70話 豚の罪は、斧より重い
オーククィーンの戦斧が振り上がった瞬間――
森の空気そのものが、悲鳴を上げた。
怒りだ。
理性じゃない。
誇りでもない。
もっと原始的で、もっと執念深い。
「豚を……喰ったぁぁぁ!!」
「いや、その言い方やめてください! 犯罪臭が強い!」 アーモンドが思わずツッコむ。
「先生、同じ鍋を囲んだ私たちも共犯扱いされてます!」 クリームが半泣きの抗議。
「……つまり、連帯責任」 マイが真面目な顔で結論を出す。
「すまん……!」 レイは即座に謝った。
謝りながら、構えは解かない。
レイが前に出る。
弟子三人は一歩下がって――いや、下がりながら“出す”。
「武器! 今!」 レイが叫ぶ。
マジックバックが光る。
音もなく飛び出す装備。
アーモンドは、重装盾。
軽装のまま、盾だけが重い。盾だけが本気。
鎧を着る暇はない。だけど盾なら間に合う。
「うっ、重っ……! でもこれが私の仕事!」
マイは新しい丸盾を引き抜いた。
金属の艶が、月明かりを返す。
「……オリハルコン盾、現場投入。先生、これ、漬け物の匂いします」 「当たり前だろ、元・漬け物石だ」 「やっぱり!?」 アーモンドが二度見した。
そしてマイのもう片手――
魔神の戦槌。
空気が、ずしりと沈む。
クリームは杖を構え、深く息を吸った。
戦闘の顔になる。
優しい声が、冷たい刃に変わる。
「……先生、前だけ見て。私が足を止めます」
「頼む」
オーククィーンが、戦斧を――横薙ぎ。
「伏せろォォ!!」 レイの叫び。
三人が反射で伏せる。
次の瞬間。
“斬撃”が飛んだ。
風圧じゃない。
刃が空間を裂いて、目に見えない刃の線が走る。
近くにいたオークが、真っ二つになって倒れた。
斬ったのはレイじゃない。
クィーンの横薙ぎの“余波”だ。
「なにその仕様! オークって斧からビーム出るんですか!」 アーモンドが叫ぶ。
「出ます。今出ました」 クリームが淡々と返す。冷静すぎる。
クィーンは止まらない。
左手を掲げた。
指先に、魔力が集まり始める。
赤い月の光を吸って、熱が膨らんでいく。
「……まさか」
レイが息を飲む。
クィーンの掌に、爆炎の球が生まれた。
それは“球”ではなく――小さな太陽だ。
「フレアボール……!」
上級爆炎魔法。
しかも、巨大化している。
魔力の圧で、周囲の葉が縮れる。
「A級案件じゃねぇかぁぁ!!」 マイが叫んだ。
叫びながら、盾を前に出す。
クィーンが笑う。
笑っているのに、目は怒りで濁っている。
「豚の匂いの罰だぁぁぁ!!」
「そこ、因果関係おかしい!」 アーモンドがツッコみながら、盾を構える。
爆炎球が――放たれた。
空気が燃えた。
熱の塊が、森を一直線に舐める。
「受けるな! 散れ!」 レイが叫びながら前に出る。
レイの木の棒――世界樹の枝が淡く光る。
まるで“拒絶”するように、死と熱を弾こうとする。
「先生、その棒ほんと何なんですか!?」 「ただの棒だ!」 「ただの棒が光るわけないでしょうが!」 アーモンドのツッコミが、戦場に響く。
爆炎が迫る。
アーモンドが盾を正面に。
聖騎士の盾。
神聖な紋章が、熱で輝いた。
「――来い! 私は壁だ!」
衝突。
轟音。
爆炎が盾にぶつかり、周囲の草木が一斉に焦げた。
盾が唸る。腕が悲鳴を上げる。
「腕が! 腕がもってかれるぅぅ!!」
その背後で、マイが走る。
爆炎の余波を、オリハルコン盾で弾きながら。
「熱っ! 熱い! でも盾は平気! 盾は平気! 私の顔は平気じゃない!」
「マイ! 無理するな!」 レイが叫ぶ。
「無理じゃないです! 盾が“行け”って言ってます!」 「盾が喋るな!」
マイが距離を詰める。
魔神の戦槌を肩に担ぎ――踏み込む。
「うおおおおお!!」
ガンッ!!
鈍い衝撃が響いた。
肉を叩く音ではない。
骨格そのものを殴りつけた音だ。
クィーンの巨体が、わずかに揺れる。
「効いてない! 効いてないけど揺れた! 今揺れた!」 マイが叫ぶ。嬉しそうに。
「揺れたなら、次で崩す!」 アーモンドが盾を押し上げ、バスターソードを振り抜く。
ドンッ!
斬るのではなく、殴る。
剣の腹で体勢を崩しにいく。
クィーンが苛立ち、足を踏み鳴らした。
その瞬間――
「凍れ」
クリームの声が落ちた。
氷結魔法。
地面の水分が一気に凝結し、クィーンの両足を包む。
ガキィィン――!
氷が足首から脛へ、鎖のように絡みつく。
大地に固定される。
「止まった!」 アーモンドが叫ぶ。
「止めました。……三秒だけ」 クリームが冷静に言う。
「三秒で十分だ!」
レイが前に出た。
世界樹の棒を構え、目が細くなる。
呼吸が変わる。
弟子三人は、わずかに背筋を伸ばした。
師匠が“剣聖の顔”になる。
「――行くぞ」
クィーンが氷を砕こうと、力を込める。
ひびが走る。
怒りの唸り。
その唸りに、レイは静かに返す。
「……朝カレーは謝る。だがな」
コーヒーみたいに、低く苦い声だった。
「弟子に手ぇ出すなら、話は別だ」
そしてレイが踏み込む。
次の一撃が――
森の戦いの“芯”になる。




