7話 「剣聖タンパクと森のごちそう」
体力が、すべての土台である。
レイはそう信じて疑わなかった。
剣も、魔法も、才能も、その前にまず身体だ。
「というわけで」
朝のランニングを終え、息も整わない弟子二人を前に、レイはコーヒーを一口飲んだ。
「当面は、体力作りを最優先にする」
「……当面って、どれくらいですか……?」
床に大の字になっているマイが、かすれ声で聞く。
「基礎ができるまで」
「基礎って、いつ完成するんですか……」
「俺が“十分だ”と思ったときだ」
「一生終わらないやつだ!」
アーモンドは膝に手をつき、真面目な顔でうなずいた。
「合理的ですね。剣を振る以前の問題です」
「そうだ」
レイは頷き、台所へ向かった。
「で、体力作りには三つ必要だ」
「休養!」
「栄養!」
「……あと一つは?」
「負荷」
「地獄じゃないですか!」
その日から、二人の生活は一変した。
朝はランニング。
昼は基礎体力と素振り。
夜は柔軟と呼吸法。
そして――食事。
「はい、朝飯」
テーブルに並ぶ皿を見て、マイが固まった。
「……肉?」
「肉だ」
「昼も肉でしたよね?」
「そうだ」
「夜も……?」
「肉だ」
「剣聖、野菜は……?」
「ある」
「どこに?」
「肉の下」
「見えない!」
剣聖特製・剣聖タンパクメニュー。
高タンパク、高カロリー、回復効率重視。
肉、卵、豆、乳製品。
炭水化物も抜かりない。
「これを食って、寝て、動け」
理屈は簡単。内容は過酷。
「……でも」
アーモンドが少し困った顔で言った。
「不思議です。
こんなに動いているのに、翌日動けます」
「回復が追いついている証拠だ」
「……騎士団より合理的です」
「騎士団は精神論が多い」
「否定できません」
マイは口いっぱいに肉を詰め込みながら、目を輝かせていた。
「でも、うまい!
修行なのに、毎日ごはんが楽しみ!」
「それが大事だ」
レイはコーヒーを飲み、静かに言った。
「食が細ると、心が先に折れる」
妙に重い一言だった。
――そして、夜。
「今日は、カレーじゃない」
二人の目が一斉に輝いた。
「え!? 別メニューですか!?」
「島の北に、美味い鶏がいる」
「……それ、普通の鶏ですよね?」
「いや」
レイは剣を持った。
「走る。
硬い。
たまに石になる」
「嫌な予感しかしない!」
島の北の森。
火山島特有の赤黒い岩と、濃い緑が入り混じる場所だ。
三人はフル装備で森に入った。
「今日は実地だ」
「修行ですか!?」
「狩りだ」
「修行ですよね!?」
「両方だ」
しばらく進むと、森の奥で異様な気配がした。
――カチ。
――カチ、カチ。
「……音が硬い」
アーモンドが低く呟く。
「前方、来ます!」
茂みを割って現れたのは――
「……」
「……」
「……コカトリスですね」
巨大な鶏。
鋭いくちばし。
鱗混じりの羽。
そして――石化の視線。
「……美味しい鶏って、これですか!?」
「そうだ」
「美味しい以前に危険です!」
「だからフル装備だ」
レイは一歩下がった。
「じゃ、任せた」
「え?」
「え?」
「頑張れ」
レイは木に寄りかかり、コーヒーを飲み始めた。
「見てるから」
「見てるじゃないですよ!」
「応援だ」
「応援の距離じゃないです!」
コカトリスが唸り、突進してくる。
「来ます!」
アーモンドが前に出た。
「マイ、右!」
「了解!」
マイが戦槌を構え、地面を踏みしめる。
――ガン!
重い一撃が鱗に弾かれた。
「硬っ!」
「石混じりです!」
コカトリスが首を振り、視線を走らせる。
「目を見るな!」
アーモンドが叫ぶ。
盾で視線を遮りつつ、剣を振る。
「……通らない!」
「羽根が邪魔!」
「ほらほら、工夫しろ」
レイの声が軽い。
「羽根の付け根!」
「了解!」
マイが低く潜り、戦槌を振り上げる。
――ドン!
鈍い音。
コカトリスがよろけた。
「効いてる!」
「今です!」
二人の連携が、少しずつ噛み合い始める。
最後は――
「えいっ!」
マイの渾身の一撃が、首を打ち抜いた。
――ドサリ。
コカトリスは倒れた。
「……」
「……」
二人はその場に座り込んだ。
「……勝った?」
「……勝ちましたね」
レイが近づき、頷いた。
「合格だ」
「基準、今どこにありました!?」
「今だ」
レイはコカトリスを担ぎ上げた。
「今日はごちそうだ」
マイの目が輝く。
「ほんとに食べるんですね!」
「当然だ」
「石化とか、大丈夫ですか?」
「処理すれば問題ない」
「剣聖、何でも知ってますね……」
レイは少しだけ笑った。
「生きるのに必要だからな」
夜。
鍋から立ち上る香り。
今日のカレーは――コカトリスカレー。
「……」
「……」
二人は一口食べて、固まった。
「……うま……」
「……めちゃくちゃ、うま……」
「だろ」
レイはコーヒーを飲みながら言った。
「修行は続く。
でも、飯は裏切らない」
マイはスプーンを握りしめ、笑った。
「……この修行、
きついけど……」
アーモンドも頷く。
「……悪くないですね」
剣聖の元での生活は、
こうして――静かに、確実に、身体と心を鍛えていくのだった。




