81話 禁欲崩壊!?色町サキュバス大作戦
緊急依頼クエスト。
――イベル港町色町サキュバスお姉さん討伐。
依頼主:イベル港町怒りの女性連合と港町男性連合。
掲示板の前で、レイは静かにコーヒーを飲んでいた。
「……町の平和を守るのが冒険者の務めだな」
「はい。なので師匠は待機です」
クリーム、即断。
「なぜだ」
マイが腕を組む。
「昨夜の実績を踏まえ、単独男性潜入はリスクが高いです」
「実績?」
「ダークエルフ案件」
「ぐっ」
アーモンドが真顔で。
「ニベア様の精神衛生上、待機が最適解です」
アクアが静かに追撃。
「色町、危険地帯」
四対一。
違いがわかってしまった剣聖は、子豚亭待機を命じられた。
◇
子豚亭二階、窓辺。
イベルの港を見下ろしながら、酸味の強いコーヒーを淹れる。
(禁欲のマリアの息子……禁欲……禁欲……)
桟橋に寝転ぶ男。
ふらふらと歩く男。
目が虚ろで、甘い夢に溺れた残滓。
「……魅了の糸」
微細な魔力が絡みつき、生命力をじわりと吸っている。
「四人を信じる」
コーヒーを一口。
酸味が現実に引き戻す。
◇
一方。
色町。
怒りの女性連合との会談は荒れていた。
「うちの旦那、三日帰らないのよ!」
「給金全部消えた!」
「寝言で“ピンクなお姉さん……”とか言うのよ!?」
クリームが冷静にメモを取る。
「被害は深夜帯。共通店舗は?」
「BARピンクなお姉さん!」
マイが小声で。
「名前がもうダメですね」
アーモンドが頷く。
「逆に怪しい」
アクアは目を細める。
「甘い匂い、強い」
◇
夜。
BARピンクなお姉さん。
扉を押すと、鈴が鳴る。
「いらっしゃぁい♡」
露出の多い美人が五人。
笑顔、視線、指先の仕草。
だが四人は動じない。
クリームが小さく詠唱。
「マナ観測」
店内に薄い霧のような残滓。
床、椅子、天井。
マイが鼻をひくつかせる。
「吸われてますね」
アーモンドが剣に手をかける。
「魅了波、微弱だが広範囲」
アクアが一歩前へ。
「表情、作り物」
サキュバスの一人が微笑む。
「あなたたち、強いわね」
「営業停止命令です」
クリームが淡々と告げる。
空気が揺らぐ。
甘い香りが濃くなり、視界が柔らぐ。
マイが盾を鳴らす。
「結界!」
魅了は弾かれた。
戦闘は短い。
封印魔法。
拘束陣。
魔力遮断。
五人は動きを封じられ、ギルド引き渡し確定。
「平和、回復」
アクアが呟く。
女性連合は歓声。
「ありがとう!」
「これで給金が戻る!」
四人は胸を張り、子豚亭へ帰還した。
◇
だが。
子豚亭の二階。
扉が開いた瞬間――
「ニベア!愛してる!」
レイが誰かに抱きついていた。
「……」
静止。
そこに立つのは、ピンク色の髪のサキュバス。
露出多め、妖艶な笑み。
レイは頬を赤らめ、うっとり。
「ニベア……会いたかった……」
サキュバスが甘く囁く。
「あなたの愛、いただくわ♡」
クリームの額に青筋。
「師匠ぉぉぉぉ!?」
マイが叫ぶ。
「だから待機させたんですよ!?」
アーモンドが即座に前へ。
「離れろ!」
アクアの瞳が冷たく光る。
「……許さん」
レイは完全に魅了状態。
「ニベア……今日もクレープ美味しいね……」
「誰がクレープよ!」
クリーム、即詠唱。
「ディスペル!」
魔力が弾ける。
サキュバスが舌打ち。
「ちっ、強い子たち」
マイが盾で突進。
「拘束!」
アーモンドが剣で退路を塞ぎ、
アクアが闇で逃走経路を遮断。
サキュバスは拘束陣に封じられた。
レイはふらりと崩れ落ちる。
「……あれ? ニベアは?」
クリームが冷たい声で。
「いません」
「ここはイベルです」
マイが腕を組む。
「師匠、秒で落ちましたね」
「違う、これは潜入捜査だ」
「抱きついてましたよ?」
「愛してるって言ってました」
「……言ってない」
「言ってました」
アクアが静かに言う。
「心、弱い」
「ぐっ……」
レイは窓辺に戻り、コーヒーを淹れる。
震える手。
(禁欲のマリアの息子……禁欲……)
クリームがぼそり。
「母、今ごろ水晶で見てますよ」
レイ、凍る。
「……やめろ」
港町の夜は静まった。
色町は営業停止。
男性たちは正気に戻り、女性連合は勝利宣言。
そして――
違いがわかる剣聖は理解した。
サキュバスより怖い存在がいることを。
「……ニベア、信じてくれ」
遠く、カーター王国。
水晶の向こうで、誰かの笑顔が揺れた気がした。
コーヒーの酸味が、やけに苦い夜だった。




