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マイアーモンドクリーム----コーヒー好きな剣聖は今日も弟子を鍛えます---  作者: イサクララツカ


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67話 鍋兜の勇者は、泣いてから強くなる


 丘の上、村長の家の前。

 小麦畑は月明かりで銀色に揺れ、風が通るたび、穂がさざめいた。

 テントの影から戻ってきた四人は、誰も大声を出さなかった。

 皮装備で音を殺し、手には木の棒。

 剣聖が木の棒――この世界では、それがいちばん信用できる凶器である。

 村長は眠っていなかった。

 焚き火の前で、毛布を羽織り、待っていた。

「……戻ったか。どうだ?」

 レイは椅子に腰を落とす前に、まずコーヒーを淹れた。

 豆を挽く音が、やけに落ち着く。

 香りが広がると、ようやく息が肺に入った気がする。

「ありのまま言う。

 ゴブリンが“主体”じゃない。使われてる」

 村長の眉が、ぎゅっと寄る。

「……やはり」

 アーモンドが地図を広げ、森の方角を指でなぞった。

「確認したのは、ゴブリン百体前後。

 小麦の刈り取り、束ね、運搬まで分担してた。慣れてる動きだった」

「慣れてる……」  村長が唸る。

 クリームが続ける。声は冷静だが、目は冷たい。

「広場に、オークが五体。

 小麦は彼らへ渡されてました。命令口調で、追加の要求。威圧。

 ……脅しもありました」

 焚き火が、ぱちりと鳴った。

 村長の手が、薪を握りつぶしそうに震える。

 マイが腕を組み、短く吐き捨てるように言う。

「要するに、下請けです」

「言い方が現実的すぎる」  レイがコーヒーを一口飲んでからツッコむ。

「だって、そうですもん」

 村長は、火を見つめたまま、ゆっくり頷いた。

「……ゴブリンの“勇者”は、いたか?」

 レイが視線を上げる。

「いた。赤いマント。頭に鍋。小さい剣。

 先頭で指示してた。名前は?」

「ブン太だ」

 村長の声が、少しだけ柔らかくなる。

 それが逆に、重かった。

「ブン太はな、二年前から人里に来ていた。

 木の皿を売りに来て、代わりに農業を教えてくれって言う。

 畝の作り方も、水の回し方も、肥やしの置き方も……必死に覚えた」

「ゴブリンが農業を……」  アーモンドが苦笑する。

「共存してたんだな」  レイが言う。

「そうだ。害をなさない。むしろ人懐っこい。

 森の中で自給自足を始めて、こちらの畑を荒らさないようにしていた」

 村長はそこで言葉を切り、空を見上げた。

「……それが今年に入って、畑を襲い出した。

 信じたくなかったが、そういうことか。

 オークが森の奥に潜んで、手足にしている」

 クリームが淡々と頷く。

「イベルは豚の産地。オークが流れ着きやすい。

 討伐対象だから、表に出ず、ゴブリンに運ばせる……合理的です」

「合理的って言うな、腹立つ」  マイが怒る。

「合理的は、悪意と相性がいいだけです」  クリームは顔色一つ変えない。

 村長は、レイを見た。

 目の奥に、村そのものが入っている。

「……頼む。明日、森に入ってくれ」

 レイは、コーヒーをもう一口飲む。

 苦味が落ち着きをくれる。逃避じゃない。準備だ。

「朝から入る。オーク討伐。

 ゴブリンは――極力、傷つけない。助けられるなら助ける」

 村長が深く頭を下げる。

「すまない……恩に着る」

「仕事だよ」  レイは淡々と言った。

 淡々と言いながら、目だけは鋭い。

 アーモンドが軽く息を吐く。

「オーク五体、だけで済むかな……」

 マイが指を折る。

「済まないですね。こういうの、必ず“奥”がある」

「言い方」  レイが即ツッコむ。

「経験則です!」

 その時、遠く、森の方向から、かすかな金属音が風に乗った。

 カン、カン、と。

 小さくて、必死な音。

 ――森の中。

 ゴブリン集落の端。

 焚き火の明かりが届かない、少し暗い場所で、ブン太は剣を振っていた。

 鍋がずれ、額から汗が垂れる。

 腕は腫れ、膝は震えている。

 それでも、止まらない。

「……強くなりたい……」

 声は掠れて、情けなくて、でもまっすぐだった。

 横で、リコが包帯を手に、そっと近づく。

「ブン太、手……」

「だ、大丈夫……! ぜんぜん……!」

 大丈夫じゃない言い方で、ブン太は笑う。

 笑ったせいで、目の端から涙がこぼれた。

 その涙を見て、ゴンが地面を踏み鳴らす。

「泣くな! 泣いてる暇あったら、強くなれ!」

「それ、今やってるよぉ!」  ブン太が叫ぶ。

「じゃあもっとやれ!」  ゴンが叫び返す。

 少し離れたところで、ブリ夫が腕を組み、首を傾げる。

「さっきの動き、そこ……違う。

 “見せ方”が大事。勇者は、背中で言わないと」

「今、背中どころじゃないよ!」  リコが即ツッコむ。

「背中で言う前に、息が切れてるの!」  ブン太が泣きそうになる。

 ゴンが乱暴に笑って、ブン太の背中を叩いた。

「じゃあ、息が切れなくなるまで鍛えろ!」

「雑ッ!」  ブン太が叫ぶ。

 リコが一歩踏み出し、ブン太の手に包帯を巻きながら言う。

「……強くなるの、大事。

 でも、無茶はダメ。生きて、明日も続けないと」

 ブン太は、包帯を巻かれた手を見て、頷いた。

 頷いた瞬間、また涙が出た。

「……守りたいんだ」

 リコが、少しだけ目を逸らす。

「……うん」

 ゴンが「うおっ」と変な声を出し、ブリ夫がニヤニヤする。

「今の、いい感じのやつ?」

「違う!」  リコが怒鳴る。

「今はそれどころじゃない!」  ブン太も怒鳴る。

「それどころだろ! 士気が上がる!」  ゴンが言い張る。

 焚き火が、ぱちりと鳴った。

 森の奥から、獣の唸りが一度、低く響いた。

 四人のゴブリンは、同時に黙る。

 笑いも、軽口も、止まる。

 ブン太は剣を握り直した。

 鍋兜が、わずかに揺れる。

「……明日も、小麦を運ばされる。

 でも、次は……」

 言葉が途切れる。

 その“次”が何を意味するのか、誰も確信できない。

 ただ――強くなりたい。

 それだけが、確かだった。

 ――丘の上。

 レイは焚き火の前でカップを置いた。

 さっきの金属音は、もう聞こえない。

 でも、耳に残っている。

「明日、早い」  レイが言う。

「先生、寝れます?」  アーモンドが心配する。

「寝る前に、もう一杯」  レイは豆袋を撫でた。

「出た。剣聖の儀式」  マイが笑う。

「儀式じゃない。精神安定だ」  レイは淡々と言って、湯を注いだ。

 香りが立つ。

 その香りの向こうに、森の奥の“構造”が見える気がした。

 明日、オークを斬る。

 それだけじゃ終わらない。

 たぶん――始まる。

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