72話 森の静寂と、小さな憧れ
オーククィーンが崩れ落ちたあとも、戦いは終わりではなかった。
森の奥から、怒号が響く。
残存個体が、血の匂いに気づき、ざわめいている。
「まだいますね」 クリームが静かに言った。
「十八体は先に片付けた。残り……三十ちょっとか」 レイが周囲の気配を読む。
「中規模集落でしたね」 アーモンドが盾を構え直す。
マイが、戦槌をくるりと回した。
「じゃあ、仕上げいきますか」
そこからは、作業だった。
怒りに任せた暴走はない。
統率もない。
クィーンを失ったオークは、ただの巨体だ。
アーモンドが前に立ち、盾で弾き、隙を作る。
マイが側面から叩き割る。
クリームが魔法で足を止める。
連携は、呼吸のようだった。
レイはその後方で、世界樹の棒を杖のように持ち、周囲を警戒する。
必要なときだけ、一撃。
それだけで十分だった。
やがて森は静まり返る。
最後の一体が倒れたとき、マイが息を吐いた。
「終了ー」
「丁寧に、ですね」 クリームが頷く。
「討伐完了だな」
レイは、巨大なクィーンの戦斧の前に立つ。
身の丈ほどもある凶悪な刃。
「……これ、持って帰るんですか?」 アーモンドが目を丸くする。
「素材だ。鍛冶用にも売却用にもなる」
レイは軽く持ち上げた。
「いや軽いな」
「軽くないですよ!?」 三人同時。
そのまま、マジックバックへ。
ごとん、と吸い込まれる。
アーモンドは手際よく右耳を切り取る。
魔石も回収。
「……六十八」
「数合ってます?」 マイ。
「合ってる。十八体は潜入で処理した分だ」
クリームが周囲を見渡す。
「これで、この森はしばらく静かになりますね」
そのときだった。
広場の端。
ゴブリンたちが、息を呑んでこちらを見ていた。
ブン太。
リコ。
ゴン。
ブリ夫。
小さな体が震えている。
恐怖ではない。
興奮と、尊敬と、憧れ。
「……すごい」
ブン太が、ぽつりと言う。
「本当に……すごい……」
リコの瞳が、潤んでいる。
「英雄……」
ゴンが拳を握る。
「オレたちも、ああなりてぇ……」
ブリ夫が腕を組み、悔しそうに唇を噛む。
レイは振り返り、視線を合わせた。
「見てたか?」
ブン太が、こくりと頷く。
「……強くなりたいか」
ブン太は迷わなかった。
「なりたい!」
即答だった。
レイは、少しだけ目を細める。
「なら、泣く暇はないな」
ブン太が息を飲む。
「守りたいなら、強くなれ」
短い言葉。
だが重い。
リコが、クリームを見つめている。
「……さっきの魔法……きれいだった」
クリームが、少し照れたように笑う。
「練習です。たくさん失敗しました」
「……わたしも、あんな魔法を」
「できるようになりますよ。続ければ」
マイがゴンに近づく。
「さっき、斧振り回してましたね」
「……ああ」
「重心が後ろです。踏み込まないと威力出ませんよ」
「……お、おう」
ブリ夫は、アーモンドの剣を見つめていた。
「……あの形、どうやるんだ」
「基礎の積み重ねです」 アーモンドは静かに答える。 「千回振ってください」
「千回!?」
「少ないほうですよ」
ゴブリンたちは、目を輝かせている。
レイは、それを見て、肩をすくめた。
「……じゃあな」
「え?」
ブン太が顔を上げる。
「俺たちは村に戻る。討伐は終わりだ」
それだけ言って、踵を返す。
三人が続く。
森の出口へ歩き出す。
ブン太が、思わず叫んだ。
「待って!」
レイは振り向かない。
「……なんだ」
「ありがとう!」
声が震えている。
「ほんとに、ありがとう!」
リコも、ゴンも、ブリ夫も頭を下げる。
森の中、小さな背中が四つ。
レイは、ちらりと横目で見た。
「……英雄は、名乗らない」
小さく呟く。
「え?」
「自分で強くなれ」
それだけ残して、歩き出す。
マイが小声で言った。
「先生、ちょっとカッコつけましたね」
「言うな」
「でも、ちょっといいこと言いました」
「ちょっとか?」
「ちょっとです」
クリームが、くすりと笑う。
「ブン太さん、ずっと見てましたね。先生のこと」
「……そうか」
アーモンドが静かに言う。
「憧れられる側って、大変ですね」
レイは、空を見上げた。
木漏れ日が差している。
「……俺も、昔は憧れる側だった」
三人が足を止める。
「勇者に、か?」
マイが聞く。
「……いや」
少しだけ、遠い目。
「自分より強い誰かに」
森を抜ける風が、優しく吹いた。
村長の家へ続く道。
背後では、ゴブリンたちがまだ立ち尽くしている。
小さな背中。
小さな夢。
それでも確かに芽生えた憧れ。
レイは、振り返らずに言った。
「……またな」
誰に向けたのか。
三人は、あえて聞かなかった。




