36話 金狼剛欲、北を噛み砕く
北狼帝国。
夏は短く、陽射しはやさしい。だが冬は長い。十月から三月まで、世界が白く固まる――そんな北の大地だ。
森は針葉樹が多く、雪をかぶった枝は静かに軋む。
川は凍り、湖は鏡になる。
それでも狼は走る。雪の上を、当たり前みたいに。
古来、狼の毛皮は珍重されてきた。
茶、黒、白、銀――色が違えば価値も違う。
王族貴族は白と銀に目がなく、庶民は「茶なら手が届く」と、冬のコートにした。
……その裏で、何が起きていたか。
毛皮を“作る”ために、狼は狩られた。
人類にも、魔族にも、エルフにも。
冬の寒さを言い訳にして、命を売り物にして。
さらに、魔族の中でも――ワーウルフは酷かった。
ワーウルフは基本、魔法が使えない。
できるのは物理。爪と牙と、鍛えた身体。
だからこそ、彼らは「便利な力」として扱われた。
狼型のワーウルフ。
人型のワーウルフ。
どちらも、忠誠心を“調教”され、幼い頃から飼われることすらあった。
執事。
メイド。
番犬。
そして――奴隷。
北の大地は広いのに、息をする場所がなかった。
その絶望と涙から、生まれたものがいる。
金色の狼――ゴールドマン。
神話でも伝説でもない。
ただ、現実が生んだ災厄だった。
魔法が効かない。
術式が弾かれる。
呪いがほどける。
結界が裂ける。
効くのは、物理だけ。
剣、槍、矢、鉄球――殴れるもの全部。
しかも、賢い。
下手な貴族より。
下手な軍師より。
下手な王より。
ゴールドマンは差別が嫌いだった。
だから、差別を“噛み殺す”ことにした。
優しく諭しても変わらない。
法律を作っても抜け道ができる。
教育をしても時間がかかる。
――なら、もう一つだけ早い方法がある。
牙で、世界を変える。
それが、魔将第4席。
金狼剛欲ゴールドマン。
剛欲。
欲望の名を背負っていながら、彼の欲はたった一つ。
「差別のない世界」
……皮肉だ。
北狼帝国は、統一寸前だった。
小国が潰れ、交易が止まり、奴隷市場が燃え、城が落ちていく。
残るは、最後の人類の城。
石造りの堅牢な城塞都市。
雪原に突き出た岩山の上。
周囲は崖と凍った川、攻めづらい地形のはずだった。
だが、その城を囲む影がある。
狼十万。
ワーウルフ五万。
黒い潮のように、雪原を埋める。
そして――その中心に、銀の群れがいた。
銀狼嫁部隊。
六人の妻。
六つの役割。
六つの知恵。
正妻にして賢将、リア。
知将メア。
強将メイ。
盾将メメア。
船将メメイ。
火将メオメア。
さらに黒狼の斥候将メメドが影のように動く。
夫が“力”なら、妻たちは“戦争”そのものだ。
ゴールドマンは、城を見上げた。
黄金の毛並みが、冬の薄い日差しに光る。
「……ここが最後か」
狼たちが低く唸る。
ワーウルフたちが武器を握り直す。
城壁の上では、人類の兵が震えていた。
寒さで、ではない。
目の前の現実が、寒気そのものだった。
ゴールドマンは振り返り、銀狼たちを見る。
言葉はいらない。鼻先の動きだけで、伝わる。
リアが一歩前に出た。
雪を踏む音すら、堂々としている。
「いつも通り、よろしいですか、旦那さま」
「いつも通りだ」
「……兵は適当に。貴族から、ですね」
「そうだ。首だけ取れ」
人間の兵が聞けば、背筋が凍る会話。
だがゴールドマンにとっては、合理だ。
差別を作ったのは誰だ。
狼を狩り、ワーウルフを売ったのは誰だ。
法律で正当化し、笑って宴をしたのは誰だ。
――貴族だ。
剛欲は、吠えない。
ただ、噛む。
銀狼たちが散る。
斥候が走り、盾が前に出て、火が準備を始める。
知将の指示が風に乗り、強将の気配が殺気になる。
そしてゴールドマンは、たった一言だけ告げた。
「――始めろ」
北の大地が、静かに震えた。
最後の人類の城に、
金色の差別破壊が、牙を立てる。
それは侵略ではない。
救済でもない。
ただ――革命だった。




