73話 特A級と、百キロの愛情
森から戻った四人は、そのまま村長の屋敷へ向かった。
朝とは違い、空気は軽い。
だが、レイの表情はいつも通りだった。
「戻りました」
村長は玄関先まで出迎えた。
「どうでしたか……?」
不安と期待が入り混じった顔。
アーモンドが一歩前に出る。
「オーク集落、壊滅しました」
村長が息を呑む。
「クィーンも確認済みです」 クリームが淡々と続ける。
「……え?」
村長が固まる。
マイが肩をすくめた。
「C級じゃなかったですね。特A級案件でした」
「と、特A級!?」
村長が後ずさる。
「まさか、クィーンが……」
レイが簡潔にまとめる。
「中規模から大規模に移行直前の集落。
クィーン個体、魔法適性あり。
放置していれば、イベル一帯に拡大していた」
村長の顔から血の気が引いた。
「……そんな……」
「結果的に、早期発見で済んだ」
レイはそれだけ言った。
沈黙。
やがて村長が深く頭を下げた。
「……申し訳ありません。
剣聖様に、C級などと……」
「依頼内容は正しかった。情報不足は仕方ない」
淡々と返す。
村長は顔を上げ、決意したように言った。
「せめてもの礼を。
イベルの誇りを受け取ってください」
屋敷の裏庭へ案内される。
そこに積まれていたのは――
小麦粉の袋。
「百キロです」
さらに。
吊るされた巨大な肉塊。
「イベル豚肉、百キロ」
三人が同時に振り向いた。
「百!?」 「百!?」 「百!?」
レイは、静かにマジックバックを開く。
「ありがたく受け取る」
「軽っ!?」 マイが叫ぶ。
「百キロ軽っ!?」
「精神的に重い」 レイがぼそり。
「精神論ですか!?」 アーモンド。
「先生、それニベア様に見せたら一週間カレーですよ」 クリーム。
「……それは困る」
だが袋も肉も、すべて吸い込まれる。
村長は深々と頭を下げた。
「本当に……ありがとうございました」
レイは振り返らずに言う。
「共存は、続けろ」
「え?」
「ゴブリンたちは、悪くない」
村長は静かに頷いた。
「はい。彼らとは、これからも」
四人は港へ向かう。
イベルの風が心地よい。
だがレイの脳内は――
(ポークカレー……小麦……揚げ物……トンカツ……)
「先生」
「なんだ」
「顔に出てます」
「出てない」
「出てます」
港町イベル。
ギルドの扉を押す。
中は賑やかだった。
「おや、戻られましたか」 受付嬢が微笑む。
アーモンドが袋を出す。
ごとり。
さらにごとり。
さらにごとり。
「……多いですね?」
「六十八体分」 マイ。
「クィーン個体、魔石も」 クリーム。
受付嬢が一瞬、笑顔を固める。
「……六十八?」
「潜入処理分含む」 レイが補足する。
「……クィーン?」
周囲の冒険者たちがざわつく。
「特A級ですね……」
受付嬢が書類を持って奥へ走る。
「換金処理に少々お時間をいただきます」
「ゆっくりでいい」 レイは言った。
そのまま、端の席へ移動。
店員に声をかける。
「コーヒーを」
「はい」
湯気が立つ。
レイは一口飲む。
目を閉じる。
「……違いがわかる」
「何がですか」 マイ。
「イベルの水は硬水だ」
「分かるんですか!?」 アーモンド。
「……多分」
「多分!?」
その横で、三人は掲示板へ。
「次どうします?」 クリーム。
「C級は物足りないですね」 アーモンド。
「でも特A連発は胃に悪い」 マイ。
「先生の胃ですね」
「先生の胃ですね」
レイはコーヒーを飲みながら聞いている。
「遠征続行するか?」
「します!」 三人同時。
「じゃあ中級帯を複数受ける」
「束で?」 マイがにやり。
「束で」 レイ。
受付嬢が戻ってきた。
「換金額、こちらになります」
紙を見て、三人が固まる。
「え?」 「え?」 「え?」
マイが小声で。
「……盾、もう一枚いける」
「やめなさい」 クリーム。
アーモンドは冷静に計算している。
「遠征費用余裕ですね」
レイはコーヒーを飲み干した。
「……よし」
「何がよしですか」
「肉が買える」
「もう百キロあるでしょうが!」
ギルド内に笑いが広がる。
レイは立ち上がった。
「補給して、次へ行く」
三人が頷く。
イベルの空は青い。
だが森の奥には、まだ何かがある。
レイは小さく息を吐いた。
「……修行は続く」
コーヒーの余韻とともに。




