55話 差別の臭い、王の終わり
北の大地。
吹きすさぶ冷気の中、最後の人類の城ウュチフは、重苦しい沈黙に包まれていた。
十万。
城内に籠城する人類の数である。
だが、その数は力ではなく、恐怖の重さだった。
玉座に座るオリザーシ王国国王ルドルフ=ブライアンは、王冠を被ったまま、眼前の存在を見下ろしていた――つもりだった。
金色の毛並み。
人の背丈を超える威圧。
そして、王よりもはるかに冷静な瞳。
魔将第四席・剛欲の金狼ゴールドマン。
「……交渉をしようではないか」
ルドルフは、震える声を必死に押し殺した。
「この国は……差し出す。
だが、王族と貴族は助けてほしい。
民衆は――労働者として、貴殿らにも必要なはずだ」
その言葉に、城内の空気が凍りついた。
金狼の後ろに控える銀狼たちが、一斉に低く唸る。
怒りではない。
呆れだ。
(まだ、選別する気か)
ゴールドマンは、一歩、前に出た。
魔法は使わない。
声を荒らげることもない。
「……臭うな」
それだけで、十分だった。
王の足元から、ねっとりとした“臭い”が立ち上る。
差別。
選民。
命の値段を、身分で量る腐臭。
ゴールドマンは、静かに銀狼リアへ視線を送った。
それは命令ですらなかった。
判断の共有だった。
リアは一瞬だけ目を伏せ、次の瞬間、鋭く吠えた。
「――王と貴族を排除せよ。
首を跳ね、民衆に示せ。
民衆は助ける」
狼たちは、ためらわない。
差別の臭いを辿り、
貴族の間を縫い、
王の背後へと回り込む。
「ま、待て! 私は王だぞ!」
ルドルフの叫びは、玉座の間に虚しく響いた。
次の瞬間、金属音。
首が落ちる。
血は最小限だった。
それが、狼たちのやり方だった。
城門の前。
さらされた王と貴族の首。
民衆は恐怖に震えながらも、気づいてしまう。
――自分たちは、殺されていない。
ゴールドマンは城壁の前に立ち、低く告げた。
「差別しない者は、生きろ。
学べ。
働け。
群れに入れ」
北の風が、血の臭いを運び去っていく。
こうして、
北の大地・人類最後の王国オリザーシは滅亡した。
だが、人類が滅びたわけではない。
差別の王だけが、
歴史から、噛み殺されたのだった。




