49話 骨の洪水と、恋する魔将ボーン
赤い大きな満月。
魔素は濃く、夜気は甘く――そして、最悪に臭い。
「……どれだけ、いるの?」
クリームが息を呑んだ。
目の前の大通りが、骨で埋まっている。比喩じゃない。本当に、骨。
スケルトンの洪水。
レイスの雨。
ゾンビの地鳴り。
町の灯りが、死者の群れに吞まれていく。
グラスの港町は、さっきまで“カレー公爵領の洒落た夜景”だったはずなのに、今はもう――「骨フェス・赤月ナイト」だ。
「先生! これ、C級案件じゃないですよね!?」
アーモンドが叫ぶ。
剣を振るたびに、ゾンビが倒れる。だが倒しても倒しても、背後から次が湧く。
「数が多いだけだ。ほら、C級だ」
「“数が多いだけ”の数じゃないです!」
マイは戦槌をぶん回しながら、楽しそうに言った。
「骨って軽いから、粉砕しやすいね! コツコツコーン!」
「今それ言うな! 骨がコーンに見えてくる!」
クリームが杖で結界を張る。
赤月の魔素で結界が軋む。
軋むたびに、胃も軋む。
「っていうか! レイス多すぎ! 透けてるのに圧が強い! 透けるなら気配も薄くしてください!」
その横で、レイは淡々と歩いていた。
手には、3メートルの棒。先っちょに葉っぱ一枚。
そして棒は、青白く淡く光っている。
「先生……その棒、さっきから光ってますけど」
「気のせいだ」
「気のせいが、敵を消し飛ばしてます」
レイは棒を軽く払った。
骨の列が、そこだけ綺麗に“薄くなる”。
スケルトンが霧散し、レイスが悲鳴を上げて消えていく。
死霊に、物理が通っている。しかも、やけに気持ちよく。
「世界樹の棒、マジで強い……」
マイがうっとり呟く。
「世界樹って言うな! 先生が“ただの棒”って言い張ってるんだぞ!」
「先生の“ただの棒”理論、もう信じられない」
クリームが呻く。
エルフの理性が、赤月の魔素より先に崩れかけている。
「先生、あなたの家の裏、何が生えてるんですか? 世界樹? 魔境? それとも“設定の穴”ですか?」
「硬い木だ」
「硬い木で済むなら、全部硬い木で終わるんですよ!」
言い合いしている間にも、死者は増える。
増え方が、もはや“湧く”じゃない。
“生産ライン”だ。
教会の丘へ続く道の先――墓地の方から、骨が湧いている。
まるで泉。悪夢の泉。
「中心は、墓地の奥だ。行くぞ」
レイが淡々と進路を切る。
弟子三人は、泣きそうな顔でついていく。
ジャンヌ帝国の街道は、さすがに整備されていた。
石畳がしっかりしている。防壁も堅い。
“帝国は崩壊してない”のが、こういう所に出る。
――出る、のだが。
崩壊してない町で、死者が崩壊させに来てるのが最悪だった。
「暴欲と騙欲と貪欲が侵入中って、こういうこと!?」
アーモンドが歯を食いしばる。
「そのうち“寝不足”も侵入してきそう……」
クリームが泣き言を漏らした瞬間、頭上から冷気が落ちた。
レイスの雨。
「上! 落ちてくる!」
クリームが結界。
マイが戦槌で空を殴るように振り上げる。
アーモンドが剣で、霊体の“気配”を断つように薙ぐ。
だが――決め手は、やっぱりレイだった。
レイは棒で、ただ、軽く叩いた。
パァン。
乾いた音がして、レイスが破裂するように霧散した。
「……やっぱり物理じゃない。もう神話だよ先生」
「神話は、コーヒーより苦い」
「何言ってるのか分かんないけど、かっこよく言うな!」
丘の上、教会墓地が見えた。
石の柵、十字架、古い墓標。
そして、その奥――赤月に照らされた墓地の中心で、誰かが踊っていた。
くるくる。
ふわり。
骨の群れを従えるみたいに。
踊っているのは――
「……あれが、魔将?」
アーモンドが息を呑む。
魔将第3席、貪欲のボーン。
骨のネクロマンサー。
でも今夜は、赤月の加護で生前の姿に戻っているらしい。
長い髪が月光を受けて揺れる。
肌は白く、瞳は深く、笑みは――恋する乙女そのもの。
……なのに、周囲は骨の山。
「ギャップがエグい……!」
クリームが震えた。
ボーンは歌うように言った。
「今日こそ――今日こそ、彼に会うの。会って、告白して、永遠に結ばれるの……!」
スケルトンが一斉にガシャガシャ揺れる。
レイスがふわりと舞い、ゾンビが地面を叩き、墓地が“拍手”をしているみたいだ。
マイが小声で言った。
「え、これ、ライブ?」
「やめろ、ライブって言うな! こっちは討伐だ!」
レイは棒を肩に乗せ、淡々と前へ出た。
青白い光が、棒の周りで静かに揺れている。
「……ボーン。恋は自由だが、町を骨で埋めるな」
ボーンが振り返る。
生前の姿のまま、にこりと笑った。
「剣聖レイ……! 噂は聞いてるわ。あなた、恋が分かる?」
「分からない」
「え?」
「分からない。だからコーヒーを飲む」
「なにそれ、ずるい!」
ボーンが頬を膨らませた。
その瞬間、墓地の奥の地面が、ぐにゃりと歪んだ。
――さらに、湧く。
さらに、出る。
スケルトン、レイス、ゾンビが“追加生産”されていく。
クリームが絶叫した。
「どれだけ出すんですか!! 恋の貪欲って、そこまで!?」
ボーンはくるくる踊りながら、うっとり言う。
「だって、彼がどこにいるか分からないんだもの。だから――いっぱい蘇らせれば、いつか当たるでしょ?」
マイが真顔で言った。
「ガチャ……」
「言うな! その単語は禁句だ!」
アーモンドが突っ込んだ直後、ゾンビの波が押し寄せた。
骨の洪水が、柵を越えて襲いかかる。
「先生! ここ、完全に包囲されます!」
レイは棒を構えた。
青白い光が強くなる。
「なら――“道”を作る」
クリームが息を呑んだ。
世界樹の棒が、まるで“祈りの槍”みたいに、静かに光る。
ボーンは踊りを止めず、笑った。
「剣聖の弟子たち。あなたたち、可愛いわね。彼の居場所、知らない?」
「知らないです! っていうか、あなた彼氏の顔覚えてます!?」
「……えっと」
ボーンが指を顎に当てた。
「……誰だっけ?」
弟子三人が同時に崩れた。
「忘れてるのに一万出したの!?」
「所詮骨の恋煩い、って本当だった……!」
「先生、早く終わらせましょう! 精神が先に折れます!」
レイは小さく息を吐き、棒を一歩前へ。
そして――剣聖の声が、静かに響いた。
「ボーン。恋は、明日でいい。今日は、帰ってコーヒーを飲め」
ボーンが、ぱちりと瞬きをした。
その目に、貪欲な光が灯る。
「……帰らない。私は、今夜こそ“叶える”。だって赤月だもの」
墓地が、赤く揺れた。
死者が、さらに一段、濃くなる。
レイは、棒を握り直す。
弟子三人は、武器を構え直す。
――ここからが、本番だった。




