51話 またねー♡
赤い満月が、墓地の石碑を赤黒く染めていた。
グラス教会の裏――そこはもう、街ではなく“骨の海”だった。
スケルトンが波みたいに押し寄せ、ゾンビが地面を揺らし、レイスが上空で白い雨になる。
それでも、四人は前に進む。
「……どれだけ出すのよ、あの人……!」
クリームが半泣きで杖を握りしめる。
「“あの人”じゃない。“あの骨”だ」
アーモンドがロングソードでゾンビの首を飛ばしながら、冷静にツッコんだ。
「そこ丁寧に言い換えなくていいのに!」
「丁寧に言わないと、心が折れる」
マイは、もう笑っている。
デスビーの副作用はとっくに切れてるはずなのに、ドワーフのテンションは別枠だ。
「骨、軽い! 骨、割れる! 骨、可愛い!」
「可愛いは今は置いとけ!」
アーモンドが叫ぶ。
剣撃が速すぎて、マイの視界には銀線しか残らない。
――弟子三人が道を作る。
マイが戦槌で骨を“舗装”し、アーモンドがゾンビを“整地”し、クリームがレイスを“浄化”していく。
「――聖なる光よ、迷える魂を還せ……ホーリー!」
白い光が弾け、レイスの雨が蒸発する。
クリームは息を荒げた。
「詠唱、短くならない……っ!」
「修行!」
マイが笑いながら戦槌を振り上げる。
「詠唱長いのは! 努力の証!」
「今それ励ましになってない!」
だが、彼女たちが必死に支えている“中心”に、すでにレイはいた。
墓地の中心――赤月に照らされ、貪欲のボーンが生前の姿で踊っている場所。
くるくる、くるくる。
恋の拗らせが、死霊を呼ぶ。
「ねえ剣聖。あなた、恋って分かる?」
「分からない」
「即答やめて! 心折れる!」
「折れる側が言う台詞じゃない」
レイの手には、三メートルの“ただの棒”。
淡く青白く光る世界樹の棒。
本人だけが「棒だ」と言い張る、神話級の棒。
ボーンが指を鳴らす。
骨の壁が立ち上がり、盾みたいに並ぶ。
「ほら、通さない。彼に会うまで、誰も通さないの」
「他人の骨で恋を語るな」
レイは、棒を軽く払った。
ぱん、と乾いた音。
骨の壁が、霧みたいに消えた。
「……え?」
「棒だ」
「棒の圧が強い!」
ボーンの笑顔が、ほんの一瞬だけ揺らぐ。
その“たった一瞬”が、剣聖にとっては永遠みたいな隙だった。
レイは息を吸わない。
呼吸すら、余計な動き。
影が縮む。
距離が消える。
――間合いだけが残る。
ボーンが、ようやく気づいた時には遅い。
「待っ――」
言葉の途中で、レイの一撃が入った。
速い。
音より先に、突きが届く。
剣ではない。
棒でもない。
レイの“間合い”そのものが、ボーンの胸――心臓の位置を正確に穿った。
どくん、と。
ボーンの身体が震え、赤月の光が一瞬だけ濃くなる。
周囲のスケルトンが、ゾンビが、レイスが――糸を切られたように動きを止めた。
「……は」
ボーンは、驚いた顔をしていた。
怒りじゃない。恨みでもない。
まるで、「やっと会えた」みたいな、変な安心。
「……ああ」
彼女は胸に手を当て、ふっと笑う。
恋を抱えたまま、軽く息を吐いて――
「……またねー♡」
その言い方が、あまりに明るくて。
あまりに軽くて。
あまりに“恋煩い”らしくて。
マイが戦槌を止めたまま、ぽかんと口を開ける。
「……え、いまの“またね”って……次もやるって意味?」
「やめろ! 縁起でもない!」
アーモンドが叫ぶ。
クリームは杖を握り締め、泣きそうな顔で言った。
「……終わった、の……?」
ボーンの身体が、赤月の光に溶けるように、ほどけていく。
骨も、肉も、執着も。
“貪欲”だけが、最後まできらきらと残って――消えた。
次の瞬間。
墓地中の死霊が、一斉に崩れ落ちた。
骨は砂になり、レイスは朝靄になり、ゾンビは土に帰る。
静寂が戻る。
風が吹いて、墓地の草が揺れた。
「……ふう」
レイは棒を肩に乗せ、いつものように言う。
「コーヒーが飲みたい」
「先生、今の流れでそれ!?」
「精神安定だ」
「心臓突き刺した直後に精神安定の話すな!」
弟子三人が同時に叫ぶ。
そして――なぜか、少し笑った。
赤い満月はまだ空にある。
でも、町は救われた。
恋の拗らせは――一旦、眠っただけ。
“またねー♡”が、妙に耳に残る夜だった。




