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マイアーモンドクリーム----コーヒー好きな剣聖は今日も弟子を鍛えます---  作者: イサクララツカ


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75話 酔いどれ剣聖と路地裏の血


 イベルの夜は、肉の匂いがする。

 港町の灯りが海面に揺れ、遠くでは船のマストがきしむ音。

 宿へ戻る弟子三人を見送り、レイは一人、通りを歩いていた。

「夜は戻れって言ったのに、先生は戻らないんですか」  アーモンドが半目で言ったのを思い出す。

「俺は保護者だ」

「それ、言い訳ですよね?」  クリーム。

「保護者は夜の巡回が必要なんだよ!」  マイ。

 ――巡回。

(まあ、今日は……いいだろう)

 違いがわかる剣聖は、黒麦亭とは別の店に入った。

 木製の看板。

【イベル豚専門酒場 赤麦の角】

 扉を開けると、熱気。

 肉と麦酒の匂い。

「いらっしゃい!」

 カウンター席へ。

「ソーセージ盛り合わせと、生ハムチーズ」

「通だねえ」

 出てきた。

 イベル豚ソーセージ。

 太い。

 焼き目が美しい。

 ナイフを入れると肉汁が弾ける。

 一口。

「……」

 静かな衝撃。

(脂の質が違う。

 ドングリ育ち、嘘じゃない)

 生ハムは薄く、透明感。

 チーズと合わせる。

 塩気と乳脂肪の甘み。

 ビールを頼む。

 一口。

(麦の香りが深い。

 水がいい)

 さらにラム酒。

(蒸留の癖が強い。南の香りだな)

 隣の客が声をかける。

「兄ちゃん、旅人か?」

「ああ」

「イベルは初めてか?」

「何度目か忘れた」

「ははは!」

 酒が進む。

 ビール。

 ラム。

 葡萄酒。

「……」

 ふらり。

 立ち上がる。

「飲みすぎだろうが、先生」  心の中でアーモンドの声。

「違いはわかるが、限界はわからんか」  クリームの声。

「うぇーい!」  マイの声。

 千鳥足。

 夜風が気持ちいい。

 通りは少し怪しい区域に入る。

 いかがわしい看板。

 薄い布の女性たち。

「お兄さん、寄っていかない?」

 サキュバスの女性が微笑む。

 瞳が妖しく揺れる。

 レイは一瞬、鼻の下を伸ばす。

「……」

 だが、ふっと目が戻る。

「妻がいる」

「えー、真面目」

 別の店からも声。

「剣士さん、強そうね」

「今日はやめておく」

 誘惑に勝つ。

 だが鼻の下は少し伸びている。

「……俺、頑張ってる」

 ふらふらと路地へ。

 そのとき。

 視界の端。

 暗い石畳。

 赤。

「……血?」

 一瞬で酔いが飛ぶ。

 背筋が冷える。

 千鳥足のまま、意識は戦場へ戻る。

 血痕。

 壁に飛沫。

 引きずった跡。

 レイは路地へ入る。

 奥。

 倒れている影。

 女性。

 薄着。

 腹部から血。

 かすかな呻き声。

「……くっ」

 レイはすぐ膝をつく。

「聞こえるか」

 反応は弱い。

 呼吸は浅い。

 刃物による刺創。

「深いな……」

 両手をかざす。

「ハイヒール」

 光が溢れる。

 傷口が閉じる。

 だが出血量が多い。

「ハイヒール」

 もう一度。

 さらに。

「ハイヒール」

 連続。

 光が重なる。

 女性の呼吸が安定する。

 脈が戻る。

 レイは小さく息を吐く。

「……間に合った」

 女性は薄目を開ける。

「……あなた……」

「話すな」

 レイは自分の外套を脱ぎ、彼女にかける。

 かなり薄着だ。

(夜の仕事か?)

 だが今は関係ない。

 肩に担ぐ。

 軽い。

 だが血の匂いは残っている。

 立ち上がる。

 酔いはまだ残っている。

 千鳥足。

「……重くはない」

 ぶつぶつ言いながら歩く。

 宿へ。

 夜風が冷たい。

 路地裏で何があったのか。

 誰が刺したのか。

 考えながらも、足は確実に宿へ向かう。

 違いがわかる剣聖は、酔っていても命の重さはわかる。

 宿の灯りが見える。

 肩の女性は、かすかに息をしている。

 イベルの夜は、静かに深まっていく。

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