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マイアーモンドクリーム----コーヒー好きな剣聖は今日も弟子を鍛えます---  作者: イサクララツカ


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44話 潮風とオーサル号、女王の見送り


サルマータ港は、朝から忙しい。

魚の競り声、荷車の軋む音、船の帆が風をはらむ音。潮の匂いが肺の奥まで入ってきて、目が覚める。

そして――その雑踏のど真ん中で。

違いのわかる剣聖レイ(58歳)は、ギルドの掲示板の前に立っていた。

「……今日も平和だな」

言いながら、手元のコーヒーをひと口。

剣聖特性ブレンド。豆は庭の“なんか生えてるコーヒーの木”から採れる。常識は通用しない。だが香りは本物だ。精神安定剤としては、世界最高峰。

掲示板に貼られた依頼書の束を、指でトントンとめくる。

――そして、レイの眉が、ピクリと動いた。

「……出たな」

紙を剥がして読む。

ジャンヌ帝国南部、町グラス

教会墓地よりアンデッド大量発生

スケルトン/レイス/ゾンビ

住民避難中

討伐依頼(ランクC)

※数が多い

「“数が多い”って書いてあるやつは、だいたい数が多い」

レイは淡々と結論を出した。

背後から、足音が三つ。

軽い足取りが二つ、最後の一つは――「暑い…」みたいな重さ。

「先生、また依頼ですか?」

最初に覗き込んだのはマイ。小柄でめちゃ可愛いドワーフ娘。

笑顔が眩しいのに、腕の筋は“金槌を握って生きてきた者”のそれだ。

「アンデッド? 骨?……骨、砕けます?」

次がアーモンド。騎士団仕込みの姿勢が、もうそれだけで真面目。

真面目なのに、目がキラッとしている。危険な光。

「……レイスって、あの“触ると冷たいのに燃えるやつ”?」

最後がクリーム。エンシェントハイエルフの娘。

暑さに弱いのに、頑張って涼しい顔をしようとしている。ほんの少し汗が光っていて、そこが逆に負けている。

レイは依頼書を三人に見せた。

「ジャンヌ帝国の南、グラス。教会墓地からアンデッド大量発生だと」 「C級……でも数が多い、って……」

アーモンドが文字を追いながら、眉を寄せる。

「C級って、雑魚ってことですよね?」

マイが無邪気に言う。

レイはコーヒーをひと口、落ち着いて言った。

「雑魚でも、百体いたら雑魚じゃない」

「数で殴ってくるタイプですか」

「そう。骨が“団体割引”で襲ってくる」

クリームが、ぽつり。

「……人間って、死んでも忙しいんですね」

「それは名言だな」

「エルフは死ぬまでに長いから、死んでから忙しくなりたくないです」

マイが首を傾げる。

「エルフって死んでから忙しいんですか?」

「忙しいというより、長い分だけ“めんどくさい儀式”が多いのよ」

クリームが真顔で言う。

「死んでもなお、書類が出ます」

「死後の行政が重い種族」

レイがまとめると、アーモンドが吹き出しかけた。

「……先生、今の、すごく嫌な表現です」

「現実はいつだって嫌だ」

受付へ向かいながら、レイは言った。

「よし、これ受ける。弟子三人連れていく」 「え、いきなり実戦ですか?」

「実戦が一番伸びる。……ただし」

レイは三人を順に見て、声を少しだけ低くする。

「無茶はさせない。

“勝つための動き”じゃなく、“生きて帰るための動き”を覚えろ」

三人の空気が一瞬だけ引き締まる。

コーヒーの匂いの中に、剣聖の現場感だけが混じった。

受付に到着すると、ギルド職員――マーガレットが、いつもの顔で手を振った。

「剣聖さま、おかえりなさい。……あ、出発ですか?」

「ただいま。出発だ」 「はいはい、また南ですか。グラス……あー、墓地の件ですね。今日だけで十件目ですよ、報告」

アーモンドが目を丸くする。

「十件も!?」 「骨って、流行るんですよね」

マイが真顔で言う。

「流行らないで」

クリームが即ツッコミ。

マーガレットは依頼書を受け取り、手続きをしながら言った。

「C級だけど数が多いらしいです。あと、教会が困ってます。

“浄化が間に合わない”って泣いてました」

「泣くのは教会の仕事じゃないだろ」

レイがぼやくと、マーガレットは笑った。

「泣くのも祈るのも、教会の仕事です。あと、請求書を出すのも」

「最後が生々しいな」

手続きが終わり、ギルドを出る。

港へ向かう道は、潮風が強くて、肌に塩がつく。

定期船――オーサル号が、ちょうど出航準備をしていた。

白い帆、濃い木の船体、甲板に積まれた荷。

サルコジ島と対岸を結ぶ、働き者の船だ。

その前に、立っている影がある。

ニベア。

世界の美の双璧。エルフ女王。

ただ立っているだけで、港の景色が一段階“絵”になる。

そして、その美しさの横に、今日の彼女は――少しだけ、感情が揺れていた。

レイが近づくと、ニベアは先に言った。

「……行くのね」 「ああ。南のグラス。教会墓地」

ニベアは三人へ視線を移す。

弟子達を見る目が、女王のそれではなく――“身内”のそれになる。

「マイ。あなた、突っ込みすぎないでね」 「はい!……え、突っ込みって、戦闘の突っ込みですか?」

「両方よ」

「両方!?」

ニベアは次にアーモンドを見て、少しだけ笑う。

「アーモンド。あなたは真面目だから、逆に無理しがち。

盾役をやりすぎて、心まで盾にならないで」 「……はい。ありがとうございます」

最後にクリーム。

ニベアの表情が、ほんの少しだけ柔らかくなる。母親の顔だ。

「クリーム。

あなたは“できる”けど、“できるからやる”をやめなさい。

生きて帰るのが一番の成果よ」 「……はい、お母さ――女王様」

クリームは言い直して、悔しそうに唇を噛んだ。

ニベアはそんな娘の頭を、軽く指でつつく。

「堅い。エルフの堅さは、石より堅い」

「お母さんは、私の心を折るのが上手いだけです」

「折れてないじゃない」

「……折れません」

アーモンドが小声でマイに言う。

「すごい親子だね……」

マイは頷き、同じ小声で返す。

「ドワーフ親子は、金槌で会話するから、もっとすごいよ」

「それはそれで怖い」

レイは、やり取りを見ながら、コーヒーをひと口。

――精神安定。今日も効く。

ニベアが、レイへ向き直った。

女王の顔に戻りかけて、でも戻りきらない。

その中間の、いちばん危険な表情だ。

「……あなた」 「ん?」 「無茶、しないでね」 「しない」 「“しない”って言う人ほど、するのよ」

「それは偏見だ」

「偏見じゃない、経験よ。エルフは長生きなの」

ニベアが、少し息を吸い、声を落とす。

「……帰ってきたら、パンケーキ」

「……それは、士気が上がる」

「弟子たちにも、ね」

「弟子の士気が上がると、俺の胃が痛くなる」

ニベアは笑いかけて、ふと真剣な目になる。

「……レイ。

私、あなたが“優しい”から好きなの。

でもね、優しい人ほど、痛い目を見るのよ」 「……」 「だから、今日は“優しさ”じゃなく“技術”で勝ちなさい」 「了解。剣聖は技術職だ」

ニベアは満足そうに頷き、三人へ手を振る。

「いってらっしゃい」 「いってきます!」 「行ってまいります」 「……行ってきます」

レイは最後に、ニベアを見て言った。

「留守、頼む」 「ふふ。女王の留守番なんて、贅沢ね」 「贅沢は胃に重い」 「コーヒーで流して」

「それができたら苦労しない」

四人はオーサル号へ乗り込む。

甲板が少し揺れ、帆が上がり、ロープが外される。

船が港を離れる瞬間。

ニベアの髪が風に舞い、彼女は最後まで手を振っていた。

世界の美の双璧――その片方が。

ただの見送りではなく、ちゃんと“祈り”を込めているのが分かった。

レイは、船縁でコーヒーを飲みながら、ぼそりと呟く。

「……骨より怖いのは、嫁の心配だな」 「先生、それ言うと怒られますよ」

アーモンドが即ツッコミ。 「でも、先生の嫁さん、世界一美しいんですよね」

マイがニコニコ。 クリームは涼しい顔で言った。

「……世界一美しいのに、愛が重いのも世界一です」

「おい」

「事実です」

三人の笑い声が、潮風に混ざる。

南の町グラス。

静かな墓地。

祈りが間に合わず、骨が歩き、霧が笑う夜が来る。

――C級。

ただし、数が多い。

剣聖と弟子三人の、初めての“対アンデッド団体戦”が、始まろうとしていた。

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