表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マイアーモンドクリーム----コーヒー好きな剣聖は今日も弟子を鍛えます---  作者: イサクララツカ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/82

77話 砂漠の夜と剣聖の致命的ミス


 その夜。

 宿《子豚亭》は静まり返っていた。

 港町イベルもまた、昼間の喧騒が嘘のように静かだ。遠くで波が砕ける音と、時折揺れる看板の軋みだけが夜を刻む。

 レイはソファーに寝転び、酒瓶を抱えたまま深い眠りに落ちていた。

「……ぐおおお……」

 盛大なイビキ。

 違いがわかる剣聖、戦闘時は静寂、睡眠時は災害。

 一方、ベッド。

 アクアは静かに目を開けた。

 深い青の瞳は、夜よりも冷たい。

 ゆっくりと上体を起こす。

 腹に手を当てる。

 そこには、先ほどまで深く裂けていた傷の痕が一切ない。

「……」

 指でなぞる。

 完璧だ。

 回復の質が異常だ。命を繋ぐだけでなく、組織再構築、神経修復、皮膚再生。ここまでの治癒は王族級、いやそれ以上。

 アクアは小さく息を吐いた。

 脳裏に蘇るのは、砂漠の炎。

 虫人インセクターからの襲撃。

 騙欲、暴欲の裏ギルド。

 一族壊滅。

 キャラバン崩壊。

 逃走。

 追撃。

 腹を裂かれ、魔力も尽き――

 そして、この男に拾われた。

 裸を見られた。

 触れられた。

 ダークエルフは恥の文化だ。

 砂漠ゆえ肌の露出は多い。だが、触れさせるのは――夫のみ。

 アクアはソファーで寝るレイを見下ろす。

「……殺すか?」

 呟き。

 両手を前にかざす。

 低い詠唱。

 掌の間に、暗い混沌の渦が巻き始める。

 闇魔法――アトミックブレイク。

 都市ひとつ消せる級。

 この距離なら、跡形もなく消せる。

 夫にならぬなら、消す。

 それが砂漠の掟。

 ――その瞬間。

 レイの身体から、淡く光るマナが溢れた。

 そして、見えた。

 長い耳。

 銀の気配。

 圧倒的な原初のマナ。

「……エンシェントハイエルフ?」

 アクアの詠唱が止まる。

 闇の渦は維持されたまま。

 目を細める。

「こやつ……繋がっておる……マナごと……」

 通常の契約ではない。

 深層融合。

 魂単位の接続。

 原初回帰の兆し。

 アクアの呼吸がわずかに乱れた。

「原初に戻る鍵……」

 砂漠の古文書。

 滅びゆくダークエルフの血。

 再生には、原初エルフのマナが必要。

 そして――それを媒介できる存在。

 闇魔法の渦が、ゆっくり消える。

 アクアは無言で立ち上がり、レイのそばへ歩く。

 服を脱がす。

 軽い。

「……呑気に寝ておる」

 抱え上げ、ベッドへ。

 自分も横になる。

 肌が触れる。

 マナを流す。

 同調。

 探る。

 確かめる。

「……やはり……」

 確信。

 そして、静かに目を閉じた。

 夜が更ける。

 朝。

 窓辺で小鳥がさえずる。

「……んぁ?」

 レイ、起床。

 大あくび。

「……ソファーじゃない?」

 裸。

「……まあいいか」

 違いがわかる剣聖、現実受容が早い。

「今朝はカレーだな……」

 手を横へ。

 ムニュ。

 柔らかい。

 弾力。

 温かい。

「……ん?」

 ゆっくり視線を動かす。

 隣。

 裸のアクア。

 手は胸。

 しっかり掴んでいる。

「…………」

「…………」

 アクア、目を開ける。

 青い瞳。

「夫になるのだな。よいぞ」

「ならん!」

 即答。

 その瞬間。

 バンッ!!

 扉が吹き飛ぶ勢いで開く。

「先生ー! 朝カレー――」

 マイ。

「……え」

 アーモンド。

「……は?」

 クリーム。

 ベッド。

 裸の男女。

 手の位置。

 三秒沈黙。

「「「ああああああああああああああ!!!」」」

 絶叫。

「最低です先生!!」

「ニベア様がいるのに!!」

「浮気!?」

「違う!!」

 レイ飛び起きる。

 シーツが絡まり転ぶ。

「誤解だ!」

「何がですか!!」

「朝から裸で触ってるのに!!」

「触ってない! いや触ってるが!」

「自白!?」

 アクアは上半身を起こし、淡々と。

「この男は、私の夫になる」

「ならん!」

「なる」

「ならん!」

「砂漠の掟だ」

「イベルだここは!」

「先生、論点そこじゃないです」

 マイが額を押さえる。

 アーモンドが真顔で。

「ニベア様に報告ですね」

 レイの顔が青くなる。

「やめろ」

「GPSで捕捉されますよ?」

「やめろ!」

 クリームが腕を組む。

「先生、詰みましたね」

 レイは震えた。

 脳裏に浮かぶ。

 エンシェントハイエルフ。

 ジト目。

 重い愛。

「……ヤベー……」

 アクアは横で微笑む。

「よいぞ、夫」

「違うと言っている!」

 イベル港の朝は、今日も平和だ。

 だが剣聖レイの人生は、確実に戦場である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ