第82話 甘すぎる島と笑いが止まらない剣聖
――イベルは悪い。
違いがわかってしまった剣聖レイは、子豚亭の窓辺でコーヒーを飲みながら、真顔でそう結論づけた。
「だいたいだな……俺とニベアが喧嘩するのは、いつもイベルだ」
「土地のせいにしないでください」
即ツッコミ、マイ。
「事実だ。思い出してみろ。色町で殴られたのもイベル。港で海に落とされたのもイベル。毒キノコ事件もイベル」
「全部師匠のせいですね」
アーモンド、冷静。
クリームが淡々と追撃する。
「イベルは関係ありません。母は正しかった」
「うぐっ」
アクアが静かに紅茶を飲みながら。
「土地、悪くない。あなた、弱い」
「俺は弱くない」
「昨日、秒で魅了」
「やめろ」
レイは立ち上がった。
「撤退だ。イベルから離れる」
「逃亡宣言ですか」
「戦略的転進だ」
その日の夕方。
定期船サルマータ号に乗り込む一行。
イベルの港が遠ざかる。
レイは甲板で海風を浴びた。
(……これで呪いは断ち切れる)
「イベル呪い説、信じてるんですね」
「信じてない」
「顔が信じてます」
「……」
船はサビイ島へ向かった。
◇
サビイ島。
通称――シュガーアイランド。
一年中花が咲き、蜜蜂が飛び、サトウキビが揺れる甘い島。
港に降り立った瞬間、空気が甘い。
「……砂糖の匂いだ」
「湿度高いですね」
「虫、多い」
「虫言うな、アクア」
マイが掲示板を確認する。
「至高の蜂蜜採取クエスト。Bランク」
「内容は?」
「ハニービーの巣箱から蜂蜜を採るだけです」
「だけ、って」
アーモンドが眉をひそめる。
「注意事項。刺されると七日間、笑いが止まらない」
「……?」
レイが真顔。
「なにそれ」
「ハニービー特有の神経毒らしいです」
「七日間笑い続けるのか?」
「楽しそう」
アクアがぽつり。
「師匠なら平気かも」
「どういう意味だ」
「いつも変」
「おい」
クリームが資料を読む。
「笑いが止まらない間は戦闘不能扱い。高所作業中に刺されると落下事故もあるので注意」
「普通に危険ですね」
「甘い顔して殺しにくるタイプだな」
レイは腕を組む。
「だが蜂蜜は高値だ。至高級なら料理、回復薬、魔力増幅剤に使える」
「カレーに入れますよね」
「入れる」
「絶対入れる」
「入れるに決まっている」
三人の溜息。
◇
宿はおなじみ、子豚亭。
便利なチェーン店である。
「勇者パーティー時代のマイル、まだ使えますよ」
「俺はマイル貯蓄王だ」
「何の自慢ですか」
部屋に荷を置き、翌朝。
蜂蜜農園へ。
一面の花畑。
巨大な木製巣箱が並ぶ。
管理人が頭を下げた。
「最近、ハニービーが荒れてまして……至高級が採れないんです」
「荒れてる?」
「蜜が濃い年は気が立つんです」
「蜂もグルメなのか」
「イベル豚みたいですね」
「蜂と豚を一緒にするな」
レイは世界樹の木の棒を杖に、巣箱へ近づく。
ぶぅぅぅぅん……
低い羽音。
「結界展開」
クリームが薄い防御膜を張る。
マイとアーモンドが煙を焚く。
「煙で落ち着かせます」
「刺されたら笑いますからね」
「七日間、笑い続けるのか……」
「師匠なら三日目あたりで腹筋壊れますね」
「おい」
レイが慎重に巣箱を開ける。
黄金の蜂蜜。
光を反射して、まるで液体の宝石。
「……これは上物だ」
「糖度高いですね」
「魔力反応、強い」
その瞬間。
ぶわっ、と群れが動いた。
「来ます!」
「煙追加!」
「師匠、下がって!」
レイは一歩踏み出す。
「俺が囮になる」
「なぜ!?」
「笑いながら戦うのも経験だ」
「経験値の方向性がおかしい!」
蜂が一匹、頬へ。
ぷす。
「……」
静寂。
三秒。
「ふっ」
「師匠?」
「ふふ……ふはははははははは!!」
爆笑。
腹を抱えて笑い出す。
「止まらん! ははははは!」
「刺されました!」
「笑ってる場合じゃない!」
「楽しそう」
「楽しくない!」
レイは笑いながら蜂蜜を回収する。
「ははは! 痛い! でも甘い!」
「情緒が壊れてます!」
蜂は煙で散り、作業は完了。
至高の蜂蜜、大量確保。
レイは地面に座り込み、笑い続ける。
「七日間これですか……」
「宿に運びますか」
「担ぐぞ」
「ははは! やめろ! くすぐったい!」
「触ってません」
「ははははは!」
サビイ島に響く剣聖の爆笑。
島民がざわつく。
「勇者様が幸せそうだ」
「蜂蜜効果らしいぞ」
「甘い島だなぁ」
アクアが小さく呟く。
「笑う顔、嫌いじゃない」
クリームがため息。
「母が見てたら怒ります」
「ははは! ニベアぁぁ!」
「やめてください」
イベルから逃げたはずの剣聖。
今度は蜂に敗北。
だが蜂蜜は極上。
そして笑いは止まらない。
違いがわかる剣聖レイ。
七日間、幸せ(強制)モード確定であった。




