62話 朝帰りと世界の均衡
――ニベアの機嫌が、すこぶる良い。
それも、天候にたとえるなら快晴。
雲一つない青空、風は穏やか、鳥は歌い、世界は祝福されている。
朝のサルコジ島。
港町に差し込む光が、やけにまぶしい。
その光を、すべて跳ね返す存在がいた。
ニベア=カーター。
エンシェントハイエルフ女王にして、剣聖の妻。
――お肌ツヤツヤ。
いや、ツヤツヤどころではない。
発光しているのでは?
三人娘は、真剣にそう疑った。
「……まぶし……」 クリームが手で目元を覆う。
「昨日より、二段階くらい美が進化してない?」 アーモンドが冷静に分析する。
「神話クラス……」 マイがぽつりとつぶやく。
ニベアは、鼻歌まじりに朝の準備をしている。
足取りは軽く、背筋は伸び、髪は絹のように流れ、笑顔は――
世界を救える。
「おはよう、みんな」 「「「おはようございます……」」」
三人の声が、なぜかそろって弱い。
理由は簡単だ。
――昨晩。
ニベアとレイは、二人で外に出たきり、帰ってこなかった。
日が沈み。
月が昇り。
満天の星が流れ。
そして――朝。
朝帰り。
「……」 三人娘は、ゆっくりと視線を移した。
庭の隅。
木陰のベンチ。
そこにいたのは――
「……おはよう……」
剣聖レイ(58)。
明らかに、痩せている。
いや、正確には。
精気を削られた感が、全身から漂っていた。
髪はやや乱れ、肩は落ち、目の下にクマ。
しかし顔には、妙に満足そうな、悟りきった笑み。
「……先生?」 アーモンドが恐る恐る声をかける。
「……大丈夫ですか?」 クリームが心配そうにのぞきこむ。
レイは、コーヒーカップを持つ手を、ぷるぷるさせながら答えた。
「……コーヒーが……いつもより、染みる……」
マイは、じっとレイを観察し、結論を出す。
「……命は削れてないけど、活力は確実に持っていかれてる」
「だよね」 「ですよね」
三人は納得した。
ニベアは振り返り、にこやかに言う。
「あら、どうしたの?」 「い、いえ……」 「先生が……その……」 「……少し……」
言葉を選んでいる間にも、ニベアの美は増していく。
「ふふ。大丈夫よ」 ニベアは、さらっと言った。 「ちゃんと、バランスは取ってあるから」
「バランス……?」 三人が同時に首をかしげる。
レイは、遠い目をして言った。
「……昨日はな……」 「先生、それ以上は言わなくていいです」 クリームが即止めた。
「そうだよ!」 アーモンドも慌てて手を振る。
「……聞く方の精神力が足りない……」 マイが真顔で言う。
ニベアは、くすっと笑い、レイの隣に立った。
その距離、近い。
自然。
当たり前。
マナが、静かに、穏やかに、二人の間で循環している。
「ね、レイ」 「……ああ」 「やっぱり、二人で出かけるの、大事ね」 「……そうだな」
三人娘は、悟った。
(……これは……) (……完全に……) (……夫婦イベント……)
しかも、大成功。
ニベアは、満足そうに空を見上げる。
「今日の天気、いいわね」 「……ああ」 「世界が、ちゃんと回ってる感じがする」
レイは、コーヒーを一口飲み、静かに言った。
「……俺の世界は、だいたい回復した」 「ふふ」 「……ただし、回復薬は、しばらく要る」
三人娘は、そっと目をそらした。
こうして。
サルコジ島の朝は、平和だった。
ニベアはさらに美しくなり。
レイは少し痩せたが、精神は安定し。
三人娘は、大人の世界を学んだ。
――世界の均衡は、今日も保たれている。
ただ一つ、確かなことがある。
ニベアの機嫌が良い日は、島全体が平和である。
剣聖の家は、今日も安全だ。




