がわかるかもしれませんし」
古賀さんもどうやら賛成のようだ。
「本当に・・・いいのかの・・・?」
少しだけ涙目にながらに翠が問い返す。
となったら僕も参加しなければならないかな。
「そうだね。じゃあ行きましょうか翠姫?」
「う、うむ!」
ということで二日目はどうやら翠姫と遊ぶことになったみたいだ。
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『24話』
「おぉ~この辺も随分と変わったもんじゃのー」
二日目の昼過ぎ。
なぜか僕は須藤先輩(翠)をおんぶしながら境内を見回るなんてことをしていた・・・
「翠姫、そろそろ降りてもらえないかな?」
「ダメじゃ!わらわはまだ十歳なのじゃぞ?」
とさっきからこんな会話の繰り返しで、長谷部さんと古賀さんは苦笑しながら後からついてくる。
それから翠の案内で恐山をひとまず出て恐山街道の途中にある涌き水行ってみた。
「ここの涌き水は一杯飲めば10年、二杯飲めば20年、三杯飲めば死ぬまで若返ると言われる水じゃ」
「へーこんなところがあるんだぁ」
「行きは見ませんでしたからね」
長谷部さんと古賀さんが翠の言葉を聞いて一口飲む。
「澄んでいて美味しいですね」
「だね~」
僕も飲もうかと思い、手を伸ばそうとした時、翠に遮れられた。
「のぉ、工藤とやら」
「ん?」
「おぬしは若い女子の方が好きかの?」
いきなりとんでもないことを聞いてきた・・・
「え、えーと・・・」
「好きか嫌いかの二択じゃ。早くせいっ」
なぜか翠の後ろでは長谷部さんと古賀さんが質問の答えを待つようにじっとしている
「う~ん、まぁ嫌いじゃないけど・・・」
と言った瞬間。
三人で水をがばがばと飲みだした。
「何やってんのっ!?」
「潤一君、女の子の気持ちを察するのも大切だよ?」
と長谷部さんが言ったかと思うとすぐにまた皆で水を飲み出しました。
【とある学校のとある山岳部の物語2】
『25話』
結局、昨日は須藤先輩の中に入ってしまった翠とずっとカルタや鬼ごっこなどをして、日が暮れても色々とやっていたので翌日の朝も疲れが残った状態での起床だった。
「しかし今日で帰らないとだもんなぁ・・・」
三日目なので予定としては帰らなくてはいけないのだが・・・
「なぁなぁ、今日は何をして遊びのじゃっ?」
とワクワクした様子で目を輝かせながらはしゃぐ翠。
先輩がこんな状態だもんなぁ。
「どうしましょうか・・・?」
古賀さんが困った表情を浮かべながら考え込む。
「でも愛子先輩を戻す方法もわからないよねぇ・・・」
眠たい顔を擦りながら長谷部さんもどうしようかと頭を抱えている。
しかしこの時、直感でなのかピンッときたような感じがした。
「・・・翠姫」
「なんじゃ工藤。何かするのか?」
何かを求めるような眼差しで見つめてくる翠。
「そろそろ須藤先輩を返してもらえないか・・・?」
「・・・」
おそらくだけど翠は遊びたくて須藤先輩に憑依したのではないかと思ったからだ。
「最初はただちょっとだけ遊びたかっただけなのじゃ・・・けどお前たちと一緒にいるとつい楽しくての・・・」
いつの間にか翠の頬を涙がつたっていた。
「わらわが生きていた時は戦乱の真っ只中での・・・だからっ・・・」
今にも崩れそうになる翠をぎゅっと長谷部さんが抱きしめる。
「大丈夫だよ。翠ちゃんは一人じゃないから。私たちもう友達だよ?」
「ほ、本当かの・・・?」
「はいっ、私もお友達ですよ!」
古賀さんも手を胸に当てて力強く言った。
「いつまでも僕たちは友達だからさ。寂しくなったらまたおいでよ」
「わ、わかったのじゃ・・・では皆元気でのっ」
最後にニコッと笑うとスーッと何かが抜けるように先輩から離れていった。
「あ、あれっ?皆どうして泣いてるの!?」
「愛子先輩っ~」
翠と離れる悲しみと須藤先輩が帰ってくる喜びで複雑な気分だった。
けどここに来れて良かったなぁという気持ちで総門をくぐり、帰路についた。