38話 火を使う者たち
午後。
サルトリ村の鍛冶工房から、一切マイが出てこなくなった。
昼飯の呼び声にも反応なし。
おやつの気配にも反応なし。
アーモンドが扉を叩いても、返事は「今いいとこ!」の一言だけ。
「……先生」
アーモンドが、若干引きつった顔でレイを見る。
「マイ、朝からずっと中ですよね?」
「そうだな」
レイは縁側で、いつものようにコーヒーを飲んでいた。
違いがわかる剣聖、五十八歳。
午後のコーヒーは、精神安定剤である。
「鍛冶、楽しいんだろ」
「いや、それは分かるんですけど……
今、工房の中、音が物騒すぎません?」
――ゴォン。
――ゴォンッ!
――ゴギャァン!!
空気が震える。
普通の鍛冶の音じゃない。
明らかに、「何かを殴り殺そうとしている音」だ。
「……盾を作ってるんだろ」
「盾?」
「漬け物石の」
「まだ言ってる!?」
レイは立ち上がり、工房の前まで歩いた。
中は――
灼熱。
赤く燃える炉。
飛び散る火花。
汗だくのマイ。
そして中央には、例のオリハルコン製・元漬け物石。
マイは魔神の戦槌を構え、真剣そのものの表情でそれを見下ろしていた。
「……やっぱり、普通の槌じゃダメ」
独り言。
「この子、すごく頑固」
そして――
「だから」
ゴォン!!
魔神の戦槌が振り下ろされる。
オリハルコンが、鈍い金色の光を放った。
レイは一瞬で理解した。
「……ああ」
違いがわかる剣聖は、静かに頷いた。
「あれは、魔神の戦槌じゃないと相手してくれないな」
アーモンドが頭を抱える。
「先生、それどういう基準ですか……」
「職人の世界だ」
そのときだった。
「レイ!」
背後から、明るい声。
振り返ると、転位から戻ったばかりのニベアが立っていた。
旅装を脱ぎ捨て、すでに袖をまくっている。
「甘いもの食べたい!」
「……はい?」
「パンケーキ!」
即断。
「今すぐ!」
ニベアは台所へ直行した。
――ドワーフは、鍛冶で火を使う。
――エルフは、ケーキで火を使う。
種族あるあるである。
台所から、ふわっと甘い匂いが立ち上る。
バター。
砂糖。
小麦。
魔力。
料理は壊滅的に下手だが、スイーツだけは神。
それがニベア。
アーモンドとクリームが、そっと鼻を動かす。
「……いい匂い」
「修行より、精神ダメージがきますね」
レイは縁側に戻り、コーヒーを注ぎ直した。
鍛冶の火。
ケーキの火。
それぞれが、それぞれの「生き方」だ。
工房からは、相変わらず重低音が響く。
――ゴォン!
――ゴォン!!
「先生!」
マイの声が飛んできた。
「盾、喜んでます!!」
「……そうか」
意味は分からない。
だが、分かろうともしなかった。
ニベアが、焼き上がったパンケーキを持ってくる。
「はい、コーヒーのお供」
「ありがとう」
違いがわかる剣聖は、一口食べ、一口飲んだ。
……うまい。
「種族って、不思議だな」
ぽつりと呟く。
ドワーフは叩き。
エルフは焼き。
剣聖は飲む。
今日も、サルトリ村は平和だった。




