59話 帰る場所、迎えるひと
定期船サルマータ号。
それは、サルコジ島に定期的に寄港する、数少ない“正気な船”である。
理由は単純で、そして狂っていた。
サルコジ島は――
A級冒険者用ダンジョンが島ごと地表に出てきたような場所であり、
なおかつ火山島、しかもエンシェントドラゴンの縄張り圏である。
普通なら、近づかない。
常識があれば、航路から外す。
だが同時に、この島は――
希少鉱石、魔力植物、魔獣素材、世界樹の端材、火山由来の魔結晶など、
高額商品が“そこらへんに生えている”異常地帯でもあった。
危険と利益が、釣り合いすぎている。
結果、サルマータ号は今日も来る。
「……世界一、変な島だよな」
船尾で、剣聖レイはいつものようにコーヒーを飲んでいた。
剣も鎧も外し、長い棒も壁に立てかけ、完全に“帰宅モード”である。
港が近づくにつれ、サルコジ島の輪郭がはっきりしてくる。
黒い火山岩の海岸線。
その奥に広がる緑。
不自然なほど元気な森。
そして、魔物が「降りてこない」境界線。
(あー……帰ってきたな)
戦場からの帰路ではなく、
“家に帰る船旅”という感覚が、レイには心地よかった。
カップを傾け、香りを吸い込む。
「……うん。やっぱり、船のコーヒーは、いまいちだ」
誰に言うでもなく呟く。
だが、その声に答えるように、港が見えた。
サルマータ港。
小さな港町。
だが、この島では、ここが“世界の玄関”だ。
そして――
「……やっぱり、いるよな」
レイの視線の先。
港の桟橋に、一人立つ影。
長い銀髪。
エルフ特有の気配。
そして、圧倒的に“美しい”存在感。
エルフ女王ニベア・カーター。
野良着ではない。
だが、王衣でもない。
あくまで“迎えに来た妻”の装い。
(迎え、早くない?)
レイは苦笑しながら、最後の一口を飲み干した。
(あー……これは、もう――)
「GPSで補足済、だな」
ぼそっと呟く。
剣聖としての勘が告げていた。
これは愛だ。監視じゃない。
船が接岸し、ロープが投げられる。
タラップが降ろされ、船員たちが声を上げる。
「サルコジ島、サルマータ港だ!」 「荷下ろし急げー!魔物注意な!」
いつも通りの騒がしさ。
だが、レイがタラップを降りた瞬間、
その喧騒が、すっと遠のいた。
「おかえり、レイ」
ニベアの声は、柔らかい。
だが、その目は、すべてを見抜いている。
「ただいま」
短い言葉。
だが、そこに余計な説明はいらなかった。
「今回も、無事だったようね」 「まあな。弟子三人も、元気だ」
ニベアは、船の方をちらりと見る。
マイ、アーモンド、クリームが、荷物を抱えて降りてくるところだった。
「……また、少し強くなった顔をしてるわ」 「しごいたからな」 「しごきすぎ」
即答。
だが、微笑んでいる。
ニベアは、レイに一歩近づき、声を落とした。
「あなたが港に入った瞬間、わかったの」 「……何が?」 「帰ってきた、って」
レイは、思わず鼻で笑った。
「それ、島中の魔物も思ってるぞ」 「でしょうね。あなたは、この島の“蓋”だもの」
言い切る。
そこに、誇張はない。
ニベアは、少しだけ首を傾けた。
「それに……」 「それに?」 「放っておいたら、また面倒なことを背負ってくるでしょう?」
レイは、返す言葉がなく、肩をすくめた。
「……否定はしない」
ニベアは満足そうに微笑んだ。
「だから、迎えに来たのよ」 「愛され過ぎだろ」 「今さら」
二人のやり取りを、少し離れたところで見ていたマイが、小声で言う。
「……師匠、完全に捕捉されてますよ」 「逃げ場ないな」 「最初から、逃げてないでしょ」
クリームのツッコミに、アーモンドが吹き出す。
レイは、その様子を見て、もう一度港を見渡した。
危険な島。
世界一変な島。
だが――
「……帰る場所、ってのは、悪くない」
ニベアは、静かにうなずいた。
「ええ。だから、ここにあるのよ」
サルコジ島。
剣聖の村。
そして、彼らの“日常”。
定期船サルマータ号は、荷を下ろし終え、
また次の危険と利益へ向かって出航していった。
その背を、レイは見送らない。
もう、帰ってきたのだから。
コーヒーの次は、
きっと、いつものカレーだ。




