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マイアーモンドクリーム----コーヒー好きな剣聖は今日も弟子を鍛えます---  作者: イサクララツカ


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33/82

33話 休日という名の戦場と、オリハルコン漬け物石


 珍しく、ほんとうに珍しく――

 その日は「休み」だった。

 ニベアとレイは、野良着姿で庭に立っている。

 剣も杖も置いて、手にしているのは包丁と火起こし用の魔導着火具だ。

「今日はね、ちゃんと労う日よ」

 ニベアはそう言って、腕まくりをする。

 エルフ女王が本気で家事に入る時の合図だ。

「昨日は赤月で、今日は休み。

 この流れは大事だ」

 レイはうなずきながら、巨大な肉塊を前にしていた。

 昨夜狩ったデビルバッファロー――一頭分。

 普通の家庭なら村一つ分だ。

「弟子三人、最近ちゃんと頑張ってるからな」

「ええ。

 だから“食で殴る”わよ」

「表現が物騒だな」

 とは言いつつ、レイも気合が入っている。

 今日は完全に“食わせる側”だ。

 ニベアはキッチンで次々と仕込みを始める。

 エルフパンケーキ。

 エルフカステラ。

 エルフチョコケーキ。

 甘い香りが、風に乗って広がる。

「……これは、修行より危険だな」

 レイがぽつりと呟く。

「なに?」

「理性が削られる」

「安心しなさい。

 あとでちゃんと分けるから」

「今すぐ食べたい顔してるぞ、弟子たち」

 庭の向こうでは、マイ、アーモンド、クリームの三人がそわそわしていた。

 完全武装ではないが、落ち着きがない。

「今日、平和すぎない?」

「逆に怖い」

「お肉の匂いが、すでに暴力」

 三人がひそひそ話している間に、レイは肉を豪快に切り分けていく。

 赤身、霜降り、希少部位。

「今日は焼き、煮込み、燻製、全部やる」

「本気ですね、先生」

「休みの日だからな」

 そして、最後に――

 レイは納屋の奥から、重そうな石を持ってきた。

 ずしん。

 漬け物桶の蓋を外す。

 中には、いい具合に漬かった大根ときゅうり。

「よし、仕上がってる」

 その瞬間。

「……待ってください」

 マイが、漬け物石を凝視していた。

「先生」

「ん?」

「それ……オリハルコンですよね?」

 一瞬、空気が止まる。

「……ああ」

 レイは普通に答えた。

「硬くて、重くて、匂いが移らないからな」

「漬け物石に使う素材じゃないです!!」

 マイが叫ぶ。

「オリハルコンですよ!?

 伝説級鉱石ですよ!?

 国家予算が吹き飛ぶやつですよ!?」

「そうか?」

「そうです!!」

 アーモンドが額に手を当てる。

「この家、倫理観が時々おかしい」

 クリームはぽつり。

「……お母さん、知ってました?」

「ええ。

 でも漬け物は大事よ」

「そっち優先!?」

 ニベアはにっこり微笑んだ。

「いい漬け物は、心を整えるの」

「剣聖特性ブレンドコーヒーと同じ理屈ですね……」

 レイは何も言わず、コーヒーを一口。

 精神安定。今日も完璧だ。

 やがて、火が起き、肉が焼ける。

 脂が落ち、音を立て、香りが爆発する。

「……これは」

「反則」

「お腹が、理性を裏切る」

 三人は完全に陥落していた。

「ほら、座りなさい」

 ニベアが声をかける。

「今日は修行なし。

 食べて、笑って、休む日よ」

 皿が配られ、肉が盛られ、漬け物が添えられる。

 オリハルコンに押された大根が、異様な輝きを放っている。

「いただきます!」

 一斉に箸が伸びる。

 ――沈黙。

 次の瞬間。

「……うまっ」

「肉、やばい」

「漬け物、主役では?」

 ニベアは満足そうに頷いた。

「でしょ?」

 レイはコーヒーを飲みながら、弟子たちを眺める。

「こういう日があるから、修行が続く」

「先生」

 クリームが口をもぐもぐさせながら言う。

「この家、普通じゃないですけど」

「うん」

「……嫌いじゃないです」

 ニベアが、そっと微笑んだ。

 休日。

 戦いのない日。

 ただ食べて、笑って、生きていることを確かめる日。

 そして弟子たちは知る。

 この家では――

 伝説の鉱石すら、漬け物になる。

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