8話 今月の手紙の束(※物理)
マイとアーモンドを鍛え始めて、ちょうど一ヶ月が経った。
――人は一ヶ月で、ここまで顔色が変わるのか。
レイは朝の二人を見て、静かにコーヒーを飲んだ。
「……人相、よくなったな」
「それ、“生き延びてる”って意味ですよね?」
アーモンドは引きつった笑顔で返す。
「目に光は戻りましたけど、魂はまだ半分置いてきてます」
マイは元気だった。
理由は単純だ。
「今日と明日は休み!」
「筋肉のお休み!」
「港!」
「買い出し!」
三拍子そろった休日である。
というわけで一行は、サルコジ島唯一の街――サルマータ港に来ていた。
火山島特有の黒い岩と、活気ある木造の桟橋。
商人、冒険者、漁師、ドワーフ、エルフ、人間、魔族が入り混じる雑多な港町だ。
「人、多いですね」
「島で唯一“文明を感じる場所”だからな」
レイはそう言って、コーヒーを飲む。
「村は?」
「自然」
「自然すぎません?」
「鶏が住民代表だ」
「納得しかけた自分が怖いです」
まずは武器屋。
「このロングソード、刃の返りがいいですね」
アーモンドは目を輝かせる。
「騎士団支給品より、こっちの方が……」
「量産と一点物は違う」
レイは短く言った。
「剣は、使う人間の癖を吸う」
「……深い」
次は道具屋。
「縄、杭、油、砥石、保存袋……」
「え、そんなに?」
「修行で使う」
「修行って便利な言葉ですね……」
雑貨屋では、マイが完全に目を輝かせていた。
「わぁ……! 調理器具いっぱい!」
「鍛冶以外にも興味あるのか?」
「あります! 食べるの好きです!」
「作るのは?」
「……修行します!」
食料品店では、一ヶ月分の穀物、豆、塩、香辛料。
「配達お願いします!」
「毎度あり!」
店主は慣れた様子だった。
「村長さんとこね。
あの“何でも自給する剣聖”の」
「そんな呼ばれ方してるのか……」
レイはコーヒーを飲んだ。
最後は防具屋。
そこで、レイは何でもない顔で言った。
「これ、買っとけ」
差し出されたのは――ビキニアーマー。
「…………」
「…………」
二人は、同時に沈黙した。
「……先生?」
「修行で使う」
「どの修行ですか!?」
「そのうち分かる」
「分かりたくない未来しか見えません!」
「軽装での機動戦闘は重要だ」
「理屈は分かりますけど、露出が論外です!」
「水中戦もある」
「水中!?」
レイは棚の奥から、もう一つ取り出した。
「あと、これ」
――酸素君1号。
「……なんですか、これ」
「水中で息できる魔道具だ」
「名前、ゆるっ!」
「ナユタ博士作だ」
「……あぁ」
二人は納得した。
無欲のナーユ(ナユタ博士)。
名前を聞くだけで、理屈を考えるのをやめる存在である。
「三つ買え」
「三つ?」
「俺の分もだ」
「先生も着るんですか!?」
「着ない」
「じゃあなんで!」
「水中で指示する」
「裸で!?」
「……そこは工夫する」
「信用できない!」
買い物を終え、荷物をまとめた後。
レイは一人、ギルドへ入った。
サルマータ港ギルド。
木造二階建て、掲示板は依頼でびっしりだ。
「おかえりなさい、剣聖様」
受付のマーガレットが微笑む。
「留守、ありがとう」
「いえいえ。
……こちらです」
差し出されたのは――手紙の束。
「……」
レイは受け取り、数えた。
「……三十一通」
「一日一通ですね!」
「毎日か……」
レイは深く息を吐き、コーヒーを飲んだ。
「差出人は……」
「読まなくても分かりますよね?」
「……あぁ」
エルフの女王ニベア。
王配ウォーレン。
ドワーフ王国ゴヘイ。
その他、教会、ギルド、よく分からない研究者。
「内容は……」
「だいたい想像つきます」
「“元気?”
“生きてる?”
“今どこ?”
“来ないの?”」
「重い!」
「重いですね!」
マーガレットは苦笑した。
「ちなみに、女王からは一日二通の日もあります」
「倍速か……」
レイは一通だけ開けた。
――文字が長い。
「……今日も元気ですか。
最近、風が強いです。
あなたの村は火山島でしたね。
噴火してませんか――」
「……日記かな?」
レイは静かに封を閉じた。
「今日は、ここまでにしよう」
「現実逃避ですね!」
「休暇中だ」
ギルドを出ると、マイとアーモンドが待っていた。
「先生、どうでした?」
「……今月も、平和だ」
「その顔で言われると不安しかありません!」
レイは馬に跨り、言った。
「帰るぞ」
「はい!」
夕焼けの港を背に、三人は村へ戻っていく。
――その鞄の中には、
三十一通の“嵐の予告”が、静かに眠っていた。




