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カモ

作者: ふなむし

“カモ”が目の前を通る。


流行遅れの鞄。


汚れた靴。


ざっくりとした化粧。


朝、ブラシで解かしただけのようなボサボサの髪。


――まさしく私が求めていた人物。


自分を着飾っているような子はダメだ。


プライドだけが高すぎて、僕など気にもとめない。


ブランド品を持っているなんてもっての他。


プライドの高い彼女たちは、狩られる側ではなく、<狩る方>の人間だ。



目の前の“カモ”に振り切られぬように、早足で私は彼女の背後に歩みよる。


そして、自分の息が整うまでじっと待つ。


彼女への第一声はこうだ。


「代々木年金会館ってどっちでしたっけ?」



勿論、私は代々木年金会館がどこにあるのかを知っている。


問題は、私が彼女に声をかける、という部分にある。


道を尋ねるのはきっかけに過ぎない。


(本当にそんなに上手く行く?)


道を尋ねるだけの、スーツを着て、一見身綺麗なサラリーマン風の男性を無碍に扱う女性が、この親切大国である日本のどこに居るだろう?


いや、居はしない。


第一声、これはほぼ100%の確率で通る。


案の定、彼女は答える。


「そこの信号を右に曲がって、突き当たりを左に曲がったら、恐らくそこにありますよ」と。



何度もしつこいようだが、私は代々木年金会館の場所を知っている。


「ありがとうございます」


あらん限りの笑顔で感謝を述べ、私はその場をあっさりと離れる。


清潔でさわやかな男性のイメージを彼女に植え付ける。



……勝負はここからだ。


彼女が歩を進め、ある程度の距離が出来るのを確認し、私は彼女めがけて全速力で駆けつける。


息が切れた状態、半ばどもった調子で彼女に声を掛ける。


これで、この短時間の間に彼女はすでに私の2つの表情を見ることになる。


これが後から“親しみ”という形で、ボディブローのようにじわじわと効いてくるのだ。


「……あの~。すいません…。


あの、さっき、あの~、一目あなたを見て、その~、正直な所、ときめいてしまったと言いますか…。


うん。


そうですね。


今、声掛けなきゃ、一生後悔するんじゃないかと思いまして……」


彼女が驚きの顔を浮かべ、絶句している隙に、矢継ぎ早で続ける。


「決して、怪しいものではありません!


宗教の勧誘とかでもなくて。


私こういうものです。」


すかさずポケットから職業ライターと書かれた名刺を差し出す。


これで大概の女性は僕を信用する。


――名刺など簡単に偽造出来るということも知らずに。



勿論、この段階で逃げて行く女性も少なくない。


それでもいいのだ。


“カモ”は別に彼女しか居ない訳では無い。


それこそ、星の数ほど…。


幸運なことに、今回のカモは、まんまと私の罠にかかったようだ。


「最近ですね、会社の同僚とか、大体男のむさ苦しい飲み会ばっかりなんですよ。


もしよろしければ、男女2対2の合コンなんてどうですか?」


道を尋ねてから今まで、彼女は一言も言葉を発していない。


頑なに相手を拒否出来ない彼女のように優柔不断なタイプは、経験上、この後のステップも上手く行く確率が高いことを私は知っている。


「……えぇと」


「それで、ですね。


携帯の番号って、教えて貰えませんか?


連絡先知らないと困るでしょ?」


「えぇ、…は、はい」


――上手くいった。


「紙とかあります?ペンはありますんで」


携帯に赤外線はついている。


あえてレシートなどの紙に電話番号やメールアドレスを書かせることで、レシートに記載された普段の生活情報を手に入れるのが狙いだ。


これは話しのネタになる。


今回限り、という訳ではないのだから、次のステップの布石を敷かないのはもったいない。



「今夜とかって空いてます?……よね?」


「空いてると言えば空いてますけど…」


「良かったぁ。じゃあ5時!5時に会いましょう。


ワインの美味しいお店、予約しておきますんで!


また、連絡します。それでは!」


ここは潔く去ることにする。


追いかけて来て、やっぱりゴメンナサイなんてことも無いではない。


しかし、今のところ彼女が私を追いかけてくる様子はなかった。



ともかく、彼女はこれで“約束”という縄で雁字搦めになった。


彼女はきっと約束を守る。


後はメールで、急遽合コン仲間の都合が悪くなったという旨を伝え、1対1の食事会に変更すれば、このステップはひとまず終わる。



何故、私がこの様に、ただのナンパにこんなにも真剣になっているのか疑問に思う者もいるだろう。


簡単に言うと、私はこれでご飯を食べている。


ナンパした人間と親しくなって、最後は金銭的に依存し、寄生する。


つまり、女を財布にしてしまう。


世間一般で言う所の“ヒモ”という奴だ。



ただ、僕はこの作業を信念を持ってやっている。


僕がナンパして金を巻き上げるのは皆、心の闇を抱えているものばかりだ。


悩みを聞いてあげる。


セピア色の人生に、ドラマを提供してあげる。


要するに、私はカウンセラーであり演出家でもあるのだ。



実際、私から彼女達に金を請求したことはない。


「今月、ガス代がヤバいんだ」


なんてことを呟くと、彼女達が勝手にお金を用意するのだ。


これを労働と呼ばずして、なんというのか。


彼女達がくれるのは、私の労働に対する正当な報酬だ。


だから、十把一絡げに私の仕事をヒモと一緒にされるのは少し腹が立つ。



僕は“ヒモ”と違って、資金提供者を“財布”などと呼ばない。


私は彼女達を“パトロン”と呼んでいる。


パトロンだから、1人に絞ることもない。


基本顧客数は三人と決めている。


これ以上でもこれ以下でも良くない。


これ以下だと、金銭的にキツいし、金をより稼ごうと顧客を増やして欲を出せば、“修羅場”が待っている。


不思議なことに3という数字はこの仕事に置いて絶大の効果を発揮している。



あぁ…、こんなことを話している内に、もうすぐ約束の五時になる。


…勿論、ただ手を拱いていた訳ではない。


食事会場所の連絡通達から、なし崩し的にメール交換を継続し、彼女の時間を拘束した。


――彼女は出会ってから今まで私のことしか考えて居ないだろう。


彼女の時間を独占した分だけ、彼女は私に惚れる。


心理学的に説明すると、【人は誰かに時間を費やした分、その対価分の利益を回収しようとする】ことが証明されている。。



だから、どうしようもなく分かるのだ。


彼女が今日食事会に来てしまうことが。


今までこの段階までいって食事会に来なかった者は居ない。


間もなく、五時だ。


私は彼女を迎えに行かなくてはならない。




少しドキッとした。


約束の場所に居た彼女が、昼間とは別人のように綺麗になっていたから。


高そうなブランド物のカジュアルドレスを着ている。


うん。


センスもそんなに悪くない。


少し意外ではあるが、まぁ計画にさし障りはない。



「お待たせ。待った?」


「うん。ちょっとだけだけどね。待ったよ」


なんだこいつ…。


昼間なら、待ってたとしても「ううん、全然待って無いよ」なんて言ってたやつが。


おめかしして気が大きくなったのか?


それとも、“親しみ”のボディブローが効いて、打ち解けてきたのか…。


まぁ、今更どっちでも良い。


「じゃあ、行こうか?さおりちゃん。」


私は予約していた店に彼女を誘導する。



――ワインの美味しいお店。


私は闇雲にワインを選んだのではない。


ビールでも日本酒でもない。


ワインがこの場合、最適なのだ。


おしゃべりを楽しみながら食事をすると、およそ一時間半かかる。


ワインの場合、飲み始めて一時間半で、ワインを飲んだ人間は血中濃度が最高点に達する。


血中濃度が高まると人間は頭がボンヤリとして、幸福感を覚える。


これは抗えない。


生理現象だから。


日本酒なんか飲んでしまうと、大抵の人間はぐでんぐでんになる。


ヘロヘロになってしまった彼女を家まで送るなんてことになったら、何のために大枚はたいてこの不細工に飯をおごっているのか本末転倒してしまう。


――だからこそのワイン。


気持ちよさそうに酔い始めたところを見計らって、私は散歩に彼女を誘う。


散歩なんて言うと、本当に散歩するのかと思う方もいるだろうが、この場合は彼女をホテルに連れ込むことを意味している。



寂しがり屋で、好き嫌いの多い自己否定タイプ。


両親は不仲で、愛に飢えている。


ならば、彼女にはこうアプローチすれば、きっと首を縦に振るだろう。


「公園の砂場で五歳ぐらいの子供が砂遊びをしているとする。


さおりちゃんはそれを見てどう思うかな?


微笑ましいとか、絵になっているとか思わないかな?


僕を含め、多くの人はそう感じると思うよ。


今度はさおりちゃんの場合で考えてみよう。


さっき聞いたけど、さおりちゃんは今23歳だよね?


いわゆる、結婚適齢期ってやつだ。


そんなさおりちゃんが男遊びをしている。


周りの人はさおりちゃんのことをどう見るかな?


微笑ましいとは言わないまでも、かなり寛容に見てくれると思うよ。


24、25と年をとっていくさおりちゃんを想像してみて。


多分、年を追うごとに世間の風当たりは強まっていくと思うんだ。


だから、さおりちゃんにとって男遊びが心おきなくできるのは今しかないっていうのも事実だと思う。


仮に僕がとっても嫌なやつで、僕が君に嫌な思い出を残すとしよう。


もし、そうなったとしてもだよ。


その経験はさおりちゃんにとって絶対プラスになると思う。


だって、今しかそんな経験できないんだもん。


………ちょっと外、散歩しない?」


気持ち良くなってしまった頭に、こんな風に急きたてて話したら、否が応でも説得されてしまう。


彼女は黙って私についてきた。



――事後。


火照った体を冷ますように、シャワールームで冷水を浴びる時、僕はこの世で最高の至福を味わえる。



……これは復讐なのだ。


青年時代、あまりパッとしない僕を、女達はゴミのように扱った。


だから、今度は女達をゴミみたいに扱ってやるんだ。



ただの財布として。



ただの性欲処理の道具として。



ざまぁみろ。


僕を馬鹿にした罰だ!


ふん。


この女も、もう私から逃げられない…。




「さおりちゃ―ん。もう服着ちゃたかなぁ?」


そう言って、バスルームから部屋を覗くと、さおりちゃんは消えていた。



――私の財布と一緒に。



くそっ。やられた。


通称“ナンパ喰い”。


彼女達はナンパ師を逆にカモにして、身ぐるみをはがしてしまう。



なるほど。


どおりでブランド物のドレスを着ていた訳だ。


……にしても、なんで私はあの時、気付かなかったのだろうか。


自分で自分が悔しい。


彼女が<狩る側>の人間だということに、最後の最後まで、私は気付けなかった……。


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