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マイアーモンドクリーム----コーヒー好きな剣聖は今日も弟子を鍛えます---  作者: イサクララツカ


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78話 水晶の向こうで地団駄を踏む女王


 カーター王国、王城最上階。

 重厚な白亜の私室。窓から差し込む朝の光は柔らかく、庭園の妖精花が淡く揺れている。

 その中央で、エンシェントハイエルフ女王ニベアは、優雅に紅茶を傾けていた。

 ……優雅に、のはずだった。

 銀のネックレス。

 それは、彼女がレイに贈ったもの。

 名目は「愛の証」。

 本質は――マナ共鳴追跡装置。

「夫婦の信頼よ、信頼」

 誰に言い訳しているのか分からない独り言を呟きながら、巨大な水晶へ魔力を注ぐ。

「ビジョン」

 壁一面に映し出される映像。

 イベル港。

 豚料理。

 カレー。

「……またカレー」

 くすり、と笑う。

 紅茶を一口。

 最近カーターで流行の“エルフクレープ”をひと口。

 薄焼き生地に森苺と純白クリーム。

「頑張ってるわね、レイ」

 柔らかく微笑む。

 昨日まで、彼女は嵐の中心だった。

 閣議。

 各国使者との謁見。

 国境防衛の決裁。

 ハイネ王国マルガリータとの会談。

 魔道国家カーターの女王は、休む暇もない。

 だからこそ、今日の午前は休息のはずだった。

 はずだったのだ。

 映像が動く。

 酒場。

「……」

 ラム酒。

「……」

 色町方面。

 ピキ。

 ティーカップにヒビが入る。

「……」

 メイドエルフ二人が恐る恐る。

「ニベア様、紅茶を――」

「いらない」

 空気が凍る。

 イベル。

 そこは思い出の地。

 喧嘩した。

 愛し合った。

 何度本気で殺しかけたか分からない。

「……なんで色町」

 映像が進む。

 路地。

 血痕。

「……女?」

 ヒール。

 担ぐ。

 宿屋。

 脱衣。

「……」

 ニベアの眉がぴくり。

「裸にして助けるってどういうことよ」

 映像拡大。

 尖った耳。

 浅黒い肌。

「……ダークエルフ?」

 一瞬で血の気が引く。

「……あかんやつや」

「うちの旦那、やらかした」

 メイド達が正座。

「朝ちゅんは……」

 早送り。

 ベッド。

 並び。

「未遂……未遂よね?」

 地団駄。

 床が微妙に沈む。

「エンシェント……ダークエルフ?」

 マナ波動を読む。

 重い。

 深い。

 原初の闇。

「くそ……レイ、見つかった……」

 部屋の空間が歪みかける。

 だが。

 彼女は深呼吸した。

「……今は行けない」

 ぽつり。

 国家。

 王位。

 会談。

 防衛。

 ジャンヌ帝国もまだ緊張状態。

 ゴールドマン問題。

 今ここで女王が消えるわけにはいかない。

「信じるしかない……」

 拳を握る。

「レイを」

 だが感情は止まらない。

「くそ! くそ! くそ!」

 紅茶が蒸発する。

「なんで私、女王なのよ!」

 叫ぶ。

「昔はずっと側にいられたのに!」

 四十年の付き合い。

 二十年共に戦い、笑い、殺し合い、愛し合った。

 筋金入り。

 重い。

 重すぎる愛。

 ニベアは静かに呟いた。

「……クリームに譲位、早める?」

 メイド二人が震える。

「譲位準備、開始ね」

「本気でございますか!?」

「本気よ」

 真顔。

「夫の隣に立てない王位なんて、いらない」

 重い。

 愛が重い。

 水晶を見つめる。

 映るレイ。

 無防備。

「……浮気したら殺す」

 小さく。

 とても小さく。

 しかし魔力は大きい。

「……でも信じるわ」

 目を閉じる。

 エンシェントハイエルフ女王ニベア。

 四十年の愛を背負う女。

 国家と夫の狭間で、今日も戦っていた。

 イベルの空に、わずかに緑の魔力が震えた。

 剣聖レイ、まだ気付いていない。

 最大級の嵐は――まだ、我慢しているだけである。

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