48話 世界樹の棒と、剣聖の「ただの棒」理論
赤い大きな満月。
魔物の魔力が上がり、空気中の魔素が濃くなる夜――グラスの町は、もはや「夜景がきれいな港町」ではなくなっていた。
石畳の通りを埋めるのは、死者。
ガシャガシャと骨がぶつかる音。
腐臭を引きずる足音。
冷気だけで存在を主張する霊体。
「……多い。想定の“多い”を超えてる」
アーモンドが前に出て、剣を振るう。
ゾンビの首が飛ぶ。飛ぶが――すぐ後ろからまた次が来る。
マイは魔神の戦槌を肩から叩きつけ、スケルトンをまとめて“粉”にする。
粉になった骨が散り、月明かりの下で白い砂みたいに舞った。
「コツコツコーンじゃないけど、これは粉々コーンだね!」
「そこで野球に寄せるな!」
クリームが、杖を構えて叫ぶ。
「レイスが三体、右! 透けてるのに、存在感だけ強い! 透けるなら空気になってください!」
毒舌が出る。
エルフは追い詰められると口が鋭くなる。種族あるある。
そして――その中心。
レイは、やたら長い棒を持っていた。
レイの身長が189cm。
その棒は、ざっと3m。
しかも――先っちょに、なぜか葉っぱが一枚だけ生えている。
棒が淡く光っているのが、満月の赤の中でも分かった。
「先生!? なんですかそれ!?」
クリームが、戦いながら横目で見る。
レイは落ち着いた顔で、棒を水平に構えた。
まるで槍みたいに。
「ただの棒だ」
「ただの棒が光ってます!」
「……気のせいだ」
「棒の気のせいって何!?」
レイスがレイに突っ込んでくる。
霧みたいな身体が、刃をすり抜けてくるタイプの厄介なやつ。
レイは、棒で――“軽く叩いた”。
パァン、という音。
音がやけに乾いていた。
レイスが――悲鳴をあげて、霧が散った。
散った霧が、火花みたいに消えていった。
「……え?」
クリームが目を丸くする。
アーモンドも一瞬動きが止まり、マイはニヤニヤする。
「先生、棒で殴ったら、レイスが破裂したんだけど」
「物理は正義だ」
「いや、霊体に物理通らない設定、どこ行ったの!?」
レイは、当然のように答える。
「だから“ただの棒じゃない”んだろ」
「言ってること矛盾してます!」
ゾンビが群れで押してくる。
アーモンドが前に出て、盾役の動きで受ける。
「マイ、左の密集、崩せ!」
「了解! ハンマー! 行きます!」
マイの戦槌が唸る。
スケルトンの列がまとめて崩壊した。
その背後――レイが棒を振る。
振る、というより“払う”。
淡い光が、棒の軌跡に残る。
月明かりの下で、青白い線が一瞬だけ走った。
――死霊の軍団が、そこだけ“焼けた紙”みたいに薄くなる。
クリームが叫ぶ。
「先生! その棒……本当にただの棒ですか!?」
「家の裏に生えてる木を切っただけだ」
「家の裏、どうなってるんですか!? 魔境ですか!?」
レイは淡々と続ける。
「めちゃくちゃ硬い木でな。剣聖奥義・雷鳴斬を飛ばしても切れなかった」
「雷鳴斬を飛ばして切れない木って、木の方が剣聖じゃないですか!?」
レイスが二体、クリームの背後に回り込む。
「うわっ、来た!」
クリームが反射で結界を張る。
だが赤月の夜、魔素が濃い。
レイスの圧が強く、結界が軋む。
そこへレイが棒を差し入れた。
「クリーム、下がれ」
棒が光る。
レイスが触れた瞬間、ジジジ、と音がして霧が裂ける。
霊体が“物理的に”削れていく。
「うそ……何これ……」
クリームが呆然とする。
マイが、戦いながらじーっと棒を見つめ、急に真顔になった。
「……先生」
「なんだ」
「それ、“世界樹”の枝」
アーモンドが即座にツッコむ。
「世界樹!? 突然、ファンタジーの最上位単語が出たぞ!」
クリームも叫ぶ。
「先生、世界樹って……あの、伝説級の!? 大陸のどこかに一本しかないってやつ!?」
レイは、棒を握り直して、まだ淡々。
「知らん。うちの裏に生えてた」
「うちの裏、世界設定壊してます!!」
マイが戦槌を振りながら、超テンションで言う。
「葉っぱ一枚残ってるの、世界樹あるある! “枝でも祝福が残る”やつ! 死霊に効くの、そのせい!」
「あるある、で済ますな! その知識どこからだ!」
「ドワーフの勘!」
「便利すぎるだろ!」
レイは棒を構えたまま、ふっと息を吐く。
「効くならいい。今日は効けばいい」
剣聖は強い。
でも、その強さの半分は――“面倒をコーヒーで受け流す胆力”で出来ている。
その瞬間、町の中心部――教会の丘の方から、ぞくりと寒気が走った。
死者が、さらに増える。
呼び出しが加速している。
マイが笑う。
「ボーンさん、本気出してきたね。彼氏探し、熱心だなぁ」
「熱心の方向が地獄なんだよ!」
アーモンドが歯を食いしばる。
「先生、中心を叩きましょう。ここで削ってもキリがありません」
レイは棒を肩に乗せ、短く言った。
「行くぞ。世界樹の棒で、恋を止める」
「先生、言い方が詩的なのに内容が最低です!」
四人は、死者の波を割って前へ進む。
赤い満月の下、淡く光る“ただの棒”が道を開く。
クリームは戦いながら、レイを見てため息をついた。
「……この人、剣聖なのに、装備が雑すぎる」
マイが笑う。
「雑なのに勝つのが、剣聖あるある!」
「それ、あるあるにしたら世界が終わる!」
レイは振り返らずに言った。
「終わらせない。コーヒーが冷める」
その一言で、弟子三人は妙に納得してしまった。
――剣聖の精神安定、最優先。
そして彼らは、教会墓地へ向かって走り出した。




