47話 赤月の夜、貪欲ネクロマンサーは恋を掘り返す
今夜の月は、でかい。
しかも赤い。
港町グラスの海面に映った満月が、まるで「今夜は絶対ロクなこと起きません」と宣言しているみたいに、ぬらりと光っていた。
レイは宿の二階、窓辺に肘をつき、外を見下ろしていた。
違いのわかる剣聖は、今もコーヒーを飲んでいる。精神安定。常に精神安定。
「……増えてるな」
見える。
町の通りの先、灯りのある方角が、じわじわ黒く染まっていく。
スケルトン。
ゾンビ。
レイス。
足音の無い影みたいな群れが、ゆっくりと、でも確実に、グラスの町を埋めていく。
――“数が多いC級案件”?
レイは自分の脳内メモにツッコミを入れたくなった。
「いや、これ、C級って言ったギルド職員……後でコーヒーで殴る」
背後で、ガチャガチャと金属音。
弟子三人は、完全武装で落ち着かない。
マイは魔神の戦槌を磨きながら、目がギラギラしている。
アーモンドは鎧の継ぎ目を指で確認しながら、軍人の顔。
クリームは……エルフらしく“顔が良い”のに、今は顔が青い。赤い月なのに青い。ややこしい。
「先生……あれ、町、死んでません?」
「死んでるな」
「いや、そんな、あっさり言わないでください! 私、エルフなんですけど!? 霊とか、湿気とか、苦手なんですけど!?」
「エルフは祝福とか得意だろ」
「祝福の話じゃないです! 雰囲気の話です!」
アーモンドがため息をついた。
「……クリーム、落ち着け。怖いなら私の後ろにいろ」
「アーモンド先輩……!」
「先輩って言うな。まだ一緒に修行して数ヶ月だ」
「でも先輩です! ランニング一ヶ月先にやってたじゃないですか!」
「そこ!? 基準そこ!?」
マイがケラケラ笑って、窓の外を指さした。
「先生、あれ……骨、めっちゃオシャレです。マント着てる」
「マント?」
レイが目を細める。
確かに、墓地の方角――教会の裏手の丘に、妙に目立つ影が立っている。
骨。
骨なのに、やたら“映える”。
黒い外套。
赤いリボン。
さらに、胸のあたりに薔薇を刺している。骨に薔薇。意味がわからない。
「……なんだあれ」
その瞬間、空気が一段冷えた。
窓ガラスに、細い霜みたいな線が走る。
骨が、くるりと振り返ったのが見えた。
こちらを見た――気がした。
レイの背中が、ぞわっとする。
剣聖の勘が「やばいやつ」と言っている。
“魔物が強い島”の北半分を殺虫剤みたいに掃除してきた剣聖の勘がだ。
その骨は、両手を広げた。
まるで舞台の役者みたいに、月へ向かって宣言する。
『今日は適当にいっぱい(1万)だして、彼氏さがそ〜っと!』
声が、夜風に乗って――窓まで届いた。
「……は?」
レイが固まる。
「先生、今、あの骨……彼氏って言いました?」
アーモンドが真顔で確認する。
「言ったな」
「彼氏を探すために死者を……1万……?」
クリームが口元を押さえた。
「だ、だめです、倫理が干からびます……!」
「倫理が干からびるって何」
マイが楽しそうに言う。
「でも、彼氏探し、すごくない? 死者の名簿から当たり引くまで回すやつ?」
「ガチャ感覚で言うな」
レイは額に手を当てた。
頭が痛い。コーヒーは飲んでいるのに痛い。
――魔将、第3席。
貪欲のボーン。
噂は、聞いたことがある。
元はA級冒険者。
実力も、実績も、本物だった。
ただし。
「恋煩いを拗らせて、ネクロマンサーになった」
レイがぽつりと言うと、弟子三人が同時に「いや重い」と顔で言った。
「聞いた話では……毎日、“今日こそ告白して成就させる”って意気込んでたらしい」
「健気……なのに方向性が地獄」
「不慮の冒険って、何があったんです?」
「知らん。だが“念が残った”ってやつだ」
窓の外。
ボーンが指を鳴らすと、墓地の土がざわざわと動く。
棺が、浮く。
石碑が、ずれる。
教会の鐘が、勝手にチリンと鳴る。
――死者の呼び出し。
スケルトンが整列し、ゾンビが列を作り、レイスが霧のように漂う。
数が増えれば増えるほど、町の灯りが“押し潰されていく”感じがした。
「これ、町が埋まるって……本当に埋まるやつだ」
レイが呟くと、アーモンドがすぐに返した。
「先生、出るなら今です。グラスの騎士団が動く前に、中心を叩きましょう」
「中心って、あの骨か」
「はい。ネクロマンサーは本体落とせば終わります」
マイが戦槌を肩に乗せた。
「先生、骨、砕けばいい?」
「物騒な言い方するな。……まあ、砕くのは、うん」
クリームが、深呼吸する。
目を閉じて、耳元のピアス――“エルフささやき”に魔力を込めた。
カーター王国製、離れたエルフと話せる魔道具。
開発“最近”が20〜50年単位なのがエルフの最近。
「……お母さん(女王様)……聞こえますか……」
数秒、沈黙。
それから、耳元に鈴みたいな声がした。
『クリーム? 今どこ? ……あら、赤い月。いやな夜ね』
ニベアだ。
距離があっても、声音だけで“世界の美の双璧”が成立してしまうの、ずるい。
「グラスです! 教会墓地! 死者が……1万……!」
『1万? かわいいわね』
「かわいくないです!!」
マイとアーモンドが横で「かわいいの基準どこ」と顔をしている。
ニベアは、少しだけ声を落とした。
『……貪欲のボーンね。拗らせてる子。恋のために世界を掘り返すタイプ』
「それ、最悪の比喩です!」
『でもね、倒すだけなら簡単よ。問題は――彼女の“目的”を折らないと、またやる』
レイが口を挟む。
「目的、彼氏探しだろ。骨なのに」
『骨でも恋はするの。……たぶん。たぶんよ? ええ』
言い切れないんかい、とアーモンドが肩を震わせた。笑いを堪えている。
ニベアは、さらりと言う。
『レイ、あなた、説教得意でしょう? マリアの息子だもの』
「俺、説教は受ける側なんだが?」
『大丈夫。あなたの顔は、説得力があるわ』
「それ褒めてないだろ」
通信が切れた。
レイはため息をつき、コーヒーカップを置く。
「……行くか」
弟子三人が、背筋を伸ばす。
装備を整える。
目が“修行”の目になっていく。
宿の階段を降りる直前、レイが振り返って言った。
「町の人を守る。骨は……止める。彼氏探しは……知らん」
「先生、最後だけ雑!」
クリームが叫ぶ。
「雑でいい。俺は今、精神安定が足りない」
「コーヒー飲んでたじゃないですか!」
「足りない」
夜の扉を開ける。
赤い月が、真正面から照らしてくる。
グラスの町はまだ生きている。
ジャンヌ帝国は、まだバリバリ防衛している。
騎士団の巡回の松明も、遠くで動いている。
でも――その灯りの間を、死者が埋め尽くし始めていた。
レイは息を吐いた。
剣聖の歩幅で、墓地へ向かう。
「よし。弟子ども。夜間訓練だ」
「先生、それ訓練って言えば許されると思ってません?」
「思ってる」
「また開き直ったぁ!」
四人の影が、赤月の下、石畳に伸びた。
墓地の丘の上で、貪欲のボーンがくるくる踊りながら、死者の列を整える。
「さあさあ! 彼氏候補のみなさーん! 整列してくださーい!」
誰が彼氏候補だ。
しかも全員死者だ。
レイは、頭を抱えたくなるのをこらえて、前に出た。
「……とりあえず、落ち着け。恋は自由だが、1万は多い」
ボーンが振り向く。
骨なのに、頬を染めたみたいな雰囲気を出して――
「えっ!? だ、だれ!? かっこいい! え、彼氏!? 彼氏!? ねえ、あなた彼氏!?」
「違う!」
アーモンドが即ツッコミ。
マイは腹を抱えて笑い、クリームは泣きそうになっている。
赤い大きな満月の夜。
グラス教会墓地で始まったのは――
討伐でも、戦争でもなく。
最悪に拗らせた、“恋の大捜索”だった。




